五章【パレットナイフ&エンドマーク】ー2
蒼。
吹きすさぶ風。
照りつける日差し。
其処は一面の空だった。遮る物なきパーフェクトスカイ。
突然何もない空間に、ジャスティス&スカーレットは投げ出される。
「おわわわわわわわわわわわ」
落下。墜落。急転直下。
そこにある重力に引き寄せられ、彼らの体が宙を墜ちる。
「落ちて潰れろ新世界の走狗!」
ただ一人、固定された空中の足場に立つ空朔望響が怒号を叫ぶ。
異想領域破壊装置の機能は、単純な世界の破壊のためのものだけではない。異形の大樹の内部には、既存世界を書き換えるための萌芽が星の数ほど詰まっている。空間の組成、物理現象、旧世界の科学において【世界】と呼ばれるものを形作るための、その総てを有している。
【
その構造は単純な大気圏。この空間に投げ出された者は、九・八メートル毎秒の重力加速度に従って、地上三千メートルからの自由落下を体験する。
無論、それだけでは済まさない。
空朔が振り上げた右腕の先、 無彩色のシルエットが現れた。
影のようなもので組み上げられた流線型。
旧世界の戦闘機を模した軍勢を、空朔望響は形成する。
機銃、ミサイル、その他諸々飛び道具が、落ちゆく彼らに狙いを向ける。
「吹き飛びたまえよ、貴様らが旧世界にしたように!」
一斉攻撃が放たれる。
蒼天に爆煙の赤い花が咲く。
それを無表情に見下ろしながら、空朔は怨敵たちのことを思う。
この程度ではないはずだ。これぐらいで倒れてくれるわけはないはずだ。
抱える不安は期待にも似て、彼の脈動を高まらせる。
「――――」
下から噴き上げた突風が、空朔の前髪を大きく揺らした。
眼前を突き抜けるロケット・ミサイル総計三本。
それに片手で捕まって、ジャスティス&スカーレットは彼の正面へと復帰した。
深紅が展開する紅色障壁の
そこへ一斉に飛び降りて、彼ら三人は空朔望響へと向かい合う。
「ただいまおじいちゃん。いきなりの空の旅は面白くなかったから帰ってきたわ」
「は、はは、ははははは。それは大変失敬したな若造め。――次はあの世に送ってやろうか」
「あはははははははは――お断りねっ!」
深紅が繰り出した手刀は、しかし眼前の空朔には届かない。
一見何もないように感じられる空間が、反発の力を発生させて彼女の指先を拒絶する。
「斥力理論を組み込んだ。防御空間だね」
「物理攻撃に対しては非常に有効だ。貴様の天敵のような守護りだな」
「あんたたちもちょっとは攻撃しかけなさいよ不意打ちアタックずどーんと!」
見ているだけの二人に対して文句を吐きながら、深紅は構えを取り直す。
不敵な笑みを再燃させて、中指を立てて挑むのだ。
「いいわ、適当に遊んだげる。多分拳の一つでもブチ込まないと止まらないんでしょ?」
「ならば諦めと絶望を進呈だ。貴様の心が折れるまで、僕らが在るのだと見せつけて呉れる」
「相変わらず。どっちが悪役か。解らないことを」
二人は無視した。
「いいぞ、いいぞ、受けてくれるか世界政府の手先ども! ならばお次はこれなど如何かな」
空朔の周囲に浮かぶ情報窓に、再び文字列が流れ出す。
次なる世界が牙をむく。
◇
赤。紅蓮。灼熱。
ボコボコと泡立つ溶岩と、デコボコと突き出す岩塊とが、その世界の全ての構成要素。
風吹き抜ける開けた大空から一転した其処は、溶岩満ちる灼熱の閉鎖空間だった。
【
立ち昇る熱気が漂う空気すらも焼き尽くし、侵入者の身を焦がそうと爆ぜている。
そして今度は彼らも準備はできていた。深紅は即座に熾遠と二人分のスペースの足場を形成。
一人だけ足場を用意されなかった鏡夜は、岩塊に鋼糸を巻きつけ張ることで自らの居場所を確保する。
「蒸し焼きでも狙うつもり? 趣味悪いわね」
「私も。この程度の熱気で。機能に支障が出たりはしないよ」
「深紅貴様は殺されたいのか」
聞きなれた恨み言を聞き流しながら、深紅は溶岩洞を見回した。
空朔の姿は――あった。離れた高い場所にある足場の上、殺虫剤を吹きかけた後の羽虫を探すような目つきをしながら、こちらの方を睨んでいる。
「つーかあのおじいちゃん平気なのかしらこの暑さ。あたしたちのように超人片足突っ込んでるタイプには見えないんだけど」
「なんらかの。保護理論を。自分に施してると見るべきだね」
「この場合の定石は世界遊離型の例外設定だろうな。プリセットを用意した段階でそれら総てが空朔望響に影響を与えないような理論を付与して設計されているのだろう」
「ってことはこの世界由来でないあたしの拳は通るってことでいいのよね?」
