【短編集】マープルの死角

アンタッチャブル・アンケート -The long Goodbye-

「……………………」

「……………………」


 いつもと同じ新聞部室には、いつもと違う空気が流れていた。

 ひとつ、全員かなり疲れている空気。


「…………ずぁ、んん、……」

「があああ、………………がっ!」


 それも当然、1学期の中間テストが終わったばかりで、特に一夜漬けばっかりだっただろうキヨと下邨なんかは、ここが部室だというにも関わらず爆睡していた。

 基本静かに寝ているが、わずかに鼻詰まりを気にしてる感じの男子は、冬山清志ふゆやま きよし、みんなからはキヨと呼ばれている。あまりやる気がなくサボり屋だが、不思議と周りに人を集める魅力がある。

 不定期に妙ないびきをかいているのは、下邨翼しもむら つばさ。新聞部では大体キヨとセットになっている。水泳部と新聞部を兼部していて、クラスや学年でも人気なお調子者である。


 そしてふたつめ。呑気に寝ている男子2人を除いて、剣呑な空気が流れている。


「………………」

「………………」

「えっと、どうしたの、2人とも」


 忍と私が睨みあい、さっき部室に来たばかりの空乃が、おろおろしながらもそれを仲裁しようと、間に入ってきていた。


 源忍みなもと しのぶ。風紀委員にも所属している、いわゆるマジメちゃんな委員長タイプの女子だ。体育祭にて、めでたくクラスメートと付き合うことになったらしい。

 黒部空乃くろべ そらの。高校に入ってからは初めて出会った私の親友で、よく持ち前の明るさで場を盛り上げてくれる……が、すぐ調子に乗る。ことあるごとに私を男前だとか名探偵だとかイジってくる、『ウザ可愛い』奴だ。


 私の名前は、小池咲こいけ さき

 よく『真っ黒パッツン女』とか言われる、普通の女子高生である。感情が表に出にくいらしくて、最近よく聞くセリフは「もっと話しにくい人かと思ってた」だ。

 新聞部に入ってからというもの、成り行きとはいえ、いくつか不思議案件を解いてしまったがために、名探偵などという、身に余る上に大袈裟な上に不本意な称号を頂戴している。


 ずっと私と睨みあっていた忍は、不意に表情を緩めると、空乃に笑いかけた。


「なんでもないわよ。ねぇ、咲?」

「…………ああ、なんでもないよ」


 平静を装って、ぬけぬけと嘘を吐く忍に少しムッとしなかったわけではないが、ここでムキになったら負けだと思った。

 空乃が笑顔を引きつらせて頬をかく。


「そうは見えないけど……」


 私と忍の口論の発端は、とてもつまらないものだった。

 どんな流れだったか、血液型の話になったとき、私がO型であると言ったら忍はこう言ったのだ。「ああ、たしかにOっぽい感じよね」と。

 どういう意味なんだそれ、絶対にいい意味では言ってないだろう。大雑把とかテキトーとかガサツとか、そういう意味で言っただろう。

 カチンときた私は笑顔で言い返した。「忍も、バカ真面目で頑固なところ、A型っぽいよな」と。

 そこからの流れは速かった。今まで友達を続けてきて、溜まり溜まった小さな不満をぶちまけ合って、控えめな言葉で言い合い、2人とも喋りつかれた後にはとんでもなく険悪な空気が残っってしまった。


「ちなみに空乃は何型?」

「え? AB型だけど……」

「あら、素敵ね」

「えっ、どこらへんが!」


 ……O型っぽいよね、みたいに容易く決めつけられるとイラっとするのは当然であり、それを先に言ってきたのは忍なのだから、私は悪くない。

 喧嘩しているとき特有の、自分を客観視できない病気が発動して、私はずっと頭の中で自分を正当化する論陣を組んでいた。

 空乃は、芝居がかったやれやれ顔で溜め息を吐いた。


「試験終わった直後でイライラしてるのは分かるけどさ。怒ったって点数は変わらないんだから、もっと気楽にいこうよ」

「3科目も捨てたあんたと一緒にしないでくれ」

「空乃はもっと危機感持ちましょうか」


 私たちに正論を言われて、空乃は部屋の隅っこでしゃがみ込んでしまった。しくしく、とわざとらしい擬音が聞こえてくるが、無視。

 不意にドアが開かれて、先輩たちが部室に入ってきた。


「おはよー。合併号のお休みにも関わらず集まってくれてご苦労!」


 渡良瀬先輩が、数枚程度のプリントを持って、快活に挨拶しながら入ってきた。

 そういえば、テスト前に合併号を作って、テスト後1週分休刊するって言ってたっけ。今年は部員もあまり多くないから、リフレッシュが必要だとか何とか。

 渡良瀬秋華わたらせ しゅうか先輩。ちょっといい加減な面もあるけれど、いつも優しく元気に、私たちに新聞部の活動をアドバイスしてくれる、栗毛カールのおしゃれな先輩だ。


