喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 昼に差し掛かり、そろそろ昼食にインスタントラーメンでも作ろうかと台所で準備をしていた時、インターフォンが鳴ったので玄関に向かうと宅配の人が宅配便を届けに来た。

 判子を押してそれを受け取り、宛名を確認すると俺の名前である野上のがみ桜花おうかと書かれていた。

「姉貴から……?」

 差出人の所には五歳年上の姉貴の名前――野上花桜梨かおりと書かれていた。現在遠くの大学に通っている姉貴からわざわざ俺宛てに何を送ってくるのだ? と疑問に思いながら段ボールを開ける。そこに更に箱が入っていたが、それは商品を封入している真新しいものであった。

 それを目にした時、俺は一瞬目が点になった。その後に段ボールを一旦床に置いて、その箱を手に取る。

「ってドリームギアじゃねぇかこれ?」

 ドリームギア。通称DGは世界初の仮想現実(VR)世界に意識を潜り込ませ、ゲームの主人公そのものとなって遊べる新世代型のゲーム機である。神経の伝達する際の脳波を抽出してDGが受信し、あたかも現実で身体を動かしているようにするらしい。元は海外で軍事用として開発されていたらしいが、それがどういう訳か方針を変えて家庭用ゲーム機としての開発に転換されたと噂されている。

 そのDGの、それも新品の入った箱が、段ボール箱の中に納まっていた。

「何で? 結構高いし、今は半年先まで予約で埋まってるって話だけど」

 単価はおよそ十三万となっていて、前世代ゲーム機の二倍以上の値段となっている。しかし、前世代までの映像画面を見てコントローラーによる操作ではなく実際にゲームの中に入って自分の意思一つで動かすと言うのが画期的でもあり、この値段でも初日で完売する店が相次いだ。製造技術的に、人体に悪影響が出ないように作成するのに時間が掛かるらしく、予約をしても直ぐには手に入らない。

 そんなDGが、俺に送られてきた。姉貴から。どうしてだろう? と頭を悩ませていると、ある事を思い出す。

「…………って、もしかしてこの間俺が言った事覚えてたとか?」

 この間――とは言っても半年程前に姉貴が帰省してきた際に「ドリームギアで遊んでみたい」と丁度やっていたDGのテレビCM見ながらぽろっと口にした。姉貴には「受験勉強しろ」と一蹴されたけど。

 欲に負けずに受験勉強して、一応来月から高校生になれるのは、ある意味では姉貴の一言が効いてるのだろうな。

「ん? 手紙」

 DGの箱にばかり気を取られていたが、段ボール箱の片隅に別のパッケージと手紙があるのを発見する。一旦DGの箱を置き、手紙の方を手に取る。


『入学祝いだ。

 やれ。

    花桜梨』


 そこにはそう書かれていた。

「何て簡潔な内容なんだよ…………」

 多くは語らない。それが姉貴と理解しているからあまり驚きも呆れもしないけど。

「でもま。感謝の言葉を言っておかないとな」

 と、今度は手紙の脇にあったパッケージを手に取って眼前に持っていく。

「『Summoner&Tamer Online』か……」

 一週間前に発売されたDG専用のゲーム。オンライン専用であり、モンスターと一緒に冒険を繰り広げる現実では到底為し得ない事が出来るのが売りとなっているゲームだ。ジャンルとしてはVRのMMORPG。確か予約数はDG出荷数の半数程で、ダウンロード版も含めれば実際に売れたのはそれ以上らしい。略称は頭文字を取ってサモテ。もしくはSTO。俺は後者の略称を用いている。

 CM見た時にSTOはやってみたいとは思っていたけど、その時には姉貴は帰省してなかったからこれは偶然だろう。偶然でもまさかやりたいゲームソフトが付随されるとは思わなんだ。

「…………電話電話」

 俺は送られてきたものを全部段ボールの中に戻すと、それを抱えて二階にある自室へと戻る。段ボールをベッド脇に置き、ベッドの上に投げられてるタブレットフォン――通称タブフォを手に取って電話帳を開き、姉貴の欄を選択して電話を掛ける。

 コール一回目が終わる前に繋がる。

「あ、姉貴?」

『何だ桜花?』

「ありがとう」

『いいからやれ』

 と、一方的に切れた。通話時間が四秒って……。かなりの早切りだな。とっても男前の姉貴だな本当。もし血が繋がってなかったら惚れてたよ。

 通話が切れたタブフォをベッドの上に投げ戻し、部屋を出て一階の台所に戻り、インスタントラーメンを作って昼食を取り、再び自室に戻る。

「……やるか」

 折角貰ったものなので、さっそく始める事にした。今は春休みなのであまり時間を気にせずにやれるのが

「えっと、まずDGの設定をしてから」

 箱からDGを取り出して同封されている説明書に目を通す。DGはバイクのフルフェイスヘルメットのように眼前部が半透明な液晶画面で覆われていて、背面部にUSBケーブルと赤外線送受信部、左側面に電源ボタンが付いている。説明書によれば、ユーザー設定に限り、電源を入れてから液晶をタップして入力をする方式となっているようだ。

