バチモンスター 異世界行ったら、俺のエアペットが斜め上に進化していた件

@isumi

1 ペットに囲まれた素晴らしき日々

 おおっ、涼しいっ。

玄関をあけて、ひんやりした空気を吸う。昨日の土砂降りの夕立のせいか、夏にしては夜がしのぎやすかった。いや、まだ夜だが……。今日はいい日になりそうだ。

夏休みの三日目。時刻は午前二時。早朝新聞配達のバイトだが、出発は早朝というより深夜だ。夜明けまでに間はあるが、夏の夜空はなんとなく明るい。

自転車を引っ張り出すべく裏にまわりながら、俺は一通りみんなに声をかける。朝の日課だ。

 「いくぞ、お銀」

 銀はでかくてモフモフした尻尾で俺の背中をさっと撫でると、ぽーんと一跳ね、空中でくるんと回って変身し、小さくなる。四つ足を踏ん張って着地し、その鋭い紫の眼で俺を見上げる。それにうなずいてやると、照れたように後足で首のあたりを掻く。

一ダースまとめ買いの軍手を黒ジャージのズボンのポケットにつっこみ、速足で歩きながら、空を見上げる。まだ星の出ている夜空に、いつものように大きな鳥が近づいてくる。

「よ、おはよう、ロック、見回りご苦労」

頭上をぐるぐると大きく旋回している。

自転車を引っ張り出しながら、俺は注意する。

「コンちゃん、そこ水たまりあるぞ、しっぽ気をつけろよ」

まだ小さい金色狐のコンちゃんは自分の大きなしっぽを扱いきれない。水たまりでしっぽを濡らしてしまうこともしばしばだ。タタタッと寄ってくるのを拾い上げて、自転車のかごに乗っけてやる。

 「みんな用意はいいな、出発だ」

いったところで、裏の便所の窓ががらりと開いた。施設の孤児仲間の里美の、女にしては野太い声がかかる。

 「おい、ソラ、独り言大概にしとけよ、また職質されんぞ」

 なんで、起きてきたんだ?げんなりしていると、つづいておっとりやさしい声がした。美奈子先生だ。新聞配達のバイトに励む苦学生の俺をいつも見送ってくれる。駐輪場が裏にあるせいで、便所の窓から。

「うふふ。いってらっしゃい。空良くん」

「い、行ってきます」

照れ隠しにかごの中のコンちゃんが掌に顔をすりつけるのをワシワシ撫でながら、俺は挨拶した。

「うわ、キモ。なんだ、あの手……」

里美がつぶやいた。こいつは見送りではなく、たまたま便所に起きただけなんだろう。夜中に小便に起きるとか哀れな奴……。思っていると、ドスの効いた声。

「おい、ダダ漏れしてんぞ」

おっと、声に出てしまったか。ごめんよ、コンちゃん、怖くないからな、ワシワシ。

「コラ、妙な行動、ヤメロ。変態」

言われ慣れてはいるがやはり傷つく。一瞬固まったところに、美奈子先生がにっこり笑って手を振りながらいった。

「職質はいいけど、通報は勘弁ね」

俺はしぶしぶ空っぽの籠の上を撫でるのをやめた。


 エア……。それは辛い現実を生き抜くための必須アイテム。

 エアギター、エアドラム、エアバンドなら、掃除の時間に情熱をくれる。

エア彼女、エア友達なら、明るい未来のためのシミュレーション。


 そして、動物好きな俺の命は、エアペット。


 そう、俺はずっと、エアなペットを飼っている。

小学二年でリアル家族が崩壊して親戚たらい回し、やっと妹と一緒に一つの施設に落ち着いたと思ったら、妹のほうはうまいこと金持ちに貰われていってしまった。

 だが、俺は独りぼっちじゃなかった。ずっと動物たちに囲まれていたから。エアだけど……。


 施設も経済的に厳しいので、補助が出ているとはいえ養育費、学費のかかる孤児たちにリアル動物など飼わせるわけにいかない。俺は生き物を飼うのが大好きで、エアペットを飼う前、いや飼い始めてしばらくしてからも、施設の庭からときどき風呂場に入ってくるナメクジなんかを勝手にペット認定していたが、美奈子先生にとても不評だったし、だんだん大人になってくると不思議と虫とかそういうのがだめになってきた。

