この気持ちの名前は
藤永さんに練習に付き合ってもらうようになってから、
「もう一回いくよ」
わたしは何かおかしい。
「うん!確実に良くなってるよ」
「あ、ありがとうございます!」
藤永さんに褒められると心臓に近いところが変に苦しくなる。
「詩春ちゃん。ナイス〜」
「ありがとうございます!」
白河さんにも褒められるけど、その時は純粋に嬉しいって気持ちなのに…。
何でなんだろう。
——キーンコーン カーンコーン
「あ、もうこんな時間か…」
そんな事を考えていると、藤永さんがボールを持ちながら校舎にある時計を確認していた。
「下校時刻になるからこれでラストにしよっか〜」
「そうですね!」
白河さんの言葉に頷くと、
「ラスト、気合い入れてね」
藤永さんは笑顔でそう言いながらボールを二、三度弾ませた。
その爽やかな笑顔と制服から覗く白いながらも筋肉のついた引き締まった腕に目線がいく。
(わ、わたしは何を考えてるの!)
心の中で自分に突っ込むと、冷静になろうと深呼吸をして先程から教えて貰った事を繰り返しながらレシーブを構える。
「……いくよ!」
「はいっ!」
藤永さんの合図でフワッとボールが飛んでくる。目を瞑らないように意識してボールをしっかりと体の中心で受け止める。
——バシッ
するとボールはブレることなく、真っ直ぐと藤永さんの元に届く。
「……」
「……」
腕が痺れる感覚と、今までにはなかったボールの感覚。
「水瀬さん!すごい!」
「や、やった…」
「ちゃんと俺に届いたよ!
今度は曲がらずに真っ直ぐ!」
藤永さんが興奮した様子で近づいてくる。
「詩春ちゃん、やったじゃん」
ポンポンッと後ろから頭を撫でられて振り向けばニコニコした白河さんが立っていた。
「白河さん!ありがとうございます」
「えー?頑張ったのは詩春ちゃんでしょ?」
そう言ってまた頭を撫でられる。
白河さんはスキンシップが多いところがどことなく汐音お兄ちゃんと玖音お兄ちゃんに似てるから安心する。
「だから…あんま触れんなよ」
腕が伸びてきて白河さんの手を掴んだのはやっぱり藤永さん。
(あれ?じゃあわたしにとって藤永さんってどんな存在なんだろう…)
「えー、別にいいじゃんねー?
今日は頑張ったんだから藤永もよしよしってしてあげなよ」
そう言って笑う白河さんに、顔を赤くしながら反論する藤永さん。
「なっ!いいからお前はボール片付けてこいよ!」
顔を背けたまま白河さんに言い放つと
「み、水瀬さん。俺らはこのまま校門まで向かおうか」
「は、はい!」
そんなことをぼんやりと考えていた私に向き直って校門の方向を指差した。
「じゃあオレは教室までボール持ってくかなー」
「ああ、頼んだ」
そんな会話を聞きながら、自分の荷物を掴むと折り曲げた制服から少し赤くなった腕が覗き、何だか誇らしい気持ちになる。
「美久ちゃん達驚くかな〜」
「あの元気なお友達ですか?」
わたしの独り言に答えたのは藤永さんで、その言葉に頷けば
「きっと驚くと思うよ」
と悪戯を成功した子供のように無邪気に笑った。
「お二人のおかげです!
本当にありがとうございます!」
そう言って頭を下げれば、
「だからそれは白河の言ったように水瀬さんが頑張ったからだよ」
次は優しく微笑んでくれた。
「でも藤永さんや白河さんがアドバイスしてくれてお付き合いして下さってすごく上達した気分です!」
「でも本当に上手くなったよね。
そうだ。試合…観に行ってもいい?」
藤永さんからのまさかの提案に驚くもせっかくここまで色々教えてもらったのだから少しは成果を出した姿を見に来て欲しい。
「は、はい…」
そう思ったわたしは嬉しさと恥ずかしさから震えた声で答える。
「良かった。断られたらどうしようかと思ったよ」
「断るだなんてそんなっ!」
ホッと胸を撫で下ろし、安心した声色の藤永さんに焦って答えながら胸の前で両手を左右に振った。
「そうだ。水瀬さん」
藤永さんは急に真剣な顔になったかと思うと、
「きょ、今日はお疲れさま」
「こちらこそおつか…っ…」
——ポンポンッ
突然頭を撫でられた。
「あっ、えっ?!」
「あ、えっと!白河がやってたから俺も…。い、嫌だったよね!ごめん!」
その直後凄まじい勢いで謝られる。
「嫌じゃ…ないです」
自然と口から出た言葉。けれど、胸がドキドキして頰が熱くなっていく。
「ほ、本当に?」
「はい…」
すると突然顔を覗き込まれた。
それに反応してまたしても顔は赤くなり思考は停止していく。
「顔、近い…です」
「あっ、えっ!ごめん!」
この感情に名前をつけるなら…。
「と、取り敢えず校門…向かおうか」
「は、はい…」
どんな名前になるんだろう…。
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