一章【ヒーロー&ニューワールド】ー2
◇
ガラス張りの吹き抜けがある。
白色に照らされる空間には、タペストリーを編むように縦横に通路が張り巡らされている。
横糸は部屋と部屋を繋ぐ通用路。縦糸はそれらを結ぶエスカレーター。
その内の一本の上に、琉香と熾遠の姿があった。
時折、白衣姿の研究者達や、制服姿の職員達が、彼女達の傍をすれ違って行く。
それも上下逆さまになった形でだ。
「わぁ……」
頭上を歩いて離れて行く後ろ姿を見送りながら、感嘆の呟きを琉香は漏らした。
「壁面に。重力操作をかけてるの」
隣を歩く熾遠が、現象の解説を伝えてくる。
幻思論が実用化された現代において、局地的物理法則の変更などは容易いことだ。
例えばこの街の地下道は速度と空間の概念を改変されていて、徒歩で歩いているだけで地上の音速程のスピードで移動することが出来る。技術名称は【
琉香の知る限りでは、せいぜいがテレビで紹介を受けていた遊園地や水族館などの遊興施設か、特殊な技術を実用化している実験特区ぐらいなもので、つい目を惹かれてしまう。
「空間拡張でもよかったんだけど。うちの。上の方の人がね」
熾遠は切れ切れとした声色を、急に絞り出すような調子に変えて、
「『やっぱり来訪者には、インパクトをあたえる必要があるだろう?』なんて。いうから」
熾遠の表情を伺ってみるが、彼女の顔はぴくりともしない。
時々黒の右目の瞼が、ぴくぴくと瞬きをするぐらいだった。
ただ、それだけの仕草からも伝わってくることがある。
きっとその上司は、凄いめんどくさい人なのだろうと。
「ところで貴方は。この世界経験。どのくらい?」
「一月半ぐらいです。丁度一週間前に施設を出て、一人暮らしを始めたばかりで」
旧世界からサルベージされた人間には、新世界の技術に慣れる為に数週間の施設生活が義務づけられている。表面的な社会構造については旧世界と大差ないが、情報窓やメガマキナなど新しく日常に溶け込んでいるものも少なく無い。それらの扱いに戸惑えば、マッチ一本が家を焼くように容易く大惨事に繋がりかねない。故に存在を知っても戸惑わない程度には知識を付けてもらわなければならない訳だ。
琉香の場合は祖父が同棲を誘って来たが、断って最後までプログラムを受けた。
誘いを拒んだ理由は一体、何と言う感情のせいだったのか。
軽い後悔に襲われながら、白色素材の通路を歩く。
「ところで、これから会いにいく人たちってどんな人なんですか?」
気持ちを紛らわす為に、気になっていたことを尋ねてみる。
「ん。……何から話そう。
琉香ちゃんは。【傑戦機関】について。どのぐらい知ってる?」
【傑戦機関】。それは世界政府の保有する旗下最高戦力の通称だ。
この幻思論の時代において、個人の戦力限界というものは旧世界とは比較出来ない程のレベルに達している。かつての物理法則に支配された世界では人体そのものが持てる力は大差なく、外付けで保持出来る攻撃力も拳銃程度で止まっていた。
しかし変性した幻思法則の下においては、人間自体の力でそれらを凌駕出来るのだ。
例えば手足を振るうよりも軽々と己の固有法則を使いこなす異能犯罪者であったり。
例えば鍛錬の果てに素手で戦車の突撃すら止められるようになった達人戦士であったり。
そんな超人達を暴れさせてしまっては、再びの世界滅亡は避ける道のない結論だ。
故に最悪の事態を未然に防ぐ為、世界政府はその指揮下に、数名の超人達を備えたのだ。
かつて存在していた大国の軍隊でさえ、単騎で打破する事が可能な怪物達。
文字通り『世界』を救う為に振るわれる力。
それが世界政府旗下最高戦力【傑戦機関】。
「その【傑戦機関】の中でさえ。”最高”と囁かれる程の優秀コンビ。山ほどの悪人達を平らげて来た
――【ジャスティス&スカーレット】。
その名前を、誇らしげに熾遠は口にする。
「自慢。するけど。あの人たちは最高だよ。どんな敵でも打ち倒し。どんな困難も薙ぎ払い。どんな窮地も乗り越える。誰もが願う
私は。そう信じてる。
語る熾遠の表情は、微動だにしないなりにも、何故か親愛が籠って見えて。
「凄い信頼してるんですね」
「うん。長い。付き合いだから」
……いいなぁ。
目覚めたばかりの琉香には、まだ親しい付き合いの相手などいなくて。