 そのあとに続いて入ってきたのは、私が新聞部に入った理由であり、私の脳内の約半分を占めるお人。


「おはよう、全員来てる感じかな。よかった」


 私の白馬の王子様、柿坂十三郎かきさか とうさぶろう先輩。

 カッコよくて、優しくて大らかで賢くて、男らしいときもあって、そして何よりカッコいい。新聞部の部長にふさわしい、私の2年来のあこがれだ。この東大正ひがしたいせい高校で奇跡的に再会し、見事に一目惚れしてしまった。


 渡良瀬先輩は、プリントを私たち全員に配った。寝てる下邨とキヨを、肩を揺さぶって起こしながら、配って回る。

 もらったプリントを確認してみる。簡単なフリー素材のイラストと文章だけの、簡単なものだ。なになに、『大正高校新聞部・交流会のご案内』……。

 プリントが行き渡ったところで、柿坂先輩が話し始める。


「プリントにも書かれている通り、うちの姉妹校の大正高校から、新聞部どうしでの交流会のお誘いが来たんだ」

「へえ、向こうにも新聞部あるんスね」

「うん。向こうは月刊、壁新聞じゃなくて配布だけどね」

「で、とりあえず交流会の日付を見てほしいんだけど……」


 5月28日……日曜日? えらく近いな。

 先輩2人が苦い顔をする。


「3年生だし、私らが行くつもりだったから連絡してなかったんだけど……私、その日ちょっと、友達のバスケの試合を応援しに行く約束しちゃってさ」

「俺も、その日に外せない用事ができちゃったんだ。そこで悪いんだけど、都合合うなら、1年生のみんなに行ってもらえないかなって……」


 私たちは顔を見合わせた。

 一番最初に両手を上げたのは下邨だった。それに空乃とキヨが続く。


「すんません。俺、その日水泳の練習試合あるっス」

「私も先に約束入れちゃってます、ごめんなさい!」

「……えっと、あれだ。その日風邪引く予定なんでキツイです」

「おい」

「あはは、まぁキヨくんはそう言うと思ってたよ」


 渡良瀬先輩は苦笑いして、次にこちらを見てきた。


「小池ちゃんと源ちゃんは?」

「私は行けますよ」

「はい、私も大丈夫です」

「そうか。2人か……」


 渡良瀬先輩と柿坂先輩は、顔を見合わせたが、すぐにオッケーサインを作った。


「うん、問題ないや。去年も大体3、4人くらいしか出してないしな」

「っていうわけで、悪いけど小池ちゃん源ちゃん、2人で大正高校行ってきてくれるかな?」


 私は引きつる笑みを隠すので精一杯だった。

 よりによって、今日喧嘩したばかりの忍と、2人で他校へ赴かなければならないなんて……。

 忍は、今度ばっかりは動揺を隠しきれなかったが、


「は、はい。分かりました」


 了承の返事をしてしまった。

 ……正直気まずいし、どうするべきか少し悩んだが、他でもない柿坂先輩の頼みを断るわけにはいかない。

 私は、できるだけ笑顔で、了解の意を伝えた。


 ちょっと目線を逸らすと、「あーあ」って顔の空乃と目が合う。

 とりあえず、頭を掻いた。



「……………………」

「……………………」


 緑豊かな坂を自転車で並走しながら、私と忍はずっと無言だった。

 姉妹校で、せいぜい隣町、たいした距離離れているわけではない。とはいえ、速くても十数分かかる道のりを、ずっと無言で一緒に走るのは、正直かなりキツかった。

 そんな自分の弱音を、ぐっと戒める。

 幼稚だとは分かっているが……今回ばかりは、忍から誤ってくれないと許さない。

 忍への、若しくは自分に対しての苛立ちを脚に込めてペダルを回せば、自転車がギィッと悲鳴を上げて、またゆっくりと数メートルだけ坂を上った。


 大正の町は、旅館と古臭い娯楽施設の多い海辺のエリア、比較的都会っぽい歓楽街エリア、文房具屋や本屋や学校以外は全て住居施設みたいな住宅エリアの3つに、大きく区分される。

