第20話 災厄の始まり


剣斗は、ボロボロの身体でユイに先導されながら町への道を歩いていた。

血だらけになったコートはそのままだが、今まで顔に巻き付いていた包帯は既に解かれており、顔は下半分がよく見えた。上側が見えていないのは、彼がフードを目深に被っているからだ。


「いい加減とっちゃえば? 今更そんなの意味ないわよ」

「ふざけんな、町に戻って奴らがいたらどうすんだ。 カッコウの的じゃねえか」


警戒心を全面に出しながら歩く剣斗を見て、なんだかおかしくなって来たユイは、クスリと笑って彼の前を歩いていく。


「ほらほら、明日からまたお仕事なんだから、ちゃっちゃと歩いてね〜」

「ああ、わかって……!」

「っと、どうしたの?」


不意に立ち止まった剣斗によって少し体勢を崩したユイが彼の顔を見やると、鼻をヒクつかせながら辺りを見回していた。


「なにか……来る……」

「へ? 何かって一体」

「伏せろ!」


何かを言いかけた時、剣斗がユイの頭を掴んで地面に転がっていく。

何が起きたのか分からずにユイが空へと目をやると、そこには亀裂が入っていた。


「まさか……あれは……!」


ユイはアレを知っている。

過去に見てしまったことのある、災厄の始まりを、彼女は再び経験する。

亀裂から黒い煙が噴き出していき、2人の周りと街の方へと広がっていく。

それが形を成すと、先ほどまで剣斗が捩じ伏せていたゴブリンよりも一回りほど大きな、コボルトが現れた。


「災厄……現象……」


既に、地獄が始まっていた。


*****


「よし、行くぞみんな!」


天城は戦場で、力強く他の戦士たちに呼びかけた。彼の下には、倒れ伏した巨大な魔獣が横たわっており、その口からは紅い鉱石を吐き出していた。


「お見事です、勇者さま」


イザベルが拍手をしながら近づいて来る。

その笑顔は天城から見るととても美しく、一枚の絵画のような完成度を持っていた。


「ああ! これからもっと強くなるぞ!」

「それは良いことでございます。では、次に参りましょう」


そう言うと、イザベルは天城の手を引いて歩いて行く。

災厄現象は、三体の核獣を狩ることで一時的に収めることができる。

天城の手を引くイザベルの心中は、決して穏やかでは無かった。

予想よりも早すぎる災厄現象の始まりのせいで、彼女の予定が大幅に前倒しとなってしまった。

せっかく邪魔者を体良く排除出来たというのに、これでは二度手間である。


(なるべく早くこの男を鍛えなくては……)


全ては彼女の計画のために。

あとのことは、全てが二の次なのである。


*****


ユイと剣斗はコボルトの群れを叩き伏せながら街へと向かっていた。

冒険者の街とは言っても、住民の8割は非戦闘員だ。それを見捨てられるほどユイは薄情ではないし、剣斗も心を失っていなかった。


「街の方はどうせ勇者様たちは行ってないでしょうね!」

「そうだろう、な!」


背中合わせにコボルト達をねじ伏せて行くが、潰していくたびに増えていくように見える。

ユイにとって、災厄現象がこの時間帯に発生したのは文字通り最悪の展開だった。

もうすぐ、『日が落ちる』


「ケント、先に街に向かってて……」


押し殺したような声音で発せられたユイの言葉に、剣斗は折れた大剣を構えながら目を見開いた。


「正気かあんた……」


死ぬぞ、と怒気を含んだ声で剣斗が言うが、ユイは不敵な笑みを浮かべて真っ直ぐ彼を見つめた。


死ぬ気は無いと威圧するような彼女の意思は、剣斗に確かに伝わっていた。


「先に行く」

「いってらっしゃい」


まだ共に戦って数日の2人なのに、長年連れ添った相棒のような会話だった。

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