#40 Raise Your Voice
『あはははっははっはっはっはっばははああははっはっははっははっははっははあああああああああああああああははかっははっははっはっはっはははははあはははっっっはっはあはははっははっははっはあはあはははははは』
僕とシャーロット。主人と従属。化物と化物。『ハズれたもの』と『ハズれたもの』。
夜明け間際の校庭で異形のものによる二つの絶叫が共鳴し、灰色の世界に木霊する。
「やっぱり大したことないなぁ!シャーロット! 先輩の意地ってヤツを少し見せてはくれませんか?」
闇夜を自在に飛び回る二筋の光。その片方は天使の様な純白で、他方は悪魔の様な漆黒。
その様はもう人間のそれではない。正解だ。だって僕らはそもそも生き物ですらないのだから。
「あら、貴方はフェミニストだと思っていたのだけど、どうやら私の勘違いだったようね。こんなに美人で綺麗なお姉さんを平気で傷つけるなんて……私は坊やの将来が真剣に心配よ?」
困ったような顔を作り、わざとらしく首を傾げる。大した余裕。
狙って言っているのだから、大した皮肉だ。僕らの羽は宙を舞い、明瞭な意思を持って互いを存在を狙い合う。僕のは当たり、彼女のはハズレ。小さくうめき声が落ちる。
「お前が心配するような将来なんて来ねぇよ! それこそ未来永劫――来るべき未来なんかありはしないんだ! 僕にもっ! お前にも!」
それこそが現実、僕達の現状であり真っ暗な事実。
「目の前に広がっているのはバラ色の未来なんかじゃない。僕らの前に映るはッ…悪夢で不気味に彩られている淀んだ闇色の絶望だけだ。それ以外には何もない! 何もっ無いんだ!」
返すのは自己嫌悪の慟哭。
この世界にあってはならない異物。それが僕。
存在するだけでその調和を乱し続ける存在。それも僕。
ならば全ての異質を壊した後、最後の異物が消えれば正常になる。
狂った歯車は修正すべきなのだ。そういう存在をボトルネックって言うんだっけ?
何にせよ世界のシステムを乱すものは取り除かないといけない。
今回は僕自身がその任を一人二役で務めるだけって話。大したマッチポンプ。
ただ、僕はその作業に僕自身を含めた『全て』を巻き込むだけ。
「貴方は逃げてるだけよ! 間違っている。自分の世界の限界を勝手に決めて…勝手に諦めて、殻に閉じこもって、自分の姿を見ようとしない。それでは何も変わらない! 世界を歪めても、貴方の捻れは治らない!」
正論だね。君の言うことは限りなく正しい。だけど、それだけだ。
正しいだけで、僕の心には全く響かない。正しさだけでは僕は動かない。正しさで、僕は救えない。僕を止める理由にはならない。
僕は静かに語り掛ける。
「ところで、シャーロット。そもそも『正しさ』って何だ? この世に絶対の『正しさ』による規律なんて存在するのか?」
些か場面違いな哲学めいた持論。それを展開する必要ははたしてあったのか?
「答えはノーだ。そんなものは有り得ない。存在し得ない。全ての『正しさ』には、誰かの思想や思惑が絶対に含まれている。主観なき『正しさ』などない。そして、それでも君はその『正しさ』は本当に『正しい』ものだと言えるのか? これもノーだ。だったら、その逆も立証できるとは思わないか?」
「それは…、そう……なのかしら…?」
案の定、返答に詰まる。うん、予想通りだ。君ならば、そう言うと思っていた。
「君は僕の行動を『間違い』だと言った。だが、それはお前の価値観を通しての話であり、君の『正しさ』が僕を絶対的に『間違い』だと評するのは些か暴論ではないかい?」
相手が亜希子ならば、こんな感じで言い包めることが出来るのだけれど、どうやら生前より没後の経験が豊富な年上のお姉さん相手では上手くいかない。
「仮にそうであったとしても、貴方の行為を正当化し、容認できるものではないわ。世界が貴方のエゴを選んだとしても、私は貴方の行動を絶対に『正しい』ものだとは思わない!」
それもそうだ。正に仰るとおり。然しながらこんなもの、議論ですら無いただの言葉遊び。意味のない戯言。
「お前がそう思うなら、それでもいいさ。一向に構わない。僕は臆病者で自分が化物で在ることに耐えられない。自分の姿を直視できない。だから消す。それゆえに消える。でも、僕はそれに気づいている。既に理解していることを、今さら他人から言われたところで驚かない。まるで揺らがない」
嫌悪すべき攻防は激しさを増していく。
それに伴い、校舎の破壊は悪化の一途。チラリと屋上を一瞥。他の場所とは打って変わって、その場所はわりかし小奇麗なまま。理由は火を見るより明らかで、それは亜季子がいるから。
別に彼女を守る理由は格別あるわけではない。嘘だ。
彼女は最期から二番目に殺すと決めた。それは現在じゃない。
