#50 At the End of A Letter
この一晩で一体何回目の感覚で、一体何度目の不思議体験なのだろうか?
終点間近の脳裏に去来し、無理矢理に反芻させられる刹那の
明瞭な意識が彼方に遠のき、曖昧な視界が遥かに霞む。明確な何かに身体の自由を失う。
生前、公園で彼に殺されるとき――人間的初回の絶命時はあんなにも不快だったのに、今回はこんなにも悪くない気分。
かと言って、別に最高に愉快ってわけじゃないし、遺した悔いや野望も無くはないけれど、それほどじゃあない。諦めきれない程じゃない。
きっと、その感じ方の決定的な差異は心の持ちようなのだと思う。切実にそう感じる。
にしても、今は相変わらずふわふわした半端な状態だけど、決定的な指針が示された後はどうなる?
此後の僕は、この後の運命は本当に『無』だかになんのかな~?
生前はシャーロットを前に飾らない本音を吐露したつもりだけれど、その実、年上美人を前にして舞い上がった結果、無駄に悟ったフリをして格好をつけて、大人っぽさを演出したくて背伸びして、斜に構えただけの空虚な意見だって可能性も否定出来ない。
実際問題、等身大の飾らない僕の本音は実の所、天国だか地獄だか、或いは冥界だか天界だか、そういうフィクショナルでファンタジックな死後の世界ってやつを望んでいるのかも知れない。
僕の根っこの柔らかい部分は、想像や空想の世界でしか見たことのない天使や悪魔なんかを求めているのかも知れない。
でも、やっぱりそれも分からないね。どう贔屓目繕たって不確定な事項だ。
その頼り無さと言ったら、積み上げるだけ無意味な
今まで幾度も自問自答し、その度に迂遠して先延ばしにしてきたことだけど、それでもいつだって立ち止まる場所はやっぱり同じだった。
それこそが『無』の境地って奴なんだけど。でもやっぱりワカンネ。此処まで到達して尚、確固たる自信がまるで無い。全く…最期までこれだから。
だからもう頭を抱えるのはヤメよう、理屈を捏ね回しても意味がない。どうせもう少し待てば自ずと分かることだ。
このまま感覚の流れに身を任せ、それに全てを委ねればいいだけ。
その先の果てがどんな結果だろうと潔く受け入れよう。
…なんて漢らしいことは口が裂けても言えないけれど、絶対に言わないけれど。
だから、とりあえず迅速に『現物』を見せてくれよ。何にしたって話はそれからだろ。
だけど、あー。
そろそろマジで時間っぽいな。身体がないけど、漠然とそう感じる。
僕の代まで積み重ねた
これが正真正銘のラスト・ザ・ラストだと。
そんな折に貧してさあ、こんなクソみたいでアホみたいなことばかり考えている間にタイムオーバーとかナニソレ笑えない。
どうせならば、一生に一度の引き際であるならば―――なんかいい感じの名言めいた言葉とか残して逝きたいものだ。
最期の言葉ぐらいは格好つけたいのが人間であり人情ってものだ。
しかし、えーっと、具体的にはどんな風がいいのかな?
僕的に望ましいのは人生の無常さと儚さを的確に表現した粋でいなせな物言いで、更に哲学めいた訓示だか教訓だかを含んだ文字列が良い。些かハードルを上げ過ぎただろうか? いやいやそんなことない。こんなもんだろ。
よしっ! 必死で考えろ僕。ココは本気になるところだ!
例えばだが――――――
『グッバイ現世っ!』とか?
何だかな~ものすごくバカっぽい。却下。
『くそったれな人生だったぜ!』とか?
これもしっくり来ない。 B級映画の見過ぎって感じ。却下
『かくも儚き砂時計の終焉…』とか?
もうほんと何言ってんだコイツって感じ。馬鹿なの、阿呆なの、死ぬの? いや、遠からず死ぬんだけどさあ…それにつけても何だかなぁ?
『素晴らしい人生にありがとう』
う~ん、漢らしくて潔いが、違うなあ。僕じゃないよ。これは僕の台詞じゃないし、僕の発する言葉じゃないよ。
確かに僕にとって、亜希子と過ごした日々は喩えようが無く、比べようの無い程素晴らしいものではあったけれど、『それ』はあくまでも最愛の人に向けた感謝の言葉であって、僕に向けた僕の僕による僕のためのそれではないな。
意外と悩むなあ。
こうなってくると、精神的に結構疲れたしなんかもうなんでもいいかもと思ってしまう。
こういったシリアスかつ緊迫した局面において、自身の自制心が欠如したダメ人間ぶりが浮き彫りになってしまって、凄く切ない気分になる。
だけど、ここは負けられない。自分のアレヤコレヤに屈し膝を折り、負け続けてきた僕だけど、ここでの敗北は許されない。
もっと最良の言葉を探さねば…。
そうだな、もっとシンプルでもっと僕らしい言葉。
格好で飾らない、嘘で隠さない真っ更な言葉。
心の奥底でいつも独り、全てを塞いで膝を抱えているプリミティブな感情と衝動。
偽り脚色することの出来ない、遮ることの不可能な裸でまっさらな本音。そう、それは。
ああ、うん。大丈夫だ、やっと見つけた。
昔むかしにチルチルとミチルが未来や過去の国では無く、鳥籠の中で幸福を見つけたように、僕は真実を自分の心の中で発見したんだ。自分探しで探すべき自分は遠い非日常では無く、初めから
狭い
いいか? よく聞けよ、僕?
いやいや違う、まだ無駄に、また無意味に格好付けてるし。
てか心象風景かつ自己問答の発展なのだから、殊更聞く必要もない事柄だって言うのにさ。
だって僕は解答を既に知っているのだから。敢えて口に出す必要すらない。謂わば当たり前の事実。
でも、それでも僕は口から息を吐き出し、明確に言葉にしたいと思った。
分かり切ったことを言葉にすることは二度手間かも知れないけどさ、無駄事であり、別段意味を持たない無意味な行為だろうけど、やっぱりそれが必要な場面ってのがあると思うんだ。
ということで、早速迅速に…
「――――――――――」
って、嘘? あれ? もッ…声ぅェと…か、出ェなあ……?
「―――、――…? ―ゔヴェ―――――っ――――――」
ちェッ…なぁ、んだよ…こえ…、かァ、んぜエっん―――時ィかあ切れっぽ…い……な…?
さす、グあ―――うr―――sオだ……る、ヲ?
「?―――ぇ。―――vn―――ぃヌウ――、ぁぁヲ――――/――」
マぁ、z…で、フ。つぇ……gう…、eえy??
ほんツ、当お…救uいな、ィン…て…、ァ…、あレゃ……sない……
それは僕にとって、本当に不都合で優しくない世界だった。
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