1月

スマート



 トキ子ちゃんが都会からはるばる遊びに来た。

 都会暮らしのトキ子ちゃんは、とてもスマートな人で、持っている物もスマートなものが多い。

「ここは田舎ねー」

 開口一番にそう言うと、荷物をおろして私の用意した椅子に座り、スマートな足をスマートなしぐさで組む。

「田舎ってさ、どうゆう意味かわかる? 刺激が少なくてのどかってことよ」

 言いながら、スマートな手つきで登山用のかわいらしいリュックを開けて、スマートフォンを取りだし、いじり始めた。

「のどかなのはいいことよ、もちろんね。でも、刺激が少ないっていうのは、よくない。刺激が少ないとね、その分、ドキドキとか、ワクワクとか、そうゆうときめきめいたものがなくなっちゃうから」

 私はトキ子ちゃんの言葉に、ふうん、へぇ、なるほどね、と相槌を打ちながら、お隣の田中さんからお裾分けしてもらった都会風味の紅茶を淹れる。

「あなた、最近、何かに刺激を受けた?」

 スマートフォンの画面を見ずに操作するトキ子ちゃんは、出された紅茶をスマートにすすると、私に尋ねた。

「どう? 何か、ドキドキとか、ワクワクとか、そんな刺激はあったの?」

 せわしなく動き続けるトキ子ちゃんの指が、私にはまるでトキ子ちゃんとは無関係な生き物のように見えてくる。

 刺激かぁ、何かあったかなぁ、と呟く間に、トキ子ちゃんはリュックからもう一台のスマートフォンを取りだして、両手で二台の機械をいじり始めた。

「あ、そういえば、この前ね、」

「うんうん」

 トキ子ちゃんはうなずきながらも、リュックから次々にスマートフォンを取りだしてズラリと並べ、画面も見ずに順繰りにスマートにタッチしていく。

「この前、庭いじりをしていたらね、モグラが出てきて、」

「うんうん」

 スマートな指さばきで、画面も見ずにいくつものスマートフォンを操作するトキ子ちゃんは、両手だけがピアノの演奏者になってしまったように見えた。

「あいさつしようと思ったんだけど、こっちから声をかける前にモグラが、私の家の上で何をしているんだーって、怒り出しちゃって、」

「うんうん」

「きつねのお面が間に入ってモグラをなだめてくれて、それでなんとかなったけど、大変だったよー」

「ふーん」

 話が終わると、トキ子ちゃんは手を止めてそれぞれのスマートフォンの画面を少しだけ眺める。そして、すぐまた顔を私に向けて、両手でスマートな操作を開始する。

「でも、それさ、あんまり刺激的じゃあないね」

 断言されて、私は、そうかなぁ結構ドキドキしたんだけどなぁと首を傾げる。

「トキ子ちゃんは、何かあった?」

 トキ子ちゃんに紅茶のおかわりを淹れながら(いつの間に紅茶を飲んでしまったのだろう?)そう聞いてみると、うふふという笑いが返ってきた。

「そりゃーもう、いろいろよ。いろいろ」

 都会に住んでいるんだもの、もう毎日いろいろありすぎて困っちゃうわよ、と嬉しそうに言うと、今度はリュックからたくさんのスマートフォン用の充電器を取りだしていく。

「悪いけど、バッテリーやばいから、充電させてもらうね」

 トキ子ちゃんはスマートな手際で充電器をセットして、紅茶を一口すする(なんか、田舎っぽい味、と言って顔をしかめる)と、また両手を動かし始めた。

 私が感心して眺めていることに気が付くと、トキ子ちゃんは照れたように、都会じゃこんなの、普通のことだよ、と言う。

 私がますます感心すると、トキ子ちゃんはますます照れていき、リュックからワラビーを二匹と日本猿を三匹、スマートに取りだした。

「都会にはこんなの腐るくらいいるし、遠慮せずにもらっといてよ」


 トキ子ちゃんとはその後も最近の刺激について話し込んでいたけれど「そろそろ電車の時間だから」ということで、帰り支度を始めた。

 私がワラビーと日本猿のお礼に三十匹の電気鰻をプレゼントすると、トキ子ちゃんはリュックにしまいかけていたスマートフォンとスマートフォン用の充電器を再び引っ張りだしてきて、電気鰻につなげてスマートにスマートフォンの充電をする。

「電気鰻なんて、本当にここは田舎よねー」


 たくさんのスマートフォンをスマートに使いこなしながら、トキ子ちゃんは都会に帰っていった。



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