だから少しだけ羨ましくなる。それだけの思いを抱ける存在と、長い時間を過ごせる事に。
「そろそろ。つくよ」
熾遠の呼びかけに前を見ると、通路の先、突き当たりに一つの扉があった。
その向こうに、彼ら、ジャスティス&スカーレットが待っている。
◇
世界政府旗下最高戦力【傑戦機関】の名前は、好奇と畏怖を持って語られる。
彼らの存在をテレビの特番ぐらいでしか知らない琉香にとっては、その印象はメジャーリーガーやオリンピック選手と同じぐらいに縁遠い。自分の人生と交差する瞬間があるなどとは、欠片の夢想もしなかった、雲上世界の超人達。
きっと凄い人間なのだろうと琉香は思う。それこそきっと、今まで出会った誰よりも。
サインとか貰っておいたら自慢出来るだろうかなんて、脳天気な事を考えたりもして。
興奮と緊張、そして期待を持って目にしたその彼らは、
「だーかーらー、今回はあたしの勝ちだって言ってんでしょうが!」
「撃墜数では僕の方が上だ。大人しく負けを認めて頭を下げろ」
物凄い子供っぽい言い争いをしていたのであった!
「ボスを倒した奴が一番偉いってのは全世界全宇宙全次元の決まりでしょ? 大魔王にとどめ刺した奴が勇者で、敵武将の首を切った奴が益荒男で、逆転ホームランを打ったバッターがMVP、だからテロリストの親機をぶっ壊したあたしが今回のウィナー!」
「油断して頭を吹き飛ばされそうになった奴が威張れることか。それにこの場合重要なのはスコアの問題だろう。ボスを一体倒すのと遭遇した雑魚を全員倒すのでは後者の方が経験値が高い。途中で失態を晒すよりも油断一つなくこなした方が技巧点が高い。だから今回は数値的技巧的意味で僕の勝ちだ」
期待に満ちていた筈の顔が、一瞬で引きつったのを琉香は感じた。
あれ、なんか思い描いていたものと違う……と思いながら、言い争う二人の姿を観察する。
片方の姿は見覚えがある。緑色のシンプルなカットソー。膝丈の半分も無いミニスカート。
髑髏の形のパンクな髪留め。そして鮮やかに映える紅い髪。間違いない。鋼の巨体の群れ達から、自分を助けてくれた女性だ。
一方で、彼女と向かいあっている青年は、琉香の記憶に無い相手だった。
無地の白色のカッターシャツに、こちらも無地の紺色ジーンズ。整っていると言えそうな顔だったが、ハーフリムの眼鏡の奥、三白眼に宿る殺意がそれを激しく否定している。両手には黒の指ぬきグローブを装備していて、ファッション性など皆無な筈が何故だかとてもしっくりきていた。
「また。やってるの」
呆れたような言葉を熾遠が放つ。
また。それはつまり、彼らは頻繁にこういうことをしているという意味だ。
「熾遠、丁度いい所に来たわね! ちょっとこの負けず嫌い説得するの手伝って頂戴」
「証明されるのは僕の勝利だ。公平に判断すれば結果はそうなる」
こちらの方に目を向けず、お互いに睨み合ったままで彼らは言う。
幻聴なのかそれとも幻思的エフェクトか、中空からバチリと火花の散る音がする。
「残念だけど。話を聞いてる時間は無いよ」
何故、と顔を揃えて叫びを上げた二人に対し、熾遠は右手を横にかざして一言。
「お客さん」
◇
琉香とジャスティス&スカーレットは向かい合って席に着く。
「さ、さっきはありがとうございました」
背中のソファーの感触と対照的に、琉香の表情は酷く硬い。
緊張感のせいもあるが、おそらくはそれ以上に別の理由が働いている。
「そんなに緊張しなくてもいいのよポニ子?」
「ポ……ポニ?」
自分の髪型のことを言っていることに思い至るまで数瞬を要した。
確かにポニーテールではあるけれども、と、髪の毛を弄りながら不服を思う。
「あたしは特に礼儀とか気にしないタイプだし、多少無礼講の方が話しやすいからさ」
そう言って、紅い髪の少女はけらけらと笑う。
「隣のコイツは何処でプッツン行くか解らないめんどくさい危険人物なんで、突然勝手に怒りだすかも知れないから無視推奨よ。まあ爆発したらその時にはあたしがきっちりしっかり実力行使で止めるから安心しても大丈夫だけど。むしろ今からでも片付けようかしら?」
……本気なのか冗談なのか。
判断に困ったので、琉香はもう一人の方へと目を向けた。
「巫山戯た事を言うのはよせ。本気にしたらどうする」
「えー、あたしは何時でも本気で言ってるわよ?」