 別にそういう名称で呼ばれているわけではないけど、他所の人に説明するときは、こういう言い方が分かりやすいからそうしている。

 最近調べる機会があったのだけれど、どうやらこの大正市には、市立高校が2つと私立高校が2つある。その4つと、隣町の服飾系女子高や普通科私立、市立進学校とかに、大正市の中学生は散り散りになっていくのだ。

 ふと、我が襟根中学から大正高校に行った人数はどれほどだったろうか、と考えた。片田舎な大正市で、一番ポピュラーな進学先は大正高校のはずだし、もしかしたら今日は知り合いに会えるかもしれないな。


 住宅エリアと歓楽街エリアの境目辺り、街路樹が鮮やかな坂を北上すれば、大正高校が見えてくる。大正高校に進学していれば毎朝こんな坂を上って通学するハメになったのかと、私は東大正に進んでよかったと心から思った。

 まぁ、いちばん東大正に進んでよかったと思ったのは、柿坂先輩に出会えたことなんだけれど。


 坂を上り切る。中がじわりと汗ばんできて、変なオシャレの見栄を張ったことを後悔した。

 他校との交流会とはいえ、日曜日なので私服で来てオッケー……と、あの案内書には書かれていた。そんなわけでお言葉に甘えて、ちょっと余所行きな春ファッションで愛チャリに跨って繰り出したわけだが……さすがに6月目前の陽気、暑いにもほどがある。

 お気に入りの白黒マリンキャップを頭に被り、丸襟シャツに黒リボン、その上からベージュの薄い素材のカーディガンを羽織り、ダイヤ型格子のミドルスカートを履いた。

 いわゆる大人可愛く、というのを意識してみたんだけど……正直、今までオシャレともダサいとも言われたことがないので、自分のファッションにあんまり自信がないのが本当のところだ。

 対する忍は……意外にも、パーカーとショーパンという、けっこうラフな格好で来た。ていうか、普段制服を完璧カッチリと校則通りに来ている忍が、こういう服をチョイスするとは思わなかった。

 忍もオシャレっちゃオシャレなのだが、私みたいに、『頑張った!』という感じはしない。滲み出るというか、普段から着こなしてるというか、無理がないというか。

 なんだか、私だけ気合入れて来てしまったみたいじゃないか……。


 大正高校が見えてきた。

 私、向こうの人に変に思われないだろうか……。勘違いして、すごいキメてきた痛い人みたいな扱いを受けないだろうか……。

 自然と、ペダルを漕ぐ足が重くなった。



「……………………」

「……………………」


 お互い無言のまま、相手方の新聞部室の前に着いてしまった。

 12時55分……約束の時間の5分前。部屋の中から人の気配もする。

 私はちらっと忍の方を窺ったが、忍は慌てたように、ぷいっと顔を逸らした。

 ……これから相手方と会うというのに、不機嫌な顔をしてはいけない。私は小さく溜め息を吐いてから、ドアをコンコンとノックした。

 こんにちは、東大正高校新聞部の者です……とあいさつしようと思ったが、


「あ、はいはい、どぞー」


 向こうもずっと私たちを待っていたんだろうか、私があいさつのあの字も言わないうちに、ドアの向こう側からソプラノボイスが飛んできた。

 聞き覚えのある声だ。アッチかな?

 ガラガラとドアを滑らせて入室。棚の位置とか掃除用具入れの有無とかちょっとしたインテリアとか、そういった細々した部分以外は、こっちの新聞部室とそう変わらない。

 部屋の中央、会議机の椅子からぴんと立ち上がって、小柄な女の子がお辞儀する。


「えーっと、他校の皆様初めましてですね。大正高校新聞部の、亘愛智わたる あいちです」

「初めましてじゃないよ、アッチ」

「え? ……あ! 咲じゃん!」

「大正に行ったことは聞いたけど、まさか新聞部で会えるなんて思ってなかった」


 愛智、愛称アッチは、帽子を取った私を見て、すぐに気づいてくれた。

 他人行儀な態度をやめて、嬉しそうにこちらへぱたぱたと駆け寄ってきてくれる。

 ほどよく背が低くて、ゆるい口元と、肩まで伸ばした色素の薄い天然パーマの髪は、相変わらずふわふわした印象を与える。服装が服装なら、『ゆるふわ系』の代表格みたいな女の子なのだ。


