第31話野蛮なる戦士カインと東京2

三人は互いの名前を名乗ると、途中でタクシーを拾った。


適当な場所で、タクシーを降りると、三人は近くのファミリーレストランに入った。


コーヒーと軽食を注文する。


アキオから差し出されたマルボロの匂いをカインが嗅ぐ。どうやら毒はないようだ。


フィルターを千切ると、カインが咥えて火をつける。


「それで何故追われていたのだ?」


「へへ、まあ、色々ありまして……」


「言いたくないなら別に構わん。ただな、俺は耳が良いのだ。あのハゲ頭の男が店の売り上げを盗んだと言っていたな。

それに対して、お前は金は返しますとかあの男に許しを乞うていた。

となると、傍から見ればお前達は泥棒ということになるが」


カインが、天井に向かってふうと煙を吹いてみせた。こんなものは子供でもわかる話だ。


アキオが、気まずそうに頬を掻きながら語り始める。


「俺、ポーカーゲームのボーイやってたんすよ。その前は工場で働いてたんすけどね。

で、工場のダチに誘われてポーカー屋に行ったら、ハマっちゃいましてね……。

最初はもう大勝ちさせてもらって、こっちは大喜びですよ。

それでどんどん通うようになってから、負けが込んで来ちゃいましてね……

でもね、その負け方がまた際どいんですよ。

二回勝ったら一回負けて、四回負けたら、三回勝つって具合で。

それで負けても次は勝てるって、のめり込んでいってね。思えば馬鹿だったすね。

店でこいつと知り合ったのもその頃ですよ」


親指で隣に座る幸恵を指差すアキオ。媚びるような笑みを浮かべる幸恵。


「なるほどな」


カインが灰皿にタバコの灰を落とす。カインの手の中にあると、タバコが一際小さく見える。


まるでミニチュアだ。


「それでゲームに熱中しすぎて、気が付いたら借金こさえちゃいましてね。

ポーカー屋のほうもポーカー屋で、ゲーム続けるための借金なら貸してくれるんすよ……。

それでボーイやって借金返せって話になりまして、まあ、ガサ入れされた時の逮捕要員なんすけどね」


「色々と事情があるのだな、お前達も」


「後でわかったんすけど、店が出す無料ドリンクに混ぜモノとかあったみたいでしてね。

レボドパっていったかな、それやってギャンブルすると依存しやすくなるみたいっすね。

で、いっそ警察行こうかなとも思ったけど、後が怖いし……」


アキオの言っている『レボドパ』はパーキンソン病の治療薬だ。


元々はパーキンソン病患者の脳で、減少しているドーパミンを補充する為に使われている薬である。


ドーパミンは神経伝達物質であり、これが不足すると運動障害が起こる。


その運動障害を改善する為にレボドパは医療に用いられているのだ。


レボドパはドーパミンの前駆物質に当たる。


だが、それを悪用する者もいる。


というのは、レボドパは覚せい剤と似たような働きをするからだ。


ドーパミンは快感物質だ。この物質には多幸感や興奮、意欲をもたらす働きがある。


だからドーパミンが放出されると、人間は何かに熱中してしまう。


覚せい剤はこのドーパミンの分泌量を過剰に増やす。


こうなると、人間は快楽を求めて衝動的に行動するようになってしまうのだ。


そしていつの間にかギャンブルに依存したり、アルコールやドラッグに耽溺するようになる。


また、ギャンブル自体にもドーパミンを放出する働きがあるので、

アキオの場合はある種の悪循環に陥ったと言ってもいいだろう。


カインは、読んだ本の知識をアキオの話と照らし合わせながら思い出していった。


そこである単語が頭に浮かんだ。


オペラント条件付けとレスポンデント条件付け──ギャンブル中毒者が続出する理由として、この二つの実験が解説されていた。


「オペラント条件付けとレスポンデント条件付けというものを知ってるか、アキオ?」


「なんすか、それ?」


「俺もついさっき読んだ本で知ったばかりなのだがな、人間というものは難儀な生き物で、

博打に勝つと強い快感を覚えるらしい。なるほど、確かにその通りだ。

俺にも身に覚えがある。

そして勝つか、負けるかが不確実であれば、あるほど、その快感の度合いが増すとのことだ。

人間は勝ちすぎても負けすぎても冷めてしまうらしいのでな。

これは人間の業というものだな」


「なるほどねえ……」


運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを混ぜながら、幸恵が頷く。


「それにしてもあの男達、中々どうして上手いことを考えているな。

人間の心の動きを良く捉えていたし、金の貸し方も心得ている。

博打で使う金ならば、結局は自分の懐に戻ってくるのだからな」


妙なところで感心しているカインにアキオが言う。


「いや、あいつらはただの三下ですよ。店のオーナーはもっと上の人っすね。

おまけにどっちもジャンキーみたいなもんすからね。

だからいきなり、光り物抜いて突っ込んで来れるんすよ」


「酒で頭がおかしくなった与太者みたいなものか」


「それよりももっとやばいっす。

俺もダチとガスパン遊びやったり、ブロン液飲んだり、ハーブ吸ったりはした事あるんすけど、

あいつらはシャブにまで手出してるみたいだし、だからカイさんもあいつらには気をつけたほうがいいっすよ」


カイとはカインのことだ。だが、アキオが聞き間違えたのか、カイという名前になっている。


そしてカインの方も別段、それを矯正することはしなかった。


それから色々と事情を二人から聞き、カインは別れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る