第42話  麗奈の企み



都内の某マンション

芸能事務所が一括して契約しているそのマンションには、謹慎処分を受けている少女がいた。

「はあ……いつまでここにいないといけないのかしら」

その少女は羨ましそうにテレビを見る。そこには、東京69のメンバーたちが楽しそうに踊っている番組が放送されていた。

「私は正志の仲間じゃないって言っているのに。理不尽だわ。芸能事務所から謹慎処分が降りるなんて」

そう愚痴をもらすのは、笹宮星美。元東京69のセンターだった美少女である。

成り行きとはいえ、正志と共に弓たちから逃げ回ったせいで、東京69のメンバーからも裏切者扱いされ、すっかり干されてしまった。

「ほとぼりが冷めるまで、外にも出られないし……ネットじゃ『正志の女』だなんて不名誉な噂が広まってしまうし。私はこれからどうしたら……」

今までずっと勝ち組として人々に愛されてきた星美が、いきなり周囲から嫌われるようになって、「負け組」の苦しい思いをこれでもかと味わっていた。

ぼんやりとテレビを見ていると、マンションのインターフォンが鳴る。

「はい」

インタ―フォン越しにドアの外を見ると、眼鏡をした小柄な女性警官が外にいた。

「こんにちは。すこしお話をうかがいたいのですが」

それを聞いてうんざりするも、追い返すわけにもいかない。

「……どうぞ」

しぶしぶその女性警官を、室内に招き入れた。

「うわ~芸能人の部屋ってこんな感じなんだ。けっこう散らかっているね」

入ってきた小柄な女性警官は、部屋を見るなり無遠慮なことを言ってきた。

「あなた、なんなんですか?警察のくせに失礼な」

「あはは。ごめん。ボクは警察じゃないよ。この制服はお父さんに借りたの」

婦警のコスプレをした謎の少女は、そういってニヤリと笑った。

「ふ、不審者!」

「失礼な。こう見えてもボクは身元がしっかりしたお嬢様なんだぞ」

プンスカと怒る少女を放っておいて、星美は110番通報をする。

しかし、警察ではまともに相手にしてくれなかった。

「ああ……総監から連絡を受けています。彼女は不審者ではありませんのでご安心ください」

所轄の警察署からは、そんな返事が返ってきて電話が切られてしまう。

警察に相手にされなくて、星美は恐怖の目で不審者の少女を見つめた。

「あはは。そんなに怖がらなくても。ボクは警視総監の娘の山口麗奈っていうんだ。よろしくね」

麗奈はそういって、親し気に笑いかけてきた。

「警視総監の娘?まさか……」

「本当だよ。だから所轄の警察署にも顔が効くんだよね」

麗奈はそういって、持ってきた茶菓子を広げる。

「とりあえず、ゆっくりお話しようよ。危害は加えないからさ」

ぐいぐいと入りこんでくる麗奈に、星美は圧倒されてしまい、つい受け入れてしまうのだった。



「えっと……つまり、あなたは私を『悪魔教』に勧誘しに来たの?」

「まあ、そういうことだね。キミには魔人類に魂を売って、「信徒(サタニスト)」として活動してもらいたいんだ」

あっけらかんと言い放つ麗奈に、星美は困惑してしまった。

「魂を売れって……」

「ちなみにボクはすでに正志君に魂を売って、「信徒(サタニスト)」になっているよ。だからといって、特に何か変わったわけじゃないけどね」

美味しそうにお茶をすすりながら、麗奈は言い放った。

「正志に魂を売った?だって彼は死んだはず」

「あはは。正志君があの程度で死ぬわけないじゃん。ピンピンしているよ」

面白そうにそう告げる。

「嘘……」

「それじゃ、証拠をみせるよ。『記憶伝達』」

麗奈が指をはじくと、ソウルウイルスを介して彼女の記憶が伝わってくる。

すでにソウルウイルスに感染している星美は、彼女が言うことに嘘がないことを理解してしまった。

「正志は生きているんだ。そっか……」

「あっ。今ちょっとほっとしたね。正志君が生きていて嬉しいんでしょ」

星美の微妙な感情の動きを検知した麗奈が、そう茶化す。

「だ、誰が嬉しいもんですか。あんなテロリスト!」

「はいはい。ツンデレはいいから。ボクの記憶が伝わったなら、正志君たちがやっていることも理解したでしょ」

顔を真っ赤にして首をふる星美に、麗奈は真面目な顔をして告げた。

「うん……正志たちがやっていることは、『ワクチン接種』なんだよね」

「そう。でも結局大破滅がくることには変わりない。ソウルウイルスを受けていない大部分の人間は、怪物と化して世界は滅びる。この未来は変えようがないんだよ」

「……」

地球そのものが人類を間引きしようとしているのに、抵抗などできるはずがない。星美は大破滅が避けられないことをしった。

「ボクたち免疫者も、大破滅の時に外にいたら怪物に襲われて殺されてしまうんだよ。正志君たちが大破滅を乗り越える『シェルター』を用意してくれるのなら、それを利用しない手はないよ」

「確かに……そうなのかもしれない。でも、その後に正志たち魔人類のハーレム要員にされてしまって、あんなことやこんなことされるかも……」

顔を真っ赤にして何事か想像する星美に、麗奈はやれやれと肩をすくめた。

「アイドルやっている割に、初心なんだね。別にいいじゃん。というか、それが自然なことでしょ。生き残る男は、魔人類とその配下の信徒しかいないんだから」

あっけらかんと言い放つ麗奈に、星美は信じられないという目を向けた。

「あなたは、それでいいの?」

「もっと大きな視野で見ないと。ボクたちは次の時代のことを考えるべきだと思うんだ。大破滅を乗り切った後の新世界がどうなるか、想像してごらん」

星美は魔人類が貴族としてふるまい、生き残った女子と男子はそれに従うしかない世界を思い浮かべた。

「やがて魔人類は生き残った女たちでハーレムを築き、その数を増やしていく。旧人類は徐々に数を減らして、滅亡するだろうね。ネアンデルタール人が現人類に駆逐された時みたいに」

「そんな世界に……魔人類たちが思いのままのさばる世界に生き残っても、何の意味があるんだろう」

悩む星美に、麗奈は真剣な顔になって告げた。

「いいじゃん。男たちには威張らせておけば。日本の百万人の救われる人間のうち、大部分は女なんでしょ。数は力だよ」

その言葉に、星美ははっとして顔をあげる。彼女が見たのは、いたずらっぽい笑みを浮かべた麗奈の顔だった。


「新しく生まれてくる魔人類を育てるのは、僕たち女なんだよ。彼らを育て、ボクたち女を大切に扱うように教育することは不可能じゃない」

麗奈はそう言って、新世界での女性の地位向上の方策を話す。

「そう。表面上は男を立てながらも、裏で彼らを操って掌で転がして、生活環境を整えてもらうってのが賢い女ってもんだよ」

「麗奈さんって悪女……」

彼女の考えを聞いて、星美は思わずくすっと笑いをもらした。

「きっと、ネアンデルタール人からクロマニョン人へと人類が交代していくときにも、同じようなことがあったと思うんだ。威張り散らすクロマニョン人の男をおだてて危険な狩りに向かわせ、女たちはその庇護の下で家庭を作り、子供を大切に育てる。そしていつしかその子供たちが成長して部族の主導権を握り、女性を大事にする社会ができあがる」

麗奈は狡猾な笑みを浮かべる。

「ボクたちに協力してよ。一人でも多くの女を救うために」

「……わかったわ」

星美は決心して、麗奈の手を握るのだった。


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