「距離障壁を突破出来ればの話だろうがな。対策。既に有しているだろうな貴様」
「あんたも思いついてるんでしょ? それと同じよぶちかまし!」
拳を鳴らして歯を剥き出し、龍原深紅は疾駆を開始。
自ら道を生みだしながら、一直線に向かっていく。
「――!」
接近する深紅に対し、空朔望響は無造作に右手を横に振った。
深紅と空朔を結ぶ直線上の溶岩が沸き立って、直後大きく爆発を起こす。
盛り上がったマグマが津波と化して、深紅を飲み込もうと襲い掛かる。
「うわっとぉ!」
とっさに正面に障壁を形成することで直撃焼死を免れるが、そこで必然足は止まる。
無論その隙を戦う相手は見逃さない。
溶岩流の防御に専念をする深紅の頭上、巨大な岩塊が形成される。前方に集中している彼女には、それに対処するだけのリソースはない。
岩塊が落下する。
「――貸し一つだ」
奔る銀閃。
深紅の頭蓋を押しつぶすはずだった岩塊は、鏡夜の放った鋼糸の一閃で、微塵に砕けて落下する。
殺傷力を失った残骸が、溶岩の中へと消えていく。
「せんきゅー茜ちゃん!」
しかし空朔の攻勢は止まらない。前方。左方。右方。三方のマグマが盛り上がり、溶岩柱を形成する。
再びの溶岩流が二人を飲み込もうと、首をもたげた龍のような形で迫りくる。
迫りくる焦熱を前にして、しかし彼らは動じなかった。
感情を見せない凍てついた目線をそれに向け、正義の味方が右手を鳴らす。
「面白いものを見せて遣ろう」
瞬間。溶岩流が停止した。
摂氏千度を超えていたはずの赤の津波は、一瞬にしてその熱気を失っていた。
彼らを焼き焦がすはずだったものの代わりに、ただの石柱が屹立していた。
ただの石柱? いいや違うと空朔は気づく。硝子の破片がまぶされたかのように、その柱は光を照り返し輝いていた。
おそらく誰もが知っていて、しかしこの場には最も似つかわしくない固体。
すなわち氷。
溶岩柱は、一瞬のうちに冷却されて凍てついたのだ。
「純粋冷気の……形成だと!?」
「何を驚く事がある。熱気に対する対抗想造としては最も単純で当然の部類だろう」
造作もないことのように鏡夜は言うが、それは本来容易ではない。形のない冷気と言う概念を作り出すということ自体の難易度もさることながら、炎熱が支配する環境下でそれをはっきりとイメージするなど常人には到底不可能な業である。
しかしそれを成し得るからこその
「第三解放を許可された僕たちにその程度の常識が通用するとは思わないことだ。存在質量、干渉係数、想造精度、其の他邪悪討滅に関わる数値悉く、常の状態を凌駕している」
「あたしたちを殺す気で来るんだったら、世界を三つは滅ぼすつもりで来てちょうだい」
尤も今の貴様では新世界一つですらも潰せまいと。彼らは無言で挑発していた。
そして石柱を飛び越えて、龍原深紅は疾走を再び開始する。
空中に足場を作り出してステップ、打ち出された岩石砲も足場にして蹴り飛ばしてスキップ、彼女の侵攻は止まらない。
しかし。
空朔の正面に辿り着いた瞬間、彼女の疾走は停滞する。
体の動きの感覚は変わらない。それなのに全く前に進まない。
空朔を守る斥力場の理論空間が、二人の激突を阻害している。
「越させんよ!」
空朔の周りに情報窓が三度展開。異想領域のプリセットを変更する前触れだ。
このまま一撃を加えられなければ、あと数秒で空間がまた一変する。せっかく縮めた空朔との距離もリセットされる。
突き進む深紅は振り向かず、背後の自動人形に呼びかける。
「――熾遠!」
応答は即座に。十五発の小型ミサイルを熾遠は一気に形成する。
そして発射。
殺到する弾頭軍の到着を待たず、深紅も己の武器の形成を始める。
組み上げるのは三角錐の形をした単純な構造体。材質は硬度以外は気にしない。
横倒しになったピラミッドという、その形状こそが重要だ。
十五発のミサイル全てが、三角錐の底面に突き刺さる。
推進の力が一点に集中し、斥力空間の放つ力と拮抗する。
「あははははははは! 力押しでのゴリ押しこそがやっぱり一番の大正義よね!」
鉄拳一発。
駄目押しとばかりに三角錐を深紅は思いっきり打撃する。
そして均衡が崩壊した。
斥力場を押しのけて、大三角が突進していく。
「――!」
とっさに回避する空朔だったが、急な動きが堪えたのか、たたらを踏んで転倒する。
狭い足場の上をごろごろと横に転がって、空朔はゆっくりと立ち上がる。
その顔には直撃を避けたことを喜ぶ笑み。
それに深紅は微笑み返し、
「残念だけど。――あたしは囮よ」