「違う貴様の事じゃない」
「二人。とも」
熾遠にたしなめられて、青年の方は咳払いを一つ。
「隣の馬鹿が妄言を吐いた事を謝罪しよう。
僕は
彼は眼鏡のブリッジを押さえ、憂いを込めた表情で、
「戦いの因果を繰り返す
眼鏡の奥から覗く瞳は、感情を無くしたと言う自称通りに褪めていて。まるで蒼色に輝く冷光か、凍りついた刃を連想させる。
……あれ、でもさっき物凄く感情剥き出しにした論争してたような。
「本名は
「深紅貴様ぁーッ!」
あ。怒った。
「この通り怒りの沸点が低くて人付き合いが大嫌いで出会う相手全部に対して敵意を一切隠す気がなくて、付き合いの長いあたしでもこいつ実は人類滅殺とか願ってるんじゃないのって疑う事がよくあるけど、実力だけは確かだから。安心していいわよ」
それの何処に安心していい要素があるんだろうか。
とりあえず彼の事は脳内で茜さんと呼称することにした。
「竜鳳司鏡夜だ」
……鏡夜さんと呼称する事にした。
「読心するなんてこの業界では基本スキルよ。迂闊な事思わないよう気をつけなさい」
紅い髪の少女は誤摩化すように口元で笑い、
「んでもってあたしが
「はぁ」
どう反応すれば良いか解らず、適当な生返事が口から漏れる。
それを聞いた深紅は口を尖らせ、不満げな顔をして、
「……つまらない反応しやがって。無礼講オッケーって言ったじゃない、萎縮してないでもうちょっとツッコミ入れて来なさいよ。キャラ薄いと死ぬわよ? 存在がどんどん掠れて行って最後には名前欄すらも○○とか■■とかそんな表記にされて一周回ってネタキャラになるのが末路なんだからもっと存在をアピールするような言動をしなさいオーケー?」
「このように他人に文句を付ける事に躊躇せず、他人を馬鹿にする事を至上の楽しみと考えて行動し、礼儀や謙虚と言う言葉とは最も縁遠い場所に陣取りふんぞり返っているような女だ。実力だけは忌々しい事にあるので気をつけろ」
どうしよう、この人たちどっちも凄いめんどくさい。
助けを求めて、琉香は熾遠の方へとアイコンタクト。
「二人の言う事は。あまり本気に。しないであげてね」
「……ワカリマシタ」
前途多難だ。この人たちを本当に頼りにしていいのだろうか、琉香には判断出来なくて。
思い描いていた【傑戦機関】のイメージは完膚なきまでに破壊され、心中には不安だけが満ちている。本当にこの人たちに祖父の事を任せても大丈夫なのか、とても心配になってくる。
「何暗い顔してんのよ。あたしらの前でそーゆー顔してんじゃねぇっつーの」
「明るい顔が出来る訳が無いだろう。僕達の所に来るとは、つまりそう言う意味だろうに」
デコピンのジェスチャーを繰り返す深紅を、鏡夜は鋭い目線で睨みつける。
また二人で揉め始めそうな所に、熾遠が間に割って入って、
「そろそろ。本題」
「あーうんうん大丈夫よ大丈夫だから忘れてないわよ」
「嘘をつけ。貴様をこのまま放置してたら何万年でも喋り通していそうだったぞ」
「万単位で話せる程のネタは多分持ってないわね。そういう茜ちゃんこそ何も言われなきゃ億年単位で黙り続けてそうじゃ無い。化石にでもなる気かしら埋葬してあげるわよすぐにでも」
「拒否する。代わりに貴様の方が屍を晒して現世から消滅ろ。と言うか今落とすすぐ落とすいい機会だ今までずっと我慢して来た貴様への断罪を延滞分纏めて一度に清算してやろう」
「あの、私の話を」
「あーん、やるのかしらいいわよ今日こそ決着を付けてやるわ外に出なさいカップラーメンが出来上がるよりも短時間で沈めてやるから!」
「三分もかかるものか一分あれば貴様の首は落ちている賭けてもいい」
「そうねじゃあ賭けてもらおうかしら命! 一分経ったらあんたの負けね!」
子供染みた言い合いで白熱する二人に、琉香の言葉は届かない。
……なんだかちょっとムカムカしてきた。
いきなり変わってしまった世界に投げ出されて、慣れて来たと思ったら祖父が誘拐されたなんて伝えられて、朝一番の電車に飛び乗ってこうして知らない街にやって来たら、テロになんて巻き込まれて! 立て続けに扉を叩いてやってくる不条理のその極めつけがこいつらだ。
こちらは祖父の事が心配なのに、いや今の無し無し、一刻も早く悩みの種をどうにかしたいのに、この人たちときたら!
