出会い編 ⑨ 貴女が欲しいの。いえHな意味でなく。
日付が変わる少し前、安アパートの
「……まあ、人手が足りてないってのは同情しますけど」
返してもらった生徒手帳を広げ、母と写った写真が挟まっているのを確認、安堵に胸を撫で下ろす由理。
それはそれとして、2人のメイド……リズと
夜食代わりに、リズが持ってきたミートパイをつまみながら、
「やっぱりその、仕事内容が……」
ぱくり。
サクサクの生地を噛めば、中から絶妙に溢れ出てくる肉汁。
空腹のお腹に染み渡る、優しい味だ。
「……あ、美味しい」
素直に感動する由理。
一人暮らしの自分も料理はするが、効率重視のシンプルな料理に偏りがちなので、手間の掛かったプロの仕事は新鮮な驚き。
このミートパイ、百合メイド喫茶「リトル・ガーデン」で出している料理の一つだとか。
「ふふ、うちのお店、料理も自慢なのよ」
用意してきた茶葉で紅茶を煎れながら、リズが微笑む。
「特にケーキは凄いの。毎年、うちのケーキを食べたいがために
「そこまでさせないであげてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
男子禁制、それは「リトル・ガーデン」鋼鉄の掟。
でも、ケーキの購入くらい許してあげて欲しいと、由理は思った。
夜の部屋に漂う、濃厚肉汁ミートパイと、爽やかハーブティーの匂い。
つい食が進む由理と、上品な仕草でパイを口へ運ぶリズ。
そんな二人を、
「むー……」
もう一人のメイド、赤毛のツインテールで見た目小学生な美緒奈が、恨めし気に睨んでくる。
「ん、あんたは食べないの?」
視線を感じ、由理が問い掛けると、美緒奈はぷいっと顔を背け、
「う、うるさい。仕方ないでしょ、あたしはリズ
「ごふげふッ!?」
由理は紅茶にむせた。
確かにもう夜も遅いし。この時間の間食は、乙女にとってかなりのリスクを伴う行為だ。
ありていに言えば、太ります。
「そ、そうね。私も栄養、お腹にいく方だし……」
この辺にしておこう。由理もまた怨敵を見る眼差しで、リズの、母性が大ボリュームな胸部を睨むのだった。
「ちょ、ちょっと二人とも、どこ見てるの!?」
顔を赤くして、たゆんたゆんな胸を隠すリズ。
乙女達の夜は、もう少し続く。
※ ※ ※
ハーブティーだけ飲みながら、美緒奈が聞いてくる。
「だいたいさー、何が不満なわけ? 高校生OKで時給1000円のバイトなんて、そうそう無いかんね」
食べ物を片付けた後も、勧誘は続いていた。
ぐぐっと拳を握り、美緒奈熱弁。
「どう考えても最高の仕事だろ。女同士でキスして1000円だぜ?」
「それが嫌なんだってばぁぁっ!?」
絶望的に深い溝を感じる由理。
金髪メイドのリズと、赤毛ロリメイドの美緒奈……そしておそらくは委員長の
彼女達ガールズラブの国の住人と、自分との間には、埋めがたい認識の差異があるみたいだ。
「でも、季紗ちゃん言ってたわよ。『
「何を根拠に!?」
リズの言葉に、由理、のけ反り眼を剥いた。
「そ、それは……ねえ?」
「……うん、言うのは少し恥ずかしいかなーって」
もじもじしながら視線を交わすリズと美緒奈。委員長に、何を吹き込まれたのか。
断じて聞かねばならないと、由理は直感した。
「いいから教えてください。東宮さんは、何を言ってたんですか」
じー、と睨むことしばし。
無言の圧力に折れたリズ、ぽっと頬を染めて、
「昼間学校で、季紗ちゃん、貴女に舌挿れられたって……♪」
「それ捏造!! もしくは妄想ォォォォォォォォォォォッ!!」
……西城由理はノンケである。
「と、とにかく。私はあの店では働きません。そういう趣味、ありませんのでっ!」
きっぱり言い切ると、リズも美緒奈も、ガーンとショックな表情。
それでも由理、心を鬼にして、
「さあ、話は終わりっ! もう遅い時間だし泊めてあげますけど、明日はさっさと帰って下さいね」
替えの下着とパジャマをクローゼットから出して、浴室へ行こうとして。
「あ、お風呂先に入ります?」
いちおう聞いてあげたのだが。
……それが失敗。
百合メイド二人の瞳が綺羅星になったのを見て、由理は自らの言葉を後悔した。
リズと美緒奈、二人の弾む声が美しくユニゾン。
「私達が、お背中お流ししますわ。お嬢様♪」
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