でも、エアならエサ代なんて掛からない。予防注射とか病院代もナッシング。ほどなく俺は飼いたい放題のすばらしいエアペットシステム一本に絞ったのだった。


 小学生の頃のエア亀から始まって、エアにゃんこ、エアわんこ、エアいんこ、エアうさぎといろいろ飼って、中二病を患ってからは魔物系、神獣系にも手を広げ、今現在の手持ちは、エアフェンリルの銀、エアフェニックスのロック、エア金狐のコンちゃん、エアあひるクワッちゃんだ。伝説のテイマーとは俺のことよ。


 もちろん飼っていた動物を捨てたことなどない。最後まで責任をもって見送った。

最初のペット、エア亀の亀太郎は本人たっての希望で鬼退治のためエアいんこのピー助とエアうさのキャロとともに海の彼方に旅立っていった。俺は止めたが、本人たちの意志が堅く、無事を祈るしかなかった。

エアにゃんこの玉ヒメは近所を通りかかった謎の貴公子マッキーマウス、世界で活躍するエンターテイナーに見初められ、玉の輿に乗った。毎年しあわせいっぱいの年賀状をくれる。

エアわんこのポチは忍者犬なので、フェンリルの銀に刺激を受けて発奮し、いま甲賀とか伊賀とかに修行に出ている。

 

薄暗い街灯の照らすアスファルトを自転車を漕いで進む。半そでをまくった腕に空気が少し冷たいが、これから体力仕事なのですぐに汗で濡れてしまうはずだ。袖を巻き付けるようにして縛っているジャージの上が腰の後ろではためく。一所懸命横を走る銀や籠の中のコンちゃんに声をかけてやりたいが、独り言は極力控える。冗談でなく通報されたのは一度や二度ではないからだ。

長期の学校休みには土方のバイトもやるせいで、俺は身長はそう高くもないが結構ガタイがいい。その上、一重の三白眼が祟って、顔が怖いのだ。ブサイクの上位互換、凶悪ヅラである。この暗がりの中ぶつぶつ言いながら自転車を走らせていたら、出会い頭に通行人が悲鳴を上げる確率が急上昇してしまう。もっとも、今ではもうこの辺のおまわりさんには身元保証してもらえるくらいになっている。あ、また君か、ってな。くそラッキーだな、俺ってば。


どんどん自転車漕いで、将来住む夢の家の参考にしている家の角を曲がる。

この家は赤い屋根に窓が開いているところが使える。寝ながら星を見るのにいい。

……顔が凶悪だっていいじゃない。心の秘密の部屋にピュアな乙女のハートが眠っているのよ、と繊細な俺に脳内つっこみさせたら我ながらキモかったので、急いで頭を切り替え、上から目線で人様の家を批評する。

この家、屋根はいいんだが、敷地は狭すぎるな。立地もアウトだ。


俺の理想の家は緑の丘の上に立つ白い家だ。赤い屋根の大きな白い家。後ろに大きな木があって北風を防いでいる。ちゃんと畑もあって、飢える心配はない。収穫物をしまえる食糧庫も別棟で建っている。

果物のなる木もいっぱいだ。柿とか、リンゴとか桃みたいなのは当然あるとして、俺の一押しはイチジクだ。たくさん実がなるし、熟していないうちは煮て食べてもいいし、採れ過ぎたらジャムにしても干してもいいからな。枝が広がるから敷地が広くないといけないが、うちは問題ない。

畑とか果樹園とかは丘の麓にあって、丘の上に帰るときは緑の野原の中の小道をのぼってゆくのだ。

その広い草原を思い切り駆け回るワンコ。

 ワンコ……。モフモフで、チョウチョなんか追っかけて、空中でわん、バクンと取り逃がしてしまう、でもその仰向けの口かわいい、みたいな……。

 ああ、そんな耳へにょりとか、させんなよ。よしよし。

──くうう、テンション上がってきた。

 「お銀。俺は負けないぜ。一緒に白い家、目指そうな」

 言って、俺は思い切りペダルを踏みこんだ。

分かってますよ、という風に、俺のエアペット、フェンリルお銀が尻尾を振り、俺の横を駆ける。

角を曲がって、出会い頭だった。


パアーンというトラックのクラクションの中、マスターという叫び声を聞いたとおもう。


それきり意識がなくなった。

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