「ユーザー設定は、ゲームにも反映されるのか」

 説明書を読み進めていくと、そのような旨の説明が記載されていた。まぁ、VRって自分の体を動かして遊ぶゲームだからな。自分と違う体格だと現実との齟齬が出る。だからなるべく現実と同じ体格で遊べるように設定を最初の一回だけで済むようにしてる親切設定なのだろう。でも違う体形でやりたいって人には不親切だよな。

 まぁ、未成年もやる事を踏まえて、この身長、体格のデータは何度でも変更可能なんだよな。ゲームごとに数値を変えて楽しむと言うのが出来るから、まぁ意味のない機能ではないと思う。

 兎にも角にも、液晶画面をタップして数値を入力していく。

「ユーザーネームに生年月日に性別、身長、体重……ん? 血液型まで入力するのか」

 血液型は本当に何で入力するのか分からないけど、しないと次に進めないしな。しないとしないと。

「顔は写真のデータを流用してリアルに似せるか、自分でメイキングしてお好みの顔に出来る……」

 顔も融通が利くんだな。リアルの顔で遊んだり、美形で遊んだり、ある二次元キャラに扮して遊んだり出来るようなこれまた親切設定だな。

「メイキングはしなくていいか」

 まぁ、俺はやらないが。いちいちタッチタップを駆使して顔を弄るより写真使った方が時間の節約になるし。

「えっと、タブフォで撮ってと」

 ベッドの上に投げていたタブフォで顔写真を撮る。一回目は手が振れて失敗。手振れ補正の自動設定をし直して撮った二回目はぼやけて失敗。ピント調整した三回目で漸く普通に撮れたので、それを画像フォルダに保存する。

「それを赤外線でDGに送る」

 背部の赤外線を受信する部位にタブフォを向け、先程撮った顔写真を送る。

「……これでいいのか?」

 すると、受信された写真がDGの液晶に現れ、写真の下に『これを元に設定しますが、よろしいですか?』と表示されたので、『はい』をタップする。

「あ、IDが作成された」

 ユーザー設定が完了すると、液晶画面に『以下があなたのユーザーIDです』と表示される。念の為に机からノートとボールペンを取り出してメモをする。メモする意味があるかよく分からないけど、こういう情報は一応控えておいた方がいいだろう。

「このIDがないとオンラインで遊べないのか」

 IDを写し終えて、説明書に目を通すと真ん中くらいのページにそのような重要な情報が載っていた。まぁ、ゲームによっては有料コンテンツもあるからな。購入する際に必要になってくるんだろう。

「さて、始めるか」

 俺は一度DGの電源を落とし、STOのパッケージを開いて、ゲームデータの入ったメモリーカードをDGにセット。説明書を見てSTOの粗方の情報を頭に入れる。

「ん? 使用制限時間が課せられるのか」

 説明書にそのような事が記載されていた。

「最大で六時間。一番短くて一時間を三十分刻みで設定出来る、と」

 一時間で終えると十分、以後三十分ごとに五分追加されていく休止時間の間は再度ログインする事は出来ないそうだ。つまり、六時間やった後は一時間休息を入れないと再びSTOの世界へはいけない。

「まぁ、健康上の問題ってのもあるからな」

 VRはそこら辺の問題があるからな。時間制限を課していないとずっと入りっぱなしの奴とかが出て来るかもしれない。飯も食わず、トイレに行かずで。そうなると色々と悲惨な目に遭うからこの時間制限は妥当だろう。

「取り敢えず、初めてのVRだから三時間くらいにしておくか」

 と、今回遊ぶ時間を決めながら説明書を読み進めて行き、数分で読み終える。

 その後に、ユーザー設定を終えたDGを被り、ベッドに横になって起動させる。VRは意識を仮想世界に飛ばす為、仮想世界にいる間は現実の肉体への信号は遮断される仕組みになっている。なので、立ったまま始めると、その瞬間に均衡が崩れてぶっ倒れる事になるので、そうならないように横になってプレイするように、と説明書の注意書きに大きく書かれていた。

 DGを被るとセンサーが反応し、ユーザー設定に進む事なく、即座にゲームを始められるように作られているらしい。

 液晶画面に『Start』と表示され、次に『Summoner&Tamer Online』と変わり、意識が遠くなるような感覚に襲われる。

「……おぉ」

 一瞬にして、横になっていた筈の俺は直立していた。目の前には古めかしい木製の扉が立ちはだかっている。辺りを見渡すと木製の扉以外には何もなく、白一色の空間だった。

 自分の恰好を見ると、小豆色の中学ジャージ上下姿からジーンズのようなズボン、ブーツ、麻布のような質感の長袖Vネックのシャツを着込んだ格好となっている。質感が分かるように、自分が服を着ていると言う感覚が伝わってくる。これがVR技術なのか、と感心する。