身勝手だとは思う。彼らには関係ない事だとは解っている。
しかし続く理不尽に憤る感情を、どうしても我慢することは出来なくて。
だから、
「いい加減話を聞けぇぇぇぇ!!!!!!」
思わずソファから立ち上がり、大声あげて叫んでいた。
……あ。
やってしまった。ついまた衝動に耐えられず。
二人と一機の視線に晒されて、頭の熱が急激に冷えて行く。それと真逆に頬の辺りが羞恥心で熱くなり、思考は急激な加熱と冷却を繰り返し受けて混乱しだす。
「あは、は、ははははははははは!」
悶える琉香の耳に、軽やかに響く声が届く。
「何だ、ちゃんと意思表示出来るんじゃないの」
目元の涙を拭いながら、龍原深紅が笑っていた。
「面白みの無い反応ばっかだったから心配したわよ? まさかのまさか、滅茶苦茶つまらない事件をこのジャスティス&スカーレットに持ち込んで来たんじゃないかって。あははははは、でも心配は要らなかったみたいね! こうまでちゃんとした理由で怒れるような子の頼みだもの、きっと実入りのあるものに違いないわ!」
「どう、して……?」
震えの収まらない口元で、疑問の言葉を絞り出す。自分はまだ何も言えてないのに、ただの苛立ちから叫びを上げたと言うのに、何故それが『ちゃんとした理由』だなどと解るのかと。
「言ったでしょ、読心ぐらいは基本の技だって。あんたの顔には出てたわよ。誰かを心配する気持ち。それに応えてやろうとしないで、ヒーローと呼ばれる資格は無いわ」
言い切る彼女の表情は、熱く明るく輝いて。
きっと面白い事になるだろうと言う期待感に満ちていて、思わず琉香は気圧される。
「だけどいくら茜ちゃん弄りが楽しかったとはいえ、真面目な話する前だもんね」
笑顔を止めて、頬を掻きながら、申し訳無さそうな顔をして、
「うん。ごめん」
「こちらも。こいつの挑発が原因とは言え平静を失ったのは僕の落ち度だ。謝罪しよう」
……謝れるんだ。この人達。
唯我独尊。傍若無人。今までの言い争いから感じていたのはそんな感じの単語だった。当然自分の非とか認めたりせず責任転嫁してくるような、悪いイメージレッテル付けていて。
考えてみれば、彼らは【傑戦機関】の一員なのだ。『世界政府旗下』最高戦力。
曲がりなりにも組織の一員であるのなら、その辺の礼儀とかはしっかりしてるに違い無い。
だから第一印象を、少しだけ上方修正かけてみよう。
思っていたような理想型では無かったとしても、決して悪い人たちでは無いのだと。
うん、この人たちのこと、ちょっとだけ信じてみてもいいかもしれない。
「えっと、そういや名前まだ聞いてなかったわね。ちょい名乗りなさいよポニ子」
「琉香です。時乃琉香」
「ルカね。琉香っち……琉香りお……琉香レスク……ん。琉香ぴょんでいいか」
その珍妙な響きは渾名のつもりなのだろうか。
数秒の思案の末にそれを決定した深紅は、表情をほんの少しだけ真面目に近づけて問う。
「で。今度はそっちの話を聞かせてもらおうかしら琉香ぴょん。
あんたがどうしてここに来たか。このジャスティス&スカーレットに、一体何を望むのか」
◇
「人探し、ね」
一通りの話を聞いて、深紅は考え込むように腕組みをした。
「……無理なんですか?」
「あたし達に不可能は無いわ」
即座にそう断言するも、目元はやはり困ったような色を浮かべたままで、
「だけど実際、専門外と言われちゃその通りなのよね。追跡粉砕悪即斬こそあたし達のメインタスクで、どこにいるか解らない相手を殴りに行けってのもメンドーなのよ。誘拐ってことはぶっ飛ばせば良い誰かがいるってことで、そう考えるとラクなんだけど」
