出会い編 ⑪ ダブルミーニング・モーニング

 ゆうべはお楽しみでしたか?

 いいえ西城さいじょう由理ゆーりはノンケです。

 チュン……チュン……朝チュン。

 安アパートの一室、スズメの歌を目覚まし時計代わりに、由理はまぶたを開ける。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が、優しいキスで意識を覚醒させてくれた。


「……んっ」


 なんだかいつもより、パジャマが乱れてる。

 そうだ、昨夜は、あのメイド二人が押しかけてきて……。


(えっと、お風呂に入って、それから……)


 狭い部屋、一つのベッドに女子高生3人で毛布を被り。

 ……うん、なかなか寝かせてくれなかったのを覚えてる。

 リズと美緒奈みおな、どちらに付けられたのか、胸元にはキスマークまで。

 ……ナニをしてくれてるのか? 赤くなって由理、飛び起きようとするけど。

 すぐ傍のキッチンから漂うお味噌汁の匂いが、鼻腔をくすぐった。


「どうかな、美緒奈ちゃん。和食はまだまだ勉強中なんだけど」

「完璧、完璧! やっぱリズねえ、いいお嫁さんになれるね!」


 どうやら先に起きた二人が、朝食を作ってくれてる模様だ。


「……美緒奈ちゃんが、味見しかしてくれないとは思わなかったけどね」

「てへ。あたし、家庭科は赤点しか取ったことないんで、手伝うとか無理☆」


 訂正。金髪メイドのリズ一人が、朝食を作ってくれてる模様だ。

 由理はまだ毛布を被ったまま、キッチンの二人の声を聞く。


「ふふ、3人分だし、材料持ってきて正解だったわね」


 ずず、と汁をすする音。おそらくリズが、自分でも味噌汁の味見をしてるのだろう。


「……ほんと、この家の冷蔵庫ろくなの入ってないんだもんな。あいつ、いつも何食ってるんだか」


 美緒奈の呆れ声が、自分の事を言ってると察して。

 由理は、余計なお世話だってば、と寝返りを打った。

 でも、そうか。昨日リズが冷蔵庫をゴソゴソしていた記憶があるけど、あれは用意した食材を入れていたのか。


(別に、朝ごはんなんて作ってくれなくていいのに)


 泊めてもらった恩返しだろうか。それとも、これも勧誘の一環なのだろうか。

 昨日今日知り合ったばかりの赤の他人に、そんなことをしてもらう義理なんて……。


「……なんだか、季紗きさちゃんの話を聞いたら、放っておけなかったのよね」


 心の声を聞かれたような気がして、由理は毛布に包まったままギクリとした。


「ああ、あいつ、新しいお母さんに馴染めなくて、家出したとかだっけ?」


 私のことを話している。たぶん委員長から聞いたのだろうと、由理は思い当たった。


「でも、リズ姉にとっては他人でしょ。なんでわざわざ、勧誘のふりまでしてさぁ……」


 美緒奈の声は、少し面白くなさそう。


「ふふ、ごめんね、美緒奈ちゃんまで付き合わせて。でもね……」


 ベッドの中の由理にも、キッチンのリズの微笑みは、きっと天使のようなのだろうと察せられた。


「他人に思えなかったのよ。ほら、私も親元から離れて、日本で独りだから」


 ……お人好し。

 そんな風に心で思いながらも、由理は、なんだか口元がゆるむのを感じた。


 ※ ※ ※


 3人で小さなちゃぶ台を囲み、味噌汁を頂く。


「……美味しい、です」


 素直な感想のつもりなのだが、由理はちょっぴり照れた。

 だって、それを聞いたリズが、あまりに顔をぱぁっと輝かせるから、


(ああ、こんな暖かいの、いつぶりかな……)


 家庭の味。懐かしい母の味。

 この前知り合ったばかりの、しかも外人の女の子の料理なのに。

 なぜか由理には、大好きだった味が重なって感じられて……不覚にも目頭が熱くなった。


「ふふ、どういたしまして」


 にこにこと微笑むリズは、あと一応美緒奈も、またメイド服に着替えてる。

 朝食は炊き立てのほかほかご飯とお味噌汁。あとはベーコンエッグに昨夜の残りのミートパイ。

 彼女達も学校があるはずだし、まだかなり早い時間なのに……何時くらいに起きて、用意してくれたのだろう。


「……あの」


 味噌汁のお椀を置いて。

 可愛らしく小首を傾げるリズに、由理は切り出した。


「あのお店、住み込みOKでしたよね。住み込みしたら……」


 なけなしの勇気を振り絞って。


「毎朝私に、こんなお味噌汁、作ってくれますか……?」

「西城さん、それって……!?」


 ぼぉっと顔面沸騰。恥ずかしさに顔中の血液が灼熱。

 由理も、言われたリズの方も、頬が赤く染まっていく。

 悪くないって思った。昨夜みたいに賑やかなのも、今朝の美味しいご飯も。

 ひとり孤独の夜に震えているより、ずっと。

 寄り添い、温め合う方がいい。

 ……そんな風に、思ってしまったのだ。


「て、てててめー、あたしのリズ姉にプロポーズを……!」

「ち、違っ!? そんなつもりじゃないってば! 私、ノンケだからね!?」


 わなわな震える美緒奈へ、由理慌てて弁解。

 でも。

 ちらりとリズの顔を伺うと。

 彼女も、やっぱり独りは寂しかったのか。

 ……毎日、お味噌汁作ってくれますか?

 そんな告白に、嬉しそうにはにかみ、涙を零しながら、


「ええ、喜んで」


 花が咲くように、笑った。


(……あ)


 その笑顔に、由理はつい、胸がきゅんとするのを覚えて。

 気が付けば卓越し、引き寄せられるように……リズへと、唇を重ねていた。

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