第17話蛮勇カインと拳者の石
悪鬼の如き形相を浮かべた二十人ほどの村人達が、ひとりの旅人を取り囲んでいた。
村人達の手には、鎌や収穫フォーク、棍棒などが握られている。
旅人は両手を合わせ、見逃してくれと村人達に向かって必死に頼み込んだ。
「駄目だっ、ここから逃がすわけにゃいかねえっ」
先頭に立っていた四十絡みの男が、怒鳴りながら旅人の顎目掛けて、棍棒を下から掬い上げるように叩きつけた。
男に顎を砕かれ、もんどり打つ旅人──そこから一気に飛び込んできた村人達が旅人を縛り上げた。
「お前には、わしらの為に死んでもらうぞ」
人垣から現れた五十半ば程の男が、粗縄で縛り付けられた旅人に声をかける。
他の村人たちとは違い、野良着や粗末な服を着けていない。
先ほど旅人を棍棒で殴りつけた男が言う。
「それじゃあ、名主様、こいつはいつも通り土蔵に閉じ込めておきますんで」
「うむ、では頼んだぞ、ゴンザレス」
顎を砕かれた痛みで呻き声を上げる旅人、ゴンザレスと呼ばれた男が、他の村人と共に旅人を担ぎ上げる。
そして旅人は村にある土蔵へと押し込められた。
閑散とした街道を進んでいく。人の往来はほどんど見られなかった。
街道の両側沿いから延々と広がるのは、青々とした牧草だけだ。
「次の村まであとどれくらいかしら……」と栗毛の馬に揺られていたマリアンがこぼす。
いつもの事だ。
「そんなに野宿が嫌なら付いてこなけりゃいいのによ、なあ、カインの兄貴」とアルム。
この少年は、今ではカインの従者の真似事をしていた。
「何よっ、口の減らない奴ねっ、平民が貴族にそんな口を聞いていいと思ってるのっ」
「は、口が減ったらどうやって飯を食うんだよ、あんた、馬鹿か?
それとも貴族ってのは揃いも揃ってこんなのばっかなのかねえ」
癪(しゃく)に触ったとばかりに眉根を釣り上げ、マリアンがアルムを睨みつける。
だが、アルムはどこ吹く風と言いたげに口笛を吹いた。これに益々腹を立てるマリアン。
どこかひねくれているアルムは口が悪く、貴族娘のマリアンは気が短い。
だからすぐに喧嘩になる。そんなふたりをカインが諌めた。
「お前達、もう少し仲良くしたらどうだ」
「嫌よっ、誰がこんな奴と仲良くできるっていうのよっ」
「俺もこんないけ好かない女は嫌いだあな」
一事が万事、こんな調子だ。それでも見ている分には退屈しない。カインは口端を微かに歪めて笑った。
あるいは案外、このふたり、相性が良いのかもしれない。
それから三刻(約六時間)ほど馬に揺られていた一同は、ようやく見えてきた村を仰いだ。
空は既に薄暗い。
「これで野宿せずに済むわねっ」
元気を取り戻したマリアンが村まで馬を走らせる。その姿にカインとアルムは苦笑いを浮かべた。
カノダ奪還後に大学に戻ったカインは、再びグリニーの研究室で時間を潰すようになった。
その時、蔵書庫でグリニーは古い文献を漁っていた。何か面白い道具は作れないかと。
そこでグリニーの目に、とある文献が止まった。
文献に記されていた内容──それは「拳者の石」についてであった。
世には二つの秘石あり。一つ目は「賢者の石」そして二つ目がこの「拳者の石」だ。
賢者の石が知恵の象徴であれば、拳者の石は力の象徴である。
グリニーから拳者の石に関する文献を見せられ、カインは俄然興味を抱いた。
まずはその名前の響きだ。
拳者の石──男であればこの名前に何かしらのロマンや力強さを感じるだろう。
荒野の野生児であるカインも又、この名前が持つアバンギャルドでキャッチュな響きに魅せられた。
こうしてカインは拳者の石を見つけるべく、旅に出たのだった。
勝手に押しかけてきたマリアンを連れて。
村にあった清水で顔を洗うと首筋を洗うマリアン──清潔そうな手拭いで水気を取っていく。
「それにしても誰もいねえな。ここは無人の村なのかな」
と、キョロキョロしていたアルムがこぼす。
アルムの言うとおり、確かに村には誰もいなかった。首を捻るカイン。
農作業でもしているのかと畑の方も見たが、やはり村人の姿はなかった。
これは不自然だ。この村で何かがあったのかもしれない。
村人総出の山狩りでも女子供は村に残していく。
となると、村に盗賊の一団でも出没し、それで村人全員がどこかに逃げたのか。
しかし、そうなると村に残された荷物が気に掛かる。
その時、カインは野性の本能で何かしらの違和感を覚えた。
「気をつけろ、二人共、何か来るぞ……」
カインの言葉にアルムがガンベルトから拳銃を引き抜く。
魔法の杖を胸元に構えて警戒するマリアン──視界の端で何かが揺れている。
よく見定めるとその正体は鬼火だった。
「カイン、魔物が現れたわっ」
「わかっている」
飛びかかってきた鬼火を両断すると、一行は安全な場所を探すべく村の中を走った。
「カインの兄貴、一旦あの土蔵に入って立て直そうやっ」
と、アルムが土蔵を指差す。
「うむっ」
カインは土蔵の戸を蹴破り、勢い良く中へと入った。
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