深紅は組んだ腕を前に伸ばし、そのまま上方に掲げて背伸びをする。
……やっぱり、無理なんだろうか。
否定的な言葉に心の奥がざわついてしまう。
壊れてしまいそうな期待感。
沸き上って止まらぬ不安感。
この後に続く拒絶の言葉を予感して、手元に震えがやってきて、
「コーヒー。どうぞ」
カチャリ、と陶器の擦れる音が聞こえ、思考が中断させられた。
手元に目をやると、茶色を湛えたマグカップがある。薄い湯気。
「砂糖とミルク。多めに入れたから。甘いよ」
「素じゃ口にするのに苦過ぎるものね。ブラックとか飲める奴の舌疑うわ」
「この期に及んで嫌みか貴様」
「別にあんたの事言ってるとは限らないっつーの」
くっくと笑う深紅の声を耳にしながら、琉香は液体を口に含む。
湯気の立つような熱さは、しかし舌を焼かないで喉へ落ちて行く。
これも幻思技術なのだろうかと細かい所での世界の変化を感じつつ、味覚を動かす。
苦みの混ざった程よい甘みが、逸る精神を落ち着かせて行く。
「落ち着いたか」
竜鳳司鏡夜のかける声に、琉香は頷く。
「この脳筋はこう言っているが、こちらにも手段が無い訳ではない。というか十分以上にある。専門ではないと言うだけできちんと解決出来る範囲の問題だ」
「それに誘拐なんでしょ? 捜査のプロに持ち込んでた所で、そいつらが誘拐犯をブチのめせるとは限らない訳だしね。つーか人質に取られでもした場合荒事担当がいないと酷い事になりかねないし、あたし達にエクスキューズ求めたのは多分最良よ」
それはつまり可能と言う事。断る理由が無いと言う事。
そう。
「ジャスティス&スカーレットは、あんたの依頼を引き受けるわ」
龍原深紅は不敵な笑みで、請負宣言を謳い上げた。
……良かった。
最初に込み上げて来たのは安心感。
断られたらどうしようと言う不安が取り除かれて、ほっと少し胸をなで下ろす。
しかしその代わり、沸き上る感情が一つある。それは、
「でも【傑戦機関】の人たちを、私なんかが動かしちゃっていいんですか?」
彼らのような超人に、こんな一般人が依頼するだなんて気がひける。役不足にも程がある。
鶏を割くに牛刀を用いるような無駄遣い。
砂場遊びにメガマキナを持ち出すかのような場違いさ。
彼らと自分の存在質量は、太陽とマッチ棒の光量の違いにも等しい程の差があって、どうしようもなく後ろめたさを感じてしまう。
「もっと色々相応しい事もあるはずなのに、こんなことに付き合わせるような真似をして、」
「駄目だよ。琉香ちゃん」
額を指で押さえられて、琉香は言葉を打ち切られる。
熾遠の色の違う両目が、琉香の瞳を覗き込む。
「自分のお爺ちゃんを心配することを。こんなことなんて言っちゃ駄目」
テーブル越しの二人もまたそれぞれに、
「第一あの我冬市子が関わっていることだ。こちらに断ると言う選択肢は無い」
「てかあの女、断れない中身だと解ってて何時も面倒持ち込んで来るのよね。殴りたいわ」
「絶対。何時か。払わせるべき。つけを」
こうも蛇蝎の如く言われるなんて、我冬市子は普段彼らに何をしてるのだろうか。
苦みが混ざった顔で微笑むと、額を押さえていた熾遠がどいた。
視線を向けたテーブルの向こう側、深紅と鏡夜が立ち上がる。
これからの準備をしようとするかのように、それぞれ気合いを入れるジェスチャーをして、ジャスティス&スカーレットは動き始める。
そして龍原深紅が髪をかきあげて、不敵な笑みで宣言した。
「まあ安心しちゃってよ琉香ぴょん。あたし達が関わる以上、ハッピーエンドは確定だから」
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