「久しぶり……ってほどでもないよね。2か月ぶり」

「そうだな。アッチ、大正で新聞部入ったんだ」

「私も、咲が高校で新聞部に入ったなんて、ビックリしたよ。ていうか、帽子でパッツンが見えなかったせいで誰だか分からなかったよね」


 ……パッツン前髪を、私のトレードマークにするつもりはない。


「にしても、2人とも流石って感じだね」

「何が?」

「ファッションだよ。いやぁ、さすがに2人ともオシャレだね。センスの塊」


 調子よくおだてながら、カメラの構図を決めるみたいに私たちを指の中に収める。アッチはといえば、普通にセーラーの制服姿だ。

 他校の生徒の前ということで、切り替えてくれたのか、忍が聞いてきた。


「友達?」

「ああ、中学からの友達さ」

「なんだ、同い年2人? じゃあ、別に堅苦しくなくってもいいよね」


 忍とアッチが簡単に自己紹介して、和やかな雰囲気のまま、私たちはアッチと対面して着席した。

 やれやれと首を振りながら、アッチは、筆箱を取り出す。見覚えのないピンク色の、狛犬っぽいストラップがついていて、私は首を傾げた。

 たしかにアッチは犬が好きだったけど、この形、この色には見覚えが無かった。

 どうやらアッチも、直前にこの役目を回されたらしい。筆箱から取り出した2本のシャーペンを器用に弄びながら、愚痴をこぼす。


「こっちの新聞部、4人の少数精鋭だからね。もともと上級生の2人で計画してたんだけど、直前に私以外全員都合悪くなっちゃってね」

「それは……まぁ」

「こっちも似たようなものだから、気にしないで」

「というわけで、私はロクに企画書も見せられないまんま、『このアンケート用紙に必要事項を書いてもらって、それを元に話を聞け』という任務を預かったわけなのね」


 私たちの前に、1枚1本ずつ、アンケート用紙とシャーペンが出てくる。

 アッチが、アンケート用紙の上半分を指で指し示し、


「上半分の質問欄だけ埋めてくれればいいから。ラスト2つの、長い文章書くみたいな設問は、後からインタビューで聞くから回答しなくていいよ」


 要はこれは、インタビューを効率化するための、話題づくりのためのアンケートらしい。

 じゃあお願いね、と言ったきり、アッチはスマホを触り始めた。漏れてくる独り言を聞く限りは、新聞部の仲間に、交流会が無事に始まったことを報告しているだけのようだ。

 選択肢のない1問1答形式だが、身構えるほどそう長くもない。私は1問目に取り掛かった。


 『Q1 あなたの職業をお聞かせください』


 ……うーん。

 考えていることは同じようで、忍と目が合った。忍がアッチに聞く。


「ねえ、このQ1って……」

「ああ、職業ね。JKでいいよ、ジョシコーセーね」

「そんなんでいいのか?」

「うん、これ自体を記事に使うワケじゃないし。ジョシコーセーって漢字分かる? 『女子校に、生徒の生』だよ」

「それぐらい書けるっつーの」


 じょ、し、こう、せい……。よし。

 続いて『Q2 大正高校の第一印象をお聞かせください』。

 『綺麗に掃除されているなと思った』……と。はい次。


 『Q3 休みの日は、よく何をされていますか?』

 いきなりプライベートな質問が来たな。当り障りなく『映画を見に行ったりしている』とか答えておく。

 ……正直、年に2、3回程度なんだけど。はい次。


 『Q4 恋人はいらっしゃいますか?』


 ………………。


 ちらっ、と忍の顔を見ると、なんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべられた。

 そう、忍はこないだ、彼氏ができた。クラスメートの、けっこう男前なヤツ。

 ……私は。


 『います』。としておいた。

 嘘だけど、今にホントになるし。柿坂先輩と付き合う未来があるし。

 虚勢を張って空しくなったところで、はい次。


 『Q5 Q4で「いる」と回答された方にのみお聞きします。

     同じ学校、若しくは同じ職場に恋人がいますか?』


 アンケート用紙を破きたい衝動に駆られるのを、必死に止めた。

 何なんだ、この恋愛至上主義みたいなアンケートは。なんで恋愛の話題だけ、そんな掘り下げられるんだよ。

 私は嘘を撤回しようか悩んだが、ここまで来たら意地だ。『同じ学校に恋人はいます!』と、細胞を見つけたのか見つけられなかったのか分からないような回答を書き込んでおいた。