直後。
それを横からなぎ払うように、光が一閃解き放たれた。
洞窟を縦断した光の筋は空朔を直撃し、その体をくの字に曲げさせる。
「あ――ががががががががががががががががががががががががががががががが!?」
そのまま洞窟の壁へと押し付けられ、空朔は重い塊として空気を吐いた。
まるで感電したかのように震える体を無理やり動かし、一撃の発生源へと顔を向ける。
そして。
正義を名乗る少年の、凍てついた瞳と目があった。
「衝撃と麻痺の理論を付与した光剣だ。最早身動きも出来るまい」
視線は問う。この一撃を理解できるかと。
勿論空朔には解らない。故に熾遠が答えを告げる。
「貴方は。私たちを。視認していたし。声も。届いていた」
つまり、
「純粋な。音と。光は。通常速度で。通過するんでしょ。その障壁」
「然らば其れを形成して攻撃すればいいだけの話だ。単純明白」
「さっきのメガマキナの時はベタな攻略法しか出来なかったものね。せっかく思いついたパターンだもの試してみたいのが人の情! センキューナイスおじいちゃん!」
捕らえた小動物の足を掴んで振り回すような、嗜虐的な笑みを深紅は浮かべた。
彼ら三人は一騎当千。どのような障壁も乗り越える
理不尽の担い手にして世界の敵を打ち倒す、世界政府の最終兵器。
かかる苦難の悉く、攻略してやると笑っている。
そして迫りくる敗北を、空朔は恐怖とともに認識した。
思考を回せ。この手の中に溜め込まれているプリセットはまだ幾らでもあるはずだ。
思い出せるもの何一つ、彼らを倒せるビジョンにならない。
だがまだだ、と空朔は思う。負けを認めるにはまだ足りない。諦めるにはまだ足りない。
既存のものでは抗えないなら、たった今この場で考えて、新しいものを作り出せ。
「――――」
掴み取った答えを手に、空朔望響は最後の世界を顕現させる。
◇
一面の黒。
風。水。熱。土。何一つない虚無という意味での真なる闇。
そこにあるのは砂金を散りばめたかのようにある、無数の小さな光点ただそれだけ。
果てなく広がる幻想の宇宙が、パレットナイフの生み出した世界だった。
「――ハッ」
世界の姿を確認して、深紅は大きく息を吐いた。
大気がなければ作ればいいと、それは当然の選択肢。ジャスティス&スカーレットにとって、欠乏は何の障害でもない。無酸素無気圧無重力、放射線の直射も絶対零度間際の極低温も、創造力の前には無意味である。
「ねえ。終わりにする気は。ないのかな」
熾遠は問う。
「世界政府でも。旧世界の再現は。課題になっているし。ここで。引き返して。
それに協力する道は。選べないのかな」
投げかけるのは降伏勧告。
言葉で終わるとは思っていないが、それでも問いかけるのは止めはしない。
それに対して空朔は、無言で首を横に振り。
「そうだ熾遠。動き出してしまった者はそう簡単には停止まらない」
「だから無理やり止めたげるためにあたしたちがいるの。おじいちゃんを止めて、ついでに我冬も殴って、全部終わりにしたげましょ」
「止めてあげる、か。は、はは。随分と上から目線なのだね、君」
「生憎僕たちは公務員だ。社会的な地位の面では此方が上でいいだろう」
「ついでにずっとこういうキャラ付けで通ってきてるから今更直すのも難しいのよ。だからごめんねおじいちゃん。でもどっちみち尊敬する必要もないでしょう、今のバカやってるご老体なんて」
「は、はは、そうだな。私のようなのが増えられたところで確かに世界に対して迷惑だろう。真似をする若人なんて生まれたりしたら、感動以前に心配だ」
老いた男は萎びたように小さく笑い、そして両眼を見開いた。
「止めるというならそれを見せろよ若造よ。私の願い、私の思い、私の抱いた狂気妄念、全て振り払ってくれるというのなら、その証拠を見せてくれ――!」
空朔は叫び、そして最後の一撃を顕現させた。
まず最初に、巨大な鉄塊が現れた。
武器として加工されているわけでもなく、かといって質量攻撃用の鈍器でもない。
只管巨大さだけを求められた、数百メートル単位の巨大な鉄塊。それが虚空に浮いていた。
ただそれは増殖する。
爆発的なコピー&ペーストペーストペーストペーストペーストペースト。
押しあって、へしあって、しかし三キロメートルの極小範囲に押し込められる鉄塊たち。
到達する最終質量は旧地球の千五百万個分、太陽質量の五十倍に匹敵。
それらがほぼ一点に集中した場合、果たしてどのような現象が起きるか――
「世界を滅ぼしたというのなら、星々をも殺す力を受けてみろ!
