幼馴染と親愛なる藤桃P

 高校二年の春、新年度を迎えて慌しく人が行き交う朝の通勤ラッシュ。

 学生や社会人にとって避ける事のできない憂鬱な時間ではあるが、俺にはとても有意義な時間である事は間違いない。


『言葉にできない想いを――風にのせて――アナタに届けばいいのに――』


(響くこのメロディー、感じるこの想い)


『それだけでは伝えきれないこの気持ち――今キミに打ち明けるから――』


(気持ち良い! 超気持ち良い!! これぞ愛! LOVE! YOU!)


 イヤホンから聴こえる優しいメロディーは満員のバス車内であっても気分を高揚させる。

 人気作り手、藤桃Pが手掛けた楽曲を聴く度に世界が色づき始める。


 「ねぇ、優君? 優君ってば!」


 初めて聴いたときは感動のあまり涙さえも流しそうになった。むしろ、泣いた。

 今では藤桃Pが創作活動の様子を綴ったブログも毎日チェックし、時には応援コメントを定期的に送ったりと、ファンの一人として藤桃Pを支えているのだと自負している。


 「もう優君ってばっ!!」


(この熱い想い…藤桃Pに届けばいいのに……)


 ブチッ――


 熱い想いを胸に、突然俺は現実世界に戻される。

 正確に言えば、耳からイヤホンをぶち抜かれバスのアナウンスが俺を優しい世界から厳しい、とてもつもなく厳しい現実世界に強制送還される。


「優君、音楽聴くのは良いけど、聞きながらその顔はやめたほうがいいと思うな……」


 隣の座席に座る彼女は苦笑いで俺に伝えた。

 こいつは同じ高校に通う普通科で幼馴染の青葉幸子。

 長い黒髪を後ろでまとめ、大きくまるっとした瞳で哀れむなような表情を浮かべながら、先ほど俺の耳から無慈悲にも抜き取ったイヤホンを俺の目の前でチラつかせる。


「いきなり何すんだよっ! 俺は……俺は……うっうっ……」

 泣きたい、ただただ泣きたい。俺には安らぎの時間すら与えられないというのか……。


「いつも大げさだな、優君は。にこにこしてると思ったらすぐに悲しい顔になっちゃうんだもん。また藤桃さんの曲聞いてたの?」


 びくんっ! っと俺は反射的に体をこわばらせる。


「やっぱりそうだ! 優君が気持ち悪い顔で笑ってる時って絶対藤桃さんの曲聞いてる時だもん。おまけにまた嫌な事あったんでしょう?」


 うわぁ~~本当嫌だわぁ~~するどい女は本当嫌だわぁ~~。


 人間生きてれば嫌なことや悲しいことなんていくらでもあるだろう、ただそれを聞いて良いタイムミングとかあるわけじゃない? 無神経なヤツめ。


「いつも思うけどさ、やめない? そうやって分析するの。人には触れられたくない事もあってだな……」


「最近ずっとそんな感じだよ? 本当に優君はわかりやすいよね。 えへへっ」

 笑われた。ピュアで誠実なこんなにも傷つきやすい俺を狙ったような笑顔であざ笑った。


(こいつ、実は腹の中、真っ黒なんじゃないかな……)

 バスに揺られながら彼女にとってはいつもの、俺にとっては感傷に浸る通学時間。


「それで、今度は一体何があったの? また作曲上手くいかなったの?」

 直球ドストライクで俺のハートに幸子の言葉が突き刺さる。

「またとは何だ! いつも失敗してるみたいに……俺だっていつかは……」

 楽曲ランキング上位に君臨する作り手に、俺はなる……! とは今の俺には言う勇気が無い。

 はぁ……っと幸子はため息をつきながら子供を諭す様に続ける。


「上げ足とらないの! 優君はしっかりがんばってるよ。 夜遅くまで曲作ってしっかり動画サイトにもアップしてるんだもん、ただ今は知名度が低いだけなんだから!」


 上げて落とされる感じ、わかっててやってるんじゃないかと毎回疑うわ。

 どうせ俺は人気の無いヘタレな作り手だよ。でもいつかは! って毎日努力はしてるつもりなんだどもその成果がついてこない現実。


「……もっとこう、視聴してくれる人を増やせるようにとか考えながらとっつきやすい曲を作ろうって作曲してはいるんだけども、考えれば考えるほど空回りするって言うのかな……正直よくわからなくなってるんだよな」


 現実問題、悩みすぎて迷走してるのはたしかだし、そこで作り手として作曲の手を止めてしまう自分が許せないという理由で今は無我夢中に活動している感じだ。


「うーん、難しい所だよね。でもさ、他の作り手さんだってそういう経験をしてがんばってきた人たちだと私は思うよ! だから優君も悩んでて当然なんだよ、いつか人気になりたいって今努力してるんだもん、私だってイラストがんばるし、これからも応援してるんだからね」


 幸子はこれまでに俺が作曲して投稿した動画のイラストを描いてくれており、その影響もあって幸子も絵師としての活動が活発になってきている。

 同じ創作する側ということもあり、幸子もその辺はわかっているのであろう。

 とりあえず、幸子がここまで言葉にしてくれてるんだ。素直に受け取っておいてもいいかな。


「優君が大好きな藤桃さんもそうやって色んな壁を乗り越えて有名な作り手さんになったんだよ! 優君だっていつかはなれるよ! 」


 そういいながら、幸子はとても嬉しそうに微笑んだ。

 しかしながら、幸子は本当簡単に言ってくれるな。


「お前が藤桃Pを語るとはいい度胸だな! 藤桃Pはなぁっ――」


『次は竹陽高校前~竹陽高校前~』


 惜しくも藤桃Pを熱く語ろうとした俺の声がバスのアナウンスに掻き消される。

 俺達が通う竹陽高校前のバス停に着くと、多くの学生の波がバスを揺らしぞろぞろと降りて行く中、幸子が思い出したように口を開く。


「あっ、そういえば、優君のお母さん達今日から海外旅行だって聞いたよ。なので夜ご飯お家に作りに行くから楽しみにしててね」


 なぜか嬉しそうにしゃべりながら幸子は正門前に同じ普通科の知り合いであろう人影を見つけ俺に手を振りながらバスを降りた。

 少し間を空けながら俺も下車する生徒達の列に続いてバスを降りた。

 なんだかんだで幸子に言い包められた気がするが、幸子自身もクリエイターとして自覚がついてきたのかなとおもうとそれも悪くない。

 そして最後に、幸子に言い残した言葉を正門を通り過ぎ校舎へと向かいながら心の中で呟く。


 ――藤桃さんは俺の人生だっ!――

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