 ……柿坂先輩が学校にいる間に、私は恋仲になれるんだろうか。


 ……………………。


 はい次。


 『Q6 Q4で「いない」と回答された方にのみお聞きします。

     恋人を作れない、若しくは作れない理由は何ですか?』


 知らねぇよ。死ね。

 無回答で次に進む。


 『Q7 お住いの地区と、大正高校周辺の町を比べての感想を、

     簡潔にお聞かせください』


 やっとまともな質問だ。心の中で胸を撫で下ろす。

 えっと……『近くに住んでいるので、大して変わらない』かな。

 はい次。


 『Q8 学生、若しくは教員の方にのみお聞きします。

     自分の通学(通勤)している学校と、大正高校を比べての感想を、

     簡潔にお聞かせください』


 と言われても、姉妹校だしなぁ。そんなに違いはないんだけど。

 強いて言うなら、うちの高校よりも『飾り気・彩が少ない気がする』かな。


 ようやっとアンケート回答が終わった。忍はさらさら書いてすでに提出し終わっていたようだ。

 私はちょっと苦笑いしながら、アンケート用紙をアッチに提出した。


「なんか、恋愛方面の変な設問が多いな」

「はははは、そうだね。不真面目だって、先生からは不評だよ」

「でも、ユニークでいいと……思うわよ?」

「顔が引きつってるよね、忍ちゃん」


 忍と私のアンケート回答を、順々に眺めて、アッチはころころ不思議に表情を変えていった。

 「ええ?」とか、「うーん」、と、リアクション豊かだ。

 最終的に、何とも言えない微妙な表情になって、アンケート用紙を脇に置いた。


「どうかしたか?」

「え! いやいや、なんでもないよ」

「?」

「うん、えっと、じゃあ、インタビュー始めようか」


 なんだか明らかに動揺してる気がするけど。

 忍も心配そうで、喧嘩のことも忘れて、私たちは顔を見合わせた。その様子をちらちらと見て、アッチはまたさらに顔色を悪くした。

 しかしそれはそこ、ごほんごほんと咳払いで気を取り直して、アッチはインタビューを始めた。


「えーと。まず、2人とも新聞部仲間ってことで……」

「ああ」

「ええ」

「い、息ピッタリだね。……いつも新聞記事を書くときに気を付けていることとかって、ありますか?」

「まぁ、フツーに、誤字脱字をしないようにするっていうのと……分かりにくい表現を無くすって、この2つかな」

「あとは、悲しいけど壁新聞って、ほとんどの生徒が興味ないから、できるだけ身近で面白いネタを取り上げることかしら」

「なるほどね」


 アッチは素早い手つきで、メモ帳に話を書き留めていく。

 一方こちらといえば、渡良瀬先輩から「もう次の次くらいまで出すネタは決まっちゃってるし、そのあとに交流会について記事書いても遅いから、何もメモ取ったりしなくていいよ」と言われている。

 交流会については、『大正高校との交流会に参加してきました』という編集後記だけで報告を済ませるつもりらしい。

 失礼じゃないかとも思ったが、大正高校もアッチ1人しか交流会に出席させていない辺り、このイベントは双方にとって、私が思っているほど重要なものではないのかもしれない。

 アッチはすぐに次の質問をくれた。何故か、またちょっと引きつった顔で。


「休みの日に何してるか、って設問で、咲は『映画』、忍ちゃんは『喫茶店、映画、バッティングセンター、読書など』って書いてるけど、2人とも映画好きなの?」

「流行りものを見る程度だけどな」

「私は、ホラー映画とか洋画が好きでよく行くわ、だからけっこう映画好きな部類じゃないかな。……最近読んだばかりの本で、映画が好きな子が酷い目に遭ってたから怖いけれど」


