「西城由理」編①

 学園祭の日、訪ねてきたのは。


 弟の春斗はるとと、父の再婚相手……西城さいじょう冬華ふゆか


「ごめんね、学校にまで来ちゃって。でも私、由理ゆーりちゃんと、話したいと思って……」


 困り眉の気弱そうな顔立ちに、でも瞳には決意を宿した義母。


 その視線から目を逸らして、由理は唇を噛んだ。


「……知らない。私のお母さんは、お母さんだけだってばっ!」


「由理っ……!?」


 リズの制止も振り切って、由理はメイド服のまま……教室から飛び出した。


「おい、姉貴っ!」


「あ、あたし追っかける!」


 由理の弟、春斗が追い掛けようとするけど、先に美緒奈みおなが駆けていった。

 それを見送って、冬華は深いため息。


「……ふぅ。また、逃げられちゃった」


「あの、貴女は?」


 ざわめく教室を鎮めながら、クラス委員として、季紗きさがたずねる。

 教室の奥、メイド喫茶の席をすすめながら。


東宮ひがしみや先輩のメイド服……可愛い♪ けど、そんなこと言ってる雰囲気じゃないよね……」


 思考が声に漏れてる後輩、千歌流ちかる。彼女へ、季紗が可愛らしく、手を合わせてお願いする。


「人手も減っちゃったし。千歌流ちゃん、悪いけど手伝ってくれるかな?」


「は、はいっ! 喜んでっ!!」


 これが、後の百合メイド、たつみ千歌流のメイド初体験だったのだけど、それはまた別のお話。


 ※ ※ ※


「そうですか、由理は今、貴女と……」


「ええ、うちのお店で、同棲してますの」


 テーブルで、紅茶へ口を付けながら、リズが冬華へ話す。


「本当の家族の方へ言うのはおかしいかも知れませんけど。由理とは、家族のようにさせてもらってますわ」


 にこっと微笑むリズ。

 冬華は、安堵の息を付いた。


「……そう。あの子は、独りじゃないのね」


 その表情が、娘を心配する母親そのものだったから。

 つい、季紗が聞いてみた。


「あの、由理と血は繋がってないんですよね?」


「ええ、あの子のお母さん……西城薫子かおることは、友達だったんですけど。薫子が亡くなってから、主人……西城秋人あきひとと付き合うようになりまして」


 冬華は、困った顔で、強いて微笑んでみせた。


「由理ちゃんからは、泥棒猫みたいに思われてしまってるのでしょうね。お母さんって、呼んでくれないのも、仕方ないのかな……」


 ※ ※ ※


「……別に、冬華さんを嫌ってるわけじゃないってば」


 時刻はもう夕方。

 屋上で黄昏たそがれてた由理、美緒奈の影に気付いて。


「あの人は、良い人だよ。お母さんが死んで、すっごく落ち込んでた……後を追っちゃいそうだったお父さんを支えて、励ましてくれて。私や弟のことも、親身になって心配してくれて」


 だからこれは、子供っぽい、ただの意地。

 そう言いながらも、由理は屋上から、夕方の校庭を見下ろして。


「けどね……やっぱり私、お母さんが大好きなんだ。あの人を、冬華さんを『お母さん』って呼んだら……」


 本当のお母さんが、自分の中から消えてしまう。

 西城薫子を覚えてる人が、いなくなっちゃう。


「そんな風に、思うんだ……」


「ふぅーん。由理ってば、マザコンなんだな」


 ツインテールの頭の後ろで腕を組んでた美緒奈、あっけらかんと。


「……あ、あんたねえ」


 ちょっと怒った由理。


「空気読みなさいよ。そんな軽い話じゃないっての」


「なんだよ、悪いこととは言ってねーだろ?」


 美緒奈、腰に手を当て、由理の顔を覗き込んで。


「あたしもさ、ママにコスプレ衣装作ってもらったり、たまに一緒にイベント出たり……お店みたいにディープじゃねーけど、ふざけてキスだってするぜ?」


 にしし、とはにかんでみせながら、美緒奈。


「ほら、あたしだってマザコンだ。でもそれって、いけないわけ?」


「……あんたの言いたいことは、分かるけどさ」


 ちゃんと気持ちを、話してみれば?と。

 美緒奈が言いたいのは、たぶん、そんなこと。


「そんな素直になれたら、苦労しないっての」


 由理の言葉に、なぜか美緒奈、頬を染めて、ツインテールの毛先を弄りながら。


「……そだね。素直になるのって、難しいよね」


「……? ま、とにかくさ。冬華さんと話し合うたって、そんなに私、自分をさらけ出せないのよ。『リトル・ガーデン』に連れてったら、それこそ何言われるか分かんないし? マザコンに加えて、レズだなんて、さ」


 だから今回も、逃げ回ろうかな、と。

 美緒奈、あんたの部屋に泊めてくれない?なんて、冗談めかしていう由理へ。


 一瞬、嬉しそうにツインテールを跳ねさせるけど。

 美緒奈は、息を飲んで、


「……いいじゃん。レズでも、マザコンでも」


 がれの屋上で、背伸び、キスをした。


「由理は、由理だよ」


 ぼぼぼ、と頬を染める由理。

 夕方で、良かったかも。

 茜に染まった顔を、美緒奈に悟られてしまうから。


「ば、ばか。なに、恥ずかしいことを……」


「……へへっ。それよりさ、せっかくの学園祭だぜ?」


 自分も気恥ずかしさに耐えられなくなったか、美緒奈は笑って。


「残り時間少ないけど、楽しもうよ。そんな、しょぼくれた顔してねーでさ」


 美緒奈様がデートしてやんよ♪と羞じらいながら、トクンと心音伝える手のひらを、握るのだった。


 ※ ※ ※


 その後。

 星が出始めた空。


 学園祭終わりの教室に戻ると。

 季紗が、由理へ伝えるのだった。


「冬華さん達は、帰ったよ。ホテル取ってるんだって」


 そして、言いにくそうに。


「……今度、うちのお店に来るって。そう言ってた……」

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