11月

迷子

 朝、目が覚めると右手がいなくなっていた。

 あわてて布団の中をさがしたけれど、見つからない。

 家中をさがし回っても見つけることが出来ず、私は外へとさがしに出る。

 どこで落としてしまったのだろうか。利き手がないのは困るので、私は必死になって右手をさがす。

 よく行くスーパーやお気に入りの散歩コースは特に念入りにさがしたけれど、右手はどこにもいない。

 すっかり途方に暮れていると、同じように途方に暮れているしっぽと出会った。

「あなたは一体、何のしっぽですか?」

 何気なく声をかけてみると、しっぽは困ったように、ふるふると左右に揺れる。

「体は、今、どこにいるんですか?」

 しっぽはまた、ふるふると揺れる。どうやら迷子のようだ。

「どこで体とはぐれてしまったのか、わかりますか?」

 今度は肯定するように前後にこくんと揺れるしっぽ。

「だったら、そこへ行ってみませんか? もしかしたら、体もそこにいるかもしれませんし」

 しっぽは考える風にゆらゆらと左右に揺れていたけれど、ふいに動きを止め、こくんと前後に揺れた。


 しっぽの後について、しっぽと体がはぐれてしまった場所へ向かう。

 本当は私も、右手がいなくなってしまって困っているのだけれど、迷子になっているしっぽのことを放っておくことは出来なかった。

 しっぽと体がはぐれてしまった場所には一匹の猫がいて、気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。私は猫にこんにちはとあいさつをしてから、しっぽについて尋ねてみた。

「ここで、このしっぽが体とはぐれてしまったようなんです。このしっぽの体、どこにいるかわかりませんか?」

 猫は迷子のしっぽを見てキョトンとする。

「それ、私のしっぽです」

 そう言って、猫はこちらにおしりを見せた。

「でもおかしいですね。この通り、しっぽはちゃんとくっついてるのに……」

 猫のおしりには、しっぽの代わりに誰かの左手がくっついている。

 私はそっと、誰かの左手を猫のおしりから取り外して、迷子になっていたしっぽをくっつけてあげる。

 しっぽはうれしそうに元気よくパタパタと振れて、猫はキョトンとし続けた。


 結局、いなくなってしまった私の右手を見つけることは出来なかった。

 私は持ち帰ってきた誰かの左手を、試しに右手首にくっつけてみる。

 左手と右手首のくっついている部分がむずむずしたけれど、それでも、何もないよりはいくぶんマシだろう。たぶん。

 ため息を吐いていると、ノックの音が聞こえた。ハイハイと言ってドアを開けると、そこにいたのはお隣の加藤さんだった。

 加藤さんは珍しく困り切った顔をしていて、いつもの十五分間のたわいない雑談を省略して、本題に入る。

「私の左手、見なかったかしら?」

 ちょっと、落っことしてしちゃって、と眉根を寄せる加藤さんの左手首には、私の右手がくっついていた。

 加藤さんもすぐに、私の右手首にくっついている左手に気が付いて、私たちはお互いの手を、お互いに返し合った。

 やっぱり右手首には、左手ではなく右手がくっついていないと落ち着かない。

 もういなくなったりしないでね、と右手に話しかけてみたけれど、右手は素知らぬ様子で右手首にくっついている。


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