 忍が口元に手を当てて上品に笑う。

 私が貸したやつか。正確には『映画が好きな子』じゃなくて、『映画が好きな両親が、映画の映の字を名前につけた子』なんだけどな。


「なるほど。喫茶店とかにもよく行くんだよね」

「うん。最近はあんまり行けてないな、咲と一緒に入ったカフェ・ド・ルーラーが最後かしら?」

「咲と一緒に?」

「え? うん」


 何故か、私と一緒に、という部分に食いついてきた。

 違和感が大きくなっていくが、その正体が掴めない。私は内心首を傾げる。

 今日のアッチは何か変だ。何か勘違いしてるみたいだけれど……その勘違いの正体が分からなくて、迂闊に触れられない。

 ……いや、私の考えすぎか。私は笑顔で気を取り直す。


「そうだ。これ終わったあと暇なら、アッチも一緒に行かないか? ブレンドはいまいちだけど、カフェオレが美味しいんだ」

「いいわね、久しぶりに飲みたいし」

「忍ちゃんも行くの? 邪魔しちゃ悪いよ」

「なんでだよ、別に気遣うことないって……」

「い、いいってば。2人で行ってきなよ、ね?」


 ……やっぱり何かおかしい。

 今の態度は、今日知り合ったばかりの忍に対して気が引けているとか、そういった感じではない。


 何か、とんでもない勘違いをされている。

 そして、そのことに関して、アッチは触れられないでいる。


 それを確信したところで、具体的にどんな勘違いをされているのかが分からないのでは……。

 ずっとこのまま、触れられない。


「ええっと、ええっとね。……じゃあね、中学の時と比べて、高校生活はどのように感じていますか?」

「自由が多いけれど……ううん、結局あんまり、根底は中学の頃からあんまり変わってない気がするわね」

「なるほどね。咲は?」

「中学よりも、自主性とかが求められて、楽しい反面ちょっと息苦しいかな」

「ははは。中学の時でも、けっこう自主的だったじゃん、咲」

「そうかな? ……ああ、中学の時っていえば、修学旅行で私たち、おそろいのストラップ買ったよな」

「ああ、ホントは規定分の額以上はお金使っちゃダメなんだけど、こっそり買ったやつね。懐かしいな」

「今でも筆箱に付けてるよ」


 その後も、ぎこちないインタビューは続いたが、結局一度も恋愛に関する質問は出なかった。

 アンケートで3問も幅を取っていた、恋愛というトピック。

 ……それが何故、一度も聞かれない?


「こないだの体育祭では……」

「……なるほど。じゃあ、次の質問ですが……」


 なんだか調子が悪いのか、うまく思考が進まない。

 私は半ば聞き流すように、インタビューを消化した。



「私は、このインタビューをまとめたり、忘れないうちに連絡したりしないといけないから。……ホントに、そういうわけで喫茶店は行けないから、気にしないでね」


 その声を聞いて約5分。

 帰り道、私たちは自転車を押して歩いた。

 行きと同じように会話はなかったが、暗黙のうちに、どちらからともなく漕ぐのをやめて、歩き出した。

 しばらく歩いた。

 街路樹が、まだ傾くには早い日を遮って、私たちの体に部分的に光を当てる。


「……亘さん、なんだか途中から、様子がおかしかったわよね」


 初対面の忍も、さすがに気づいたようだ。

 私は歩みを止めて、立ち止まった。


「やっぱりそう思うよな」

「……何か悪いことしたかしら」

「いや…………特にそんなことはなかったと思うけど……」


 涼しい微風が、ミドルスカートを揺らした。

 今なら、落ち着いて考えられる気がする。


「……ちょっと考えてみる」

「うん」


 思えば……明確なもの以外にも、ちょっとなんだかおかしいな、という小さな違和感はいくつもあった。

 会話を思い出せ。何か、おかしい点はなかったか。

 小さい違和感を全て繋ぎ合わせれば……違和感の正体、その全貌は明らかになるはずだ。


 アッチの様子がおかしくなる前から、小さな違和感はあった。取るに足らない言い回しの問題だったから、あえてツッコミもしなかったけれど。

 まずは、入室して、あいさつのところから…………。


 ……………………。


 ……分かってしまった。

 アッチの、とんでもない勘違いの正体が……!


 私は自転車の車体を思いっきり回して、


「急げ忍! 私たち、ものすごい勘違いされてるぞ!」

「ええ? 分かったの?」

「向こうで説明する。早く乗れ、大正高校に戻ろう!」


 少しだけ生まれた暗い気持ちを振り払うように、私は全力でペダルを踏みぬいた。

 街路樹が、わさわさと、いつまでも変わらない気さえする音を立てた。



 大正高校の新聞部室。

 守衛室で『忘れ物を取りに来た』とサインし、ダッシュで走ってダッシュで階段を駆け上がり、今度はノックもせずに、思い切りドアを開けた。

 中でスマホをいじっていたらしいアッチがひどく驚く。

 ……立ち止まると急に、汗が噴き出る気がした。


 私は荒い息に載せて、誤解を解くひとことを叫ぶ。


「ひどい勘違いだ、私と忍は付き合ってないからな!」


 後ろに控えていた忍が、思い切り後頭部をはたいてきた。

 「何するんだ!」と憤慨して振り向くが、私の10倍怒って、顔を真っ赤にして、忍は胸倉を掴んできた。


「何するんだはこっちのセリフよ! 何が付き合ってないよ、ほんとにバカなんじゃないの!?」

「……そんなセリフは、アッチの反応を見てから言うんだな」

「へ?」


 指差した先では、アッチが、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 でっかい溜め息交じりに、呟く。