この一撃を乗り越えて見せろよ、ジャスティス&スカーレットォォォォォォ!」
それは一つの天体の死。一点に集まった大質量は己を支えることに失敗し、重力崩壊を引き起こす。そして核融合反応を開始して、膨大なエネルギーを発生させる。
そして辿り着くのは大爆発。
元素を散らし、衝撃を散らし、高エネルギーのガンマ線を散らし、周囲はおろか五十光年以内の惑星すらもその余波だけで壊滅させる、天文学的巨大規模の終末現象。
防御などできまい。
回避なんて以ての外。
星さえも殺す一撃を前に、人間が抗うなどできるはずがない。
だから終わる。
これで終わる。
そうだと己に言い聞かせながら、大爆発の寸前に、空朔は通常空間へと復帰した。
◇
戦いの始まる前と変わらない要塞中枢は、異常なまでの静けさに満ちていた。
沈黙の空間。そこに降り立った空朔は、ゆっくりとあたりを見渡した。
動くものはない。響く音はない。静寂が示すのは戦いの終わりだ。
満足感と虚脱感を抱きながら、空朔は棒立ちになっている時乃琉香と我冬市子を発見した。
こちらの存在に気づいた時乃琉香の顔が絶望の表情へと切り替わる。いい顔だ。
だがその一方で、隣に立つ魔女帽子の奇人はにやけた笑みを崩さない。
「――終わったかな」
「ああ、終わったとも。我冬市子」
告げる。こちらの勝利だと。
しかし世界の支配者は唇を歪めた表情のままで、勝ち誇ったように嗤うのだ。
「そうだな。――お前の負けだよ、空朔望響」
疑問符を浮かべる暇もなく。
解答がここに顕現した。
氷の軋むような音が聞こえた。
初めは小さな幻聴のように、そして次第に大きく、何度も何度も無視できない響きが鳴る。
何が起きたのかと、空朔は首を左右に振って、そして最初の兆候を発見した。
亀裂だ。
空間に小さく、卵の殻を割ったかのようなヒビがある。
指の先ほどもなかったそれは、軋む音とともにその長さを増していく。
蝕むように、犯すように、それは輪郭をはっきりさせ――そして一気に決壊した。
ステンドグラスが砕けるように、世界に無数の亀裂が奔っていく。
罅割れていく。崩壊していく。無数の色彩となって散っていく。
アブラクサスが作り上げた要塞という一つの世界が、欠片となって壊れていく。
世界の破片が降り注ぐ中、三つの人影がそこにあった。目にする前から知っていた。
不敵な顔で挑むように笑う赤い髪の少女と。
不機嫌な顔で憎むように睨むカッターシャツの少年と。
不自然な無表情で彼ら二人に付き従う黒衣の自動人形が。
「星を。終わらせる力が。敵になるっていうのなら」
「世界を終焉らせた力で、それに抗うまでのことだ」
「――てなわけで、こっちの勝利を引き連れて。ジャスティス&スカーレットの凱旋よ」
「馬鹿な、本当に、本当に星を殺す一撃を耐え抜いただと?」
どうやって、という疑問が空朔の思考を埋め尽くす。
宇宙規模の終末現象。人間の想像力のスケールではそれに抗う概念など思い浮かべらまい。
否、思い浮かんだところでそれを形成して抵抗する? 不可能だ。
「既知よ。この世界にいる人間なら、誰もがそれを目にしたはず。あの色彩が滲んでいく眼前を、光景の全てが融解し、風景の全てが溶解し、世界というキャンパスから色という色が落ちていく眺めを。悉く総てがなくなる瞬間を前に見た、あの幻想の宇宙を識ってるはずよ」
そう。言われる前から知っていた。
今の自分を作ったものを、今の世界を作ったものを。
忘れたくても思い出せない、全ての終わりの光景を、空朔望響は思い出す。
「世界の終わりを――まさか貴様ら、【
何よりも有り得ない仮定をしかし、空朔は口にするのを抑えられない。
そして誰もがそれを否定しない。