「本当に全てを消してしまっていいの? 貴方の大事なもの、嫌いなもの…その全てを無に還してっ…貴方の魂はそれで満足なの? どんな理由があろうと、『正しさ』の証明なんて、大層な理屈を並べても…それじゃあ貴方は救われないっ!」
何の意味もないありふれた地獄で、彼女は叫ぶ。祈るように、願うように。
その悲痛な主張は、観る者の多くの心を動かすだろうが、僕は動かない。
君の願いで僕は歩く道を選んだりはしない。
この『不都合な世界』と違い、僕は無能な
もういいよ。何も言わなくていい。全部分かっているから。全て見えているから。
「後悔も罪悪感もある。でもそれを感じるのは僕が『完全に』
僕に救いはない。僕のやりたいことは、世界を巻き込んでの盛大な自殺。
どう好意的に見積もったとしても善事と評されることは無い、大逆人。
そんな望みを持つものに救いがあるはずはない。だってその願いの発端は、感情の狂乱。
もしも救いが僕の前にぶら下がっているのだとしても、受け取れない。それが最大の自罰。
「でもっ…それでも貴方はっ! でもっ、私は……」
彼女の全ては僕に届かない。
その言葉も、願いも、祈りも、怒りも、嘆きも悲しみも哀れみも。慈しみも愛しさも何ひとつ僕を揺さぶらない。全く響かない。
迷ってばかりの君が、僕の邪魔をすべきではないんだ。
「何度も言うけど、お前の言葉で僕は揺れない。心に波風が立つことはない。もっとお前の思いを込めてよ。或いはそうすれば届くかもな。まぁ当たらなければ意味ないし、正しく伝わるかは別問題なんだけど…ねっと」
語りの途中に手を出すとか、粋じゃないな。
喋っているときは攻撃しないって、暗黙のルールがあるだろ。変身シーンで、攻撃する戦隊モノを見たことがあるか? 生憎、僕は寡聞にしてそれを知らない。
でも、やっぱり僕には触れない。いくら髪を伸ばそうと、身体をどれだけ変形させようと不意をついても僕にはカスリもしない。絶望的な力量の差。だけど…それは……
―――いくらなんでもおかしい。
僕は屋上を背に思考する。つまり、振り返れば多分亜季子がいる。多少惹かれるが、それでも、僕は目の前の相手に正対し論理を築く。しかし、すぐに思い当たる。そうか、
「シャーロット…君は優しいな。こんな僕を気遣って、ためらって、言葉で説得しようとして。でも、もういい。何にも悩むことはない。心を痛める必要なんか微塵もない。もういいんだ」
君の優しさはこれからの僕には不必要なものだから。だから、
「一時的ではあるが主人だったモノとして君に永い暇を与えよう。朝と夜の狭間で、永遠に休め…」
僕の異能がはためきを増し、その色は鈍く深く重くなる。
どうして僕は、こんなにも心が揺れない。
害虫でも殺すような自然さで。
何の躊躇いもなく、ただ無に還す。
僕の顔には一筋の雨さえ流れない。
過去の空白に刺さる茨。それがシャーロット。
そんな彼女を消すのだというのに…。
思ったほど大切じゃなかったのかな?
心まで冷たくて醜い怪物になったってことか?
どちらにせよ、それは…哀しいことだ。
「全宇宙の中で一番愛する人に、その手で以って存在を消されるのだから―――そんなに悪くない結末かもね。本意ではないけれど、まぁ及第点と言ったところかしら? 私の想いの妥協点としてはそう…仕方のないことかもしれないわ」
肩を竦めるシャーロットは空中で器用に停止。
その双眸に希望の光はなく、絶望による陰りもない。
ただその蒼月を以って僕を真っ直ぐに見つめ、指一本動かさず静かに僕を待つ。一瞬の静寂が世界を覆う。
それは覚悟を決めてのことなのか、僕に諦めたからなのか、それとも自分に絶望してしまったのか…。僕には分からないし、今更詮無きことだ。
僕に彼女の愛を受け入れるつもりはないのだから。
「人でなくなった僕を愛してくれてありがとう。僕を助けてくれてありがとう。果たせない約束をしてごめん。僕は君を世界一愛してはいないけど…そう、だな……人間以外の中では一番好きだったよ」
「その手で救った魂の芽を自分で摘むというのに、随分と優しさに欠ける物言いね。女の子に気持ちを伝えたいのなら、もう少し修辞に気を使うべきよ。まぁ満足には程遠いけれど…」
悲しい現状。言葉を区切って彼女は空虚に笑う。
「少しは、満たされたわ」
君の魂を曖昧なままに縛ってしまったのは僕のせいだ。
僕が君を現世に縛って、僕自身の手でそれを断ち切る。それこそが僕の執るべき責任ってやつなのかもね。
「眠れシャーロット。その思いと自らの正しさと共に」
ありがとう。
ごめんなさい。
さようなら――――――
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