「なんだ……私の勘違いだったんだね……」

「はあ!? ホントにそんな勘違いしてたの!?」

「……まあ、待て。無理のないことなんだ」


 私は、1から順番に、この勘違いの経緯を説明することにした。


「まず……もう1つ誤解を解いておくと、私たちが通っているのは女子校じゃない、姉妹校で共学の、東大正高校だ」

「えっ、そうなの?」

「……ええ!? そこから勘違いされてたの!」


 忍が口に両手を当てて驚愕する。


「あいさつのとき、アッチが変な褒め方するから、おかしいと思ったんだ。『さすがに2人ともオシャレだね』、なんて……」

「え? 別に普通じゃない?」

「私とは知り合いだからいいとしても、初対面の忍に対しても『流石』だなんておかしくないか?」

「ああ、たしかに……」

「隣町には、服飾系の女子高がある。上級生から、ロクにこの交流会の情報を聞かされていなかったアッチは、私たちの服装を見て、『私たちが服飾系の女子高に通っている』、『今回の交流相手は服飾系の女子高だ』と勘違いした」

「いやはやお恥ずかしいね……」

「それに」


 私は、ちょっとゴメンと言って、机の上に伏せた状態で置かれていたアンケート用紙を、両方表向きにひっくり返した。

 Q1を指し示す。

 『あなたの職業をお聞かせください』という質問に、私たちは同じ答えを、書いていた。


「『じょしこうせい』という漢字のつづりを言う時に、アッチ、何て言ったか覚えてる?」

「えーと……『女子校に、生徒の生』……。……あっ!」

「ああっ!」

「そう。その間違った情報につられて、私たちは『女子校生』と書いてしまった。

 『女子高生』なら、『女子高校生』の略だから、共学校生にも当てはまる表現だが、『女子校生』だと話が変わってくるんだ」

「そっか、『女子校』の『生徒』で……」

「うう、恥ずかしい勘違いすぎるね」


 アンケート用紙はそのまま、話を区切る。


「このようなミステイクのせいで、アッチは私たちを、服飾系の女子高に通っていると勘違いしてしまった。

 そしてこの勘違いのせいで、次の勘違いが生まれる」


 私は、「まず謝っておく」と前置きして、思い切り頭を下げた。


「ごめん。あのアンケートで、見栄張って『同じ学校に恋人がいる』なんてウソついて……」

「あはは……まあ、質問も悪かったしね」

「……心底軽蔑するわ」


 アッチは笑って許してくれたが、忍からのゴミを見るような視線が非常に痛い。

 しかし、そのゴミを見るような目が、徐々に見開かれていく。

 忍は半ば青ざめながら、


「……ちょっと待って。『女子校生』と勘違いしてたのよね」

「…………」

「そして、『同じ学校』に『恋人』……? ま、まさか」

「そう、そのまさかだ」

「……もういっそ殺して……」


 自分の勘違いを赤裸々に暴かれて、アッチははにかみながらも顔が真っ赤っかだ。

 私は苦い顔で、真実を告げた。


「私も忍も、『同じ女子校に恋人がいる』。そういう性癖を持った女子が2人揃って来たら……どういう関係に見えるか」

「……悪夢だわ」

「アッチは、私たちを、同性愛者カップルだと勘違いしたんだ。だから、『邪魔しちゃ悪い』なんて言って、喫茶店への誘いを頑なに断った」


 …………。


 全員で、深い、深いため息を吐いた。

 まだ真っ赤な顔で、アッチが言う。


「……心の中で、『愛の形は人それぞれだ』って言い聞かせてたんだけどね。勘違いで済んでよかったよ」

「あははは……」

「私も忍も、普通に男の人が好きだからな。同性愛者を差別するつもりはないけど、発想が飛び過ぎだ」

「分かった、分かったってば。じゃあ、勘違いも解けたところで……恋愛関連の質問とかもしたいから、もうちょっとだけインタビューしてもいいかな?」

「……うん」


 なんだかもう、本当に疲れた。

 私は、少し寂しい気持ちを胸にしまって、しばらく忍と一緒にインタビューの続きを受けた。



「……………………」

「……………………」


 カキーン。


 無言で最後の1球を打って、ショボいゴロを出した。

 隣のボックスでは、忍がけっこう様になっているフォームで、快音と共にボールを奥のネットまで運んでいた。

 私はバットを所定の位置に収めて、ボックスから出る。

 ヒットの数が多い方の勝ち、というルールで賭けていたが、どうひいき目に見ても私の負けだ。体育祭の騎馬戦に続き2連敗かぁ、と嘆きながら、自動販売機で適当なジュースを買う。


 インタビューがつつがなく終わり、今度こそ心残りなく大正高校を後にした私と忍は、私の発案で、近くのバッティングセンターを訪れた。

 外装が古びてはいるが、設備はまだまだ現役だ。10個ほどバッターボックスがずらりと並んでいて、そのうち1つが子供向け、6つが普通、3つが上級者向けの剛速球オンリー機。