赤い髪の少女も、正義の味方を名乗る少年も、黒衣の自動人形も、果ては魔女帽子の奇人ですらも、沈黙を以ってその事実を肯定する。
「残念。それじゃ五十点。再現というのは外れだわ」
「是れこそが世界の終焉りのその形。
【大非在化】を引き起こした、世界政府の汚点の答えだ」
少年の手には、一つの武器が握られていた。
金属とも樹木ともつかない材質で、剣にも槍にも見えるような、歪んだ血塗れの二重螺旋。
「【
「嘗て。世界を終焉らせたもの。私たちの背負う。罪の。象徴」
「世界自体を存在概念的に破壊する、僕たちが担う究極の一。
旧世界の終焉に携わった僕たちに託された、滅びの力の一端だ」
「世界改変を目論んで大非在化を引き起こした異形の科学集団真理学研究会。
その中枢で組み上げられていた、世界を作り変えるための鍵の一部がこれよ」
「それを手に入れてしまったからこそ、今度はこの力を以って、世界を救うと決断ている」
恨むがように、慈しむがように、彼らはそれを語りあげる。
「旧真理学研究会での世界改変実験、そこに紛れ込んでいた世界滅亡派は周到でな。世界の存在率を変動させる装置が滅亡機構に改造されてることにはギリギリまで気付くことができなかったのさ。私も、先生も、誰も彼もが解らなくて、私たちが知らないところで、この子たちだけがそれを防ごうと頑張っていたのだよ。
馬鹿馬鹿しいだろう? あの時の世界最高峰の頭脳達が雁首そろえていたというのに、当時十七歳の少年少女に世界の命運なんてものを押し付けることになってたとはな!」
だから、
「私たちは彼らに託したのさ!
かつての世界を滅ぼしきれなかったこの兵器で、これからの世界を守ってくれと!」
「【大非在化】の原因は僕たちだ。ああ、そうだ、忌々しいが承認めよう。僕たちがあの頃力を持っていたなら、滅亡派など叩き潰してあの様なことは起きなかった」
「だから屈辱さえも糧にして、後悔さえも力に変えて、あたしたちはここに立ってるの」
「滅びを超えたこの世界で。今度こそ。世界を滅ぼすあらゆる全てに抗うために」
「どうしてだ、」
罅割れて崩れ落ちる光景の中で、空朔は絞り出すように声を上げた。
「どうして世界を守れなかった貴様らが滅びの力を恣にしている。
どうしてその力を持ちながら旧世界を救おうとしない。
どうして貴様らはこの世界を――」
彼が吐き出す言の葉には、困惑と怒りがこもっていた。
自分とジャスティス&スカーレットと、一体何が違うのかと。
同じく終末に関わりながら止められなかった存在として、彼らの答えを待っていた。
そして。
世界が硝子に散りゆく中で、赤い髪の少女が、龍原深紅が、俯いて答えを口にする。
「そうね、」
彼女は前を見る。
震えながらゆらりと立っている、空朔望響の姿を見つめる。
「あれを止められなかったのはあたしたちも同じ。ああうん、何度だって噛みしめるわよその事実。悔しさだとか怒りだとかそういった感情と一緒にね」
だけど。
「あの時何もできなかったから、もう二度とそんな思いをしない為に、」
龍原深紅は拳を握る。
砕けていく地面を蹴って、妄念に囚われて喚く初老の男へ向けて駆けていく。
「あたしたちはこうやって、前へ進もうとしてるんだっつーの――!」
拳が飛んだ。
空朔の背後で今崩れ落ちようとしていた異想領域破壊装置と交差して、光の飛沫に飛び散らせた。
それが止めとなったのか、剥がれ落ちていく世界が一気に舞い散った。
移動要塞の覆いが剥がれ、本来あるべきだった研究所の姿が顔をみせる。
砕けた破片が降り止んで、今回の事件の終わりを告げた。
【NeXT】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。