第6話野生児カイン6

そのまま身体ごとぶつかってきたのだ。カインは半身を切って避けると同時に流れるように剣を振った。

弧を描いてきらめいたカインの刀身が石像の首筋に食い込み、鮮やかに断ち切る。

若き蛮人の振るった剣で首を切り落とされ、石像はついにその動きを止めた。


カインが恨めしそうにこちらを見上げるコウモリ面の石像首を蹴り飛ばす。

その時、荒野の野生児はハッとなった。通路に並んだあの石像の群れを思い出したのだ。

その時、霊廟の通路から反響したマリアンの悲鳴がカインの耳に届いた。


「今行くぞっ、マリアンっ」

叫びながらカインは猛烈な勢いで通路へと駆け出した。

カインが通路に飛び込むと群がった石像達が魔術師の少女に掴みかかり、その身体を引き裂こうとしていた。


「マリアンッ」

カインは雄叫びを張り上げながら突進し、マリアンに密集する石像の群れをその剣と腕力で吹き飛ばした。

それは先ほどの戦いで見せた優雅とすら言える剣技とは、正反対のただ、ただ、自らの膂力に任せるがままの獣じみた動きだった。


「どけいっ、この石像どもがっッ!」

剣と石がぶつかり合う鈍い音が霊廟に轟いた。

荒野育ちの野人が怒号とともに長剣の閃光を迸らせ、石像の頭部を叩き割っていく。


動く石像を全て破壊し終えると、恐怖の余り失神してしまった少女をカインは揺り起こした。

「おい、しっかりしろっ、しっかりするのだっ、マリアンっ」

だが、少女は目を覚ます様子を見せず、カインは革袋に詰めた気付けの蒸留酒を自らの口に含むと少女の唇に重ね、

度数の強い酒をその細い喉元へと流し込んだ。


それから少しして、酔いが回って血の巡りが良くなったおかげか、少女のやや蒼褪めていた肌に赤みが射し、生気が戻ってきた。

マリアンがゆっくりと上体を起こし、額を手で拭う。

「どうやら無事のようだったな。どこか痛みはあるか?」


カインがマリアンの瞳を見返しながら尋ねる。

「大丈夫よ、心配ないわ」

「そうか。だが、あまり無茶はしないことだ」


カインは少女の手を取って立ち上がらせると、再び霊廟の探索を開始した。

石像の並んでいた通路を調べてみると、色違いのタイルが嵌った床をカインは発見した。

そこは先程まで石像の一体が佇んでいた箇所だ。


石像が動いたことで、隠れていたタイルが露わになったというわけだ。

カインは怪しい点はないかとそのタイルを調べた。

だが、別段のところ、厄介な罠などは仕掛けられてはいなさそうだった。


タイルは何かの蓋になっていて、カインは慎重に床からそれを引き剥がした。

そして中にあった出っ張りを押した。

すると廊下の右端にあった石壁が軋みあげ、地響きを鳴らした。


そして横にずれた石壁から新しい部屋が現れたのだった。隠し部屋だ。

「次から次へと厄介な遺跡だな、ここは。どうする、マリアン。また危険な目に遭うかもしれんぞ。ここで引き返すか?」


カインの問い掛けにマリアンは首を横に動かした。

「いいえ、一緒に行くわ。ここまで来たんだから、最後まで見届けるわ」

「良い返事だ。気に入った。安心しろ、お前は俺が守ってやる」


それから身構えると、ふたりはゆっくりと部屋を覗き込んだ。

だが、部屋には石像や魔物の姿は見当たらず、ただ、石の棺と祭壇があるだけだ。

カインは石棺に歩み寄ると、いつものように罠がないかを慎重に調べた。


そして何の仕掛けもないと判断すると、すぐに正方形の厚い石板の蓋を持ち上げたのだった。

目的は勿論、墓荒らしだ。棺には金細工の装飾を施されたミイラが横たわっていた。

ミイラは胸元のあたりに杖を置き、ただ、静かに眠っている。


だが、カインは死者の安らぎを妨げるなかれだとか、そんなものに頓着するような男ではない。

ミイラには目もくれず、この蛮人はさっそく宝石や貴金属を引き剥がしにかかったのだった。

「ねえ、カイン、このミイラの持ってる杖、とても珍しい品よ」


棺の中を覗き込んでいたマリアンがそう呟いた。

「欲しいなら持っていけばいい」

ミイラの胸元から杖をもぎ取り、カインがマリアンに押しやる。


そして金銀宝石の一切合切をミイラから奪うと、カインはその干からびた遺体に油を注いで火をつけた。

火葬だ。それは宝を頂戴していく代わりに燃やして葬ってやろうというこの未開人なりの返礼だった。

「では戻るとするか。痛ましいことだが、あのゴブリンに仲間たちの死を報せねばな」


そのままカインとマリアンが祭壇のある部屋を後にしようとしたその刹那、突然甲高い叫び声が部屋中に響き渡った。

それと同時に祭壇がおこりに罹ったようにガタガタと震え、ふたりの目の前に飛んでくる。

カインは迫ってきた祭壇を長剣で真っ二つに割った。


「悪霊の仕業かっ、姿を見せろっ」

室内の温度が急激に下がっていくのがわかった。冷気がふたりの男女の身体をまさぐった。

部屋の壁から黒い霧が立ち込めていくと、カインの鼻先で密集し、それは人の形へと変貌した。


カインは長剣を構えた。だが、影はこちらに襲いかかる様子を見せない。

静かにこちらを観察しているだけの影にこの荒野の蛮人は一瞬、訝しんだ。

沈黙だけが流れていく。すると、おもむろに影が何かをカインに語りかけ始めた。


「竜王ノ器ナリ……」

そして影はカインにそれだけを言い残すと霧散した。

「一体何だったのだ、あの影は……」

だが、カインはそれ以上深く考えることはせず、身を翻すとミイラから盗み取った財宝とともに霊廟を出た。




ゴブリンの住処を出て、六日目の朝を迎えていた。カインは湿原の真っ只中にいた。

藻を体に纏いつかせ、葦の茂みに身を潜める野生児のその佇まいはリザードマンを連想させる。

大鰐が出没する湿地帯を掻き分け、沼地にその身を沈め隠して、狙った獲物が現れるのを待ち構えていたカインは、

ついに水色のサラマンダーの姿を見つけ出した。


とは言っても水色のサラマンダーは、実際にはその姿を確認することは難しかった。

何故ならば、このモンスターは常人の肉眼には映らないからだ。光を屈折させ、反射させる鱗がその原因だった。

ただ、両眼を開くときだけは、光を屈折させないその部分だけが映るのだ。


他にも足跡や水辺から立ち上がる時の水飛沫、あるいは地面に浮き出た陰影からでもその存在は認識できた。

カインは気づかれぬようににじり寄りながら、サラマンダーの周辺に油を撒くと火種を落とした。

途端にサラマンダーを囲うように火の輪が広がっていく。


サラマンダーは突然の事態に困惑し、怯えた。次にカインは弓を構えて火矢を放った。

飛来した火の矢の方角に向かって、サラマンダーが威嚇する。

この水色のサラマンダーは、他のサラマンダー種とは違って高熱を嫌う性質があった。


むしろその性質は低温や湿気を好む。

何本か火の矢を放ってサラマンダーの注意を引きつけると、カインは水に潜ってその背後へと回った。

そして猛然と飛びかかるとその脳天目掛けて短剣を突き立てたのだった。


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