 前方のネットには3つのホームランターゲットがあって、あれに当てると名前が刻まれる。忍は今まで1度だけだが、ホームランしたことがあるらしい。

 不満そうな顔で、忍がボックスから出てきた。のしのし歩いてきて、私の隣のベンチにどっかと座った。

 ジュースを差し出すと、乱暴にひったくるようにして取り、プルタブを上げて一気に煽った。


「あー、今日全然ダメね」

「そうなのか? けっこう飛ばしてたのに……」

「変に持ち上げようとしすぎて、逆に悪い当たりになってるっていうか……とにかくよくないの」


 さいですか。

 私も自分のジュースを飲む。本当に適当に買ったので、今更、自分がパイナップルジュースなんてものを買ったことに気付いた。

 しかもつぶつぶが入ってるやつ。サイアク。


 私は嫌いなジュースをちびちびと飲みながら、できるだけなんでもない風を装って言った。


「昨日は……それと、今日も、ごめん」

「…………こっちこそ、ごめんなさい」


 喧嘩した理由は、めちゃくちゃつまらないことだった。なのに言い過ぎて、言われ過ぎて、退けなくなってしまった。

 素直に謝れて、よかった。

 忍からも謝ってもらえて、よかった。


「……よかった。…………」

「…………咲?」


 謝ったことで、胸のつっかえは取れた。

 けれど、ドーナツみたいにぽっかり空いた穴だけは、残ったままだ。


「……同性愛者だと誤解されたことより、何よりショックだったことがさ」

「どこの高校に行ったのかも、覚えてもらえてなかったこと?」

「鋭いな……」


 パイナップルジュースはやっぱりまずい。

 ……私は、アッチと、かなり仲がいいつもりでいた。

 修学旅行でも、アッチたちと、仲のいい友達グループで、お揃いのストラップを買うくらいには。

 カバンから、私の筆箱を取り出す。

 ……犬はあんまり好きじゃない。だけど、今まで『お揃い』だったから、大好きなチワワのストラップだった。

 ずっとつけていた。これからもつけているつもりだった。


 ………………。


「卒業して、まだ2か月そこらなんだよ。だけど……もう、。おそろいのストラップは……もう無かった」

「………………」

「……別に、いつまでも忘れないでほしいなんて思ってないんだ。でも」


 思い出を手放すには、2ヶ月は早すぎる。

 それに、どこの高校を受けるとかの話も、何度だってしたはずなのに、もう忘れたんだとしたら早すぎる。


 だから、逆なんだと思った。


 アッチにとっては、ストラップは全然大切な思い出でもなくて。

 私の受ける高校の話も、いちいち覚えるほど重要なことでもなくて。

 そう思うと、今まで積み上げてきたものが、急に質量を失った。


「でも、そのおかげで、今の友達を大切にしようって思えた」


 1番ボックスで、少年野球の男の子が、快音を響かせた。

 私は、もう一度ボックスに入った。お金を入れて、バットを構えて、球を待つ。

 隣のボックスに入ってきた忍が、アドバイスをくれた。


「もっと、腰入れて。あと、さっき見てて思ったけど、掬い上げるように振った方が飛ぶよ」

「掬い上げる……?」

「アッパースイング。ホントはあんまり良くない打ち方らしいんだけど、私はなんか、その方が上手くいくの。ボールの下を叩くようなイメージで……、あ、来るよ」


 投球機のランプが点灯した。

 言われた通り、腰を入れる。バットを握りしめる。

 ぐおん、ぐおん、と、投球機の腕が上がって……。


「今!」


 ボールが飛んでくるのを捉えて、私は、アッパースイングでバットを振った。

 まるで自分の体じゃないみたいに、バットに自分の体を操作してもらっているみたいに。

 綺麗な半円を描いたバットの軌道。

 本当に狙い通り、ボールの下を捉えて……。


「おお!?」

「………………」


 持ち上げられたボールは、美しいアーチを描いて……ホームランターゲットに当たった。

 私に激しい喜びはなく、なんとなく、『終わった』ような感じがして、微笑んだ。


 アッチ、さよなら。

 なんとなく、もう一生会えない気さえしてしまうけれど……私なんかよりも、もっと大切な友達がいるから、大丈夫だよな。

 もう、あえて何も、触れたりしないから。

 私のことをどう思ってるかなんて、聞けるわけもないから。


 ここから先は、お互い触れられない世界。

 触れてはいけないし、触れようともしない。


 長い、長いお別れだ。

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