【七月の季節】――七月 不黒

@bungei6kari9

【空の星喰う生物達】

【空の星喰う生物達】


 この世界の住人は知らないことが多い。それは何故だろうか?

 答えは簡単。『知ろうとしないから。そして仲間はずれが恐いから』。

 かつて、ガリレオ・ガリレイが唱えた真実を受け入れた住人はごくわずかだったという。今では考えられない程に当たり前のことだというのに――


 灯台しかない小さな島。その灯台のてっぺんでは年端もいかない少年がひとり、眩しそうに夜空を見上げていた。夜空の満月は少年の顔と波打つ海をキラキラと太陽の様に暖かく照らす。夜空を見上げる少年はそんな年齢であれ、それでもこの世界の真実についてはよく知っている。

 心地よくきこえる波の音。少年はよく理解している。知りたいと願った為に。仲間外れを恐れなかった為に。自分がどれほど小さな存在なのかを。

 それを知ったうえで大きな世界を見上げ、少年は鼻歌を歌う。


 そんな少年の小さな世界の小さな変化。扉がひらく音に振り返れば「にぃちゃん」と嬉しそうに少年は笑う。兄と呼ばれた人物は扉を閉めながらモチモチとした白パンのようなまんまるな球体を持っていた。色は灰色の中に黄色を薄く混ぜ込んだと表現したくなる色味。彼は片手でそれ落とさない様にしながら疲れた顔で満月の空を見上げた。

 少年が駆け寄ると細長い指とすこし汚れがついたままの大きな掌で頭を撫でる。


「できたの?」

 球体を覗き込む少年に「あぁ」と小さく答えた兄は、しゃがんでから少年に受け渡す。真剣に壊れ物を扱うようにしっかりと両手で球体を受け取る少年。それをみて兄は目を細め、再び夜空を見上げる。


「まにあったみただいだな。だが、このまま消えないでくれると嬉しいんだが」


 彼がそんなセリフを口にしている間にも厚い雲が流れ込み、満月の光を遮断していく。

 世界は光にかわって闇の比率の方が増え、人工的な灯台の明かりだけがその世界で唯一の光であるかのように煩わしくも安心を与える様に世界を照らし始めた。とくに会話がある訳でもなく兄弟は空を見上げ続ける。

 次第に厚い雲は流れ、月明かりに阻害されることなく星がまたたく夜空が広がった。そう、雲は一切なくなったのに月明かりに阻害されることなく。


「最近は月がなくなるのが早いね。またライオンさんが食べちゃったのかな?」

「好きなメスができて貢いでるのかもな。でもこれじゃ徹夜で作っても製造が追いつかないさ」

「にぃちゃんの作る月は美味しいから仕方ないよ」


 ありふれた日常会話のように兄と弟は突然に消えた月について言葉を交わす。

 少年はすこし面白そうに兄に笑顔を向けると灯台の端っこまで駆けていき、兄から受け取った球体をポンと海に向かって投げた…………少年の手を離れた球体はスピードを増しながすべての光を飲み込んだ様な真っ暗な海に落ちて行く。

 特別な音が何かきこえるわけでもなく定期的な波の音だけが響いている。それでもそれが正しいというように少年は満足そうに夜空を見上げた。波が揺らめく様に、夜空も見間違いかというように波打ち次第に再び月明りが淡く淡く光を放つ。

 そして、蕾だった花がいつのまにか咲いたように、瞬きを終える頃には先程と幾分の違いもない満月がきらめいていた。

「やっぱりにぃちゃんが作る月は綺麗だね。それに美味しそう」

 少し涎を垂らしながら満月を見上げて笑う少年に対して、兄は欠伸をしながら「今日はもう食べられないことをライオンさんにお願いするよ」と灯台の中に戻ろうとする。しかしそんな兄を少年は呼び止めてオリオン座を慌てて指さす。


「オリオン座が一つ食べられてるよ!」


 少年の様子をみた兄はもう一度欠伸をすると「管轄外」とだけ言葉を残して扉を閉める。閉まった扉に口を尖らせた少年だったが、再び夜空を見上げてよくわからない歌を口ずさむ。

 多くの人類は知ろうともせず、認めようともせず、信じもしないがこの世界はどこかの湖の底の近くにある様な世界であり、わたし達の変わらないと思っている世界のすぐ周りにも様々な生物が泳ぎ回り、月や星を食べ歩く。

 そしてすでにそうおもっているこの状態ですら、もっと大きな生物の胃の中でゆっくりと溶けていっている途中なのかもしれない。かもしれないが、そんなことを気にして生活している人はいないに等しいだろう。

 でもそれが、彼らのように大衆が望む正しい世界に修正し続けてくれている人達がいるおかげだという事を覚えておいてもいいかもしれない。と≪オリオン座(わけあり)≫と書かれた瓶入りのこんぺいとうを齧りながらわたしは時々思ったりするのである。

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