『ようこそSummoner&Tamer Onlineへ』

 頭上から声が聞こえてくる。つい上を見てしまうが、そこには何もない。スピーカーも無い。が、疑問に思っても仕方ないだろう。ここはゲームの中の世界。何が起きても驚いてはいけないだろう。

『ゲームをどのくらい遊びますか? ※タップして操作して下さい。また、ゲーム中はメニューで変更が可能です』

 俺と木製の扉の間にウィンドウが現れ、タイマーが表示される。俺はウィンドウをタップして三時間と設定する。

『プレイヤーネームを入力して下さい』

 どうやら、DG設定でのユーザーネームは反映されないようで、ここで入力しないといけないらしい。目の前に新たにキーボードが現れる。キーボードで入力すると、今はタイマーが消えているウィンドウにその文字が表示されるんだろう。

 まぁ、別に凝った名前にする必要もないし、本名の片仮名表記でいいか。

 キーボードで『オウカ』と入力を終えると、キーボードが光の粒子となって消え去る。

『次にスキルを五つまで選択して下さい。※スキル一覧はスライド、タップする事で操作出来ます』

 それと入れ替わるようにスキルの一覧が目の前に現れ、百を超えるスキルの名前が羅列している。

 一覧に指で触れ上にスライドさせる。するとスキル一覧が上へとずれて視覚外にあったスキルが下から現れ、見えていたスキルのいくつかは枠外へと出て見えなくなった。

 俺は何度か上下にスライドさせ、目当てのスキルをいくつか絞ってから言われた通りに合計五つのスキルをタップする。その後に『これでよろしいですか?』と表示されたので『はい』のコマンドを選んだ。

『次にステータスポイントを振り分けて下さい』

 スキル一覧が消え去ると、次にステータスウィンドウが展開される。ステータスは生命力、体力、精神力、筋力、耐久、魔力、魔法耐久、器用、敏捷、運の計十個もの数値を設定しなければならない。

 生命力は相手の攻撃を受ける毎に減っていき、0になればゲームオーバーとなる。体力は走ったりすると減っていく。この値が0になると行動に制限が課せられる。精神力は魔法を使う毎に減っていく――他のゲームで言えばMPの役割を果たしてる。

 筋力と魔力は攻撃時の威力を上げ、耐久と魔法耐久は防御力を上げる。器用は精密動作の切れをよくし、敏捷は身のこなしが上昇する。運はクリティカルヒットの発生する確率を上げる能力値となっている。

 ステータスはステータスポイント――SPを用いて上昇させていく。SPはレベルが上がる毎に確実に取得されるので、今ここで変に偏らせても多少ならば修正が効く。SPを1消費して生命力は100、体力と精神力は10、他は1上昇する。

 初期SPは100で平等に割り振れば全てに10ずついけるが、俺は特に魔法を使おうとは思っていないので魔力の部分に割り当てなくてもいい。更に精神力にもSPを振らなくていいだろう。その分20は生命力と体力、器用、敏捷に5ずつ割り振った。

『プレイスタイルを選択して下さい。※プレイスタイルはゲームを進めていく事で変更する事が出来ます』

 ステータスの入力を終えると今度はウィンドウが二つ現れる。それぞれ【サモナー】【テイマー】と表示されている。

 事前に読んだ説明書では武器を使って戦ったり、魔法を駆使して薙ぎ払ったり、戦闘はあまりやらずに生産をしたり、のんびり釣りをしたりと自由に出来るが、この二つに限っては決めなければならないらしい。まぁ、モンスターと一緒に冒険するというのがこのゲームのコンプセントなので、当たり前と言えば当たり前か。

 召喚獣を喚び、必要な時にだけ力を借りるスタイルの【サモナー】。モンスターを育てて共に成長していくスタイルの【テイマー】。どちらも一長一短の性能の為、どちらかが死にスタイルという事にはならないのが救いだ。

 ゲームを進めて行けばスタイルの変更が出来るらしく、どちらでもいいのだが、俺としては折角の冒険なので常に隣にパートナーがいる方がモチベーションがあがりそうな気がする。

 なので、俺は【テイマー】を選択する。

「以上でよろしいですか?」

 最後に今まで入力した情報が一気に表示される。俺はそれをじっくりと見て間違いがないか確認する。

 二回見直しても間違いが見当たらなかったので、『はい』のコマンドをタップする。

「それでは、Summoner&Tamer Onlineの世界をお楽しみ下さい」

 ウィンドウが消え去り、目の前に聳えている木製の扉が音を立ててゆっくりと開いていく。扉の隙間から眩い光が漏れ出し、俺の視界を埋めていく。俺はあまりの眩しさに眼前を腕で覆って目を瞑る。

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