#26 Impulse
ここまでの問答、質疑応答で『僕達』の中にある
だけど、まだ解決していない問題がある。
「昨日の夕方、教室で僕に話しかけたというか、恐怖で震え上がらせたのはあの殺人鬼か。それとも……」
下手人や悪意の是非はともかくとして、あれは本当に怖かった。マジで言葉にならないくらい。
オギャーと何となくこの世に生を授かってから初めての…いや二回目の心霊体験だった。
それを決してもう一度経験したいとは思わない。絶対に。
僕の性質はそんなに命知らずなチャレンジャーではないし、恐怖体験をして喜ぶようなロマンチックなマゾヒストでもないはずだ。
「…そうね。あれは、全部。私」
なんとなく答えづらそうに、決して目線を僕に合わせようとはせずになされた、切れ切れの告白。明白な懺悔。
それは何よりも雄弁な回答。
意図した沈黙がもたらすのは、やはり金だけでは無いらしい。
「それなら何で今更になってからなんだ? 僕達が初めて会ってから結構間が空いているけど…」
彼女の言葉を借りると、僕は『理の外のもの』に惹かれやすくなっているらしい。
けれど、小六の冬休み以降そんな体験をしたことはない。それは明らかにおかしい。
『この世界』はかなりロジカルかつシステマティックに出来ているにも関わらず、心霊写真が撮れたことはないし、級友達と肝試しをして本当に幽霊に出会ったことはない。ポルターガイストどころかプラズマ的な火の玉だって一度も遭遇したことはない。
過去に一回、僕は幽霊に行き会っているのだから、その後も次々とそういった類のものに会っているほうがむしろ自然だと思うのだけど…。
「あぁそれはね、私達に惹かれる理由は幾つかあるの。何かのショックで心が揺らいでいたり、弱っていたりしても惹かれやすくなる。何か心当たりは?」
心が揺らいで弱くなる、ね…思い切りあるよ。とびっきりの動揺と契機がね。
「それに、正直に言ってしまうと私も結構危なかったの。自縛霊の一歩手前かな。だから、より思いが強く鋭利になって、力も強くなっていた。そして、より行動が思念に直結したものになったの」
気がつけば僕らは脚を止め、話し込んでいた。尤も、脚をきちんと止めたのは僕だけで、彼女は宙ぶらりんに浮遊していた訳だけど。
って、え? マジで? たしかにシャーロットも「彼」も同じように蠢いていた。だけど。
でも、何でだ? 何がそこまで彼女を追い詰めたのだ?
「でもさ、どんな思いが燃料になったらあんな過激な行動をとるんだ? 僕、なんかしたっけ?」
僕は一体彼女に何をしたんだろうか? あの日僕が話しかけたことがそんなに不快だったのかな? 呪われる程に罪な行為だったのだろうか? それなら結構傷つく。余計なお節介どころじゃない。裏目に出まくり。
「え~っと、その…あのう…」
何だよ、ハッキリしないなぁ。相も変わらず切れ切れで要領を得ない。
そこまで言い辛いことを思っていたのか? どんだけの怒りを込めた末の脅しだったんだよ…。
「あの公園で初めて雪人を見て…その…」
「シャキッと答えられないような理由なのか?」
そんなにも言葉にし難いものなのだろうか?
もしかして、また口づけで伝えるのかとも思い少し警戒を強める。
確かに一発で理解できるけど、その度に僕の精神と理性がジリジリと削られるので、是非とも辞退させていただきたい。全力で。
「御主人様には分かっていると思うのだけれど、私って生前友達がいなかったの、もちろん…恋人なんて…」
まぁ、さっきの
「それで…その」
やっぱり煮え切らない。
「言いたくないなら別にいいけど…どうでもいいし」
無理に聞くこともないだろう。
そう思い、気遣ったつもりだったのだが、何か弾ける音がした。というか、千切れるというか…。
「本当に馬鹿なのね―――ただの一目惚れだったのよ。私が貴方に」
はい?
「だから、貴方が愛おしいのに、貴方は会いに来てくれない。私は貴方に会いたくて現世に留まったのに、私の姿すら見えていないようだし。それでフラストレーションが溜まっていって、それで昨日の夕方のことはその反動って言うか…その」
「僕を呪い殺して連れていこうとしたってか? それで、公園で彼から僕の魂を救ったのは、僕の家に殺しに行く途中でたまたま見つけただけとか…?」
それだったら面白いのになぁ…。
「…………」
「―――マジですか?」
「概ね…そんな…感じ、です。ハイ」
本気のバタフライしている双眸には涙が滲み、キツくこれでもかと唇を噛み締めている。オイオイ、そんな良い顔をするなよ。恍惚に溺れそうになる。大変いいね。あぁ…もっと、虐めたくなるじゃないか。
「とどのつまり、シャーロットは僕に一目惚れしたけど、僕にはあの日以来君の姿が見えなかった。会いたいのに会えない。憧れの僕を思う日々。報われない片思い。持て余すココロとカラダ。そんな焦燥感とかが積もりに積もってしまった結果、もう僕を呪って、殺して自分だけの物にしようとしたと」
そういうことなんですかぁ? と悪意たっぷりに、シャーロットに問い掛ける。
「あーそうよ、そういうことよ。一から十までその通りですよ! 貴方の想像した通りでしか無いほどの単純でちょろい女ですよ!」
うお、キレた! 全力で泳いでいた目は既に鎮座していらっしゃる。
「私は御主人様が、貴方がっ! 東雲雪人が好き好き大好き超大好き! 果てしなく愛している。もう止まらない止められない。私の中に溢れるこの愛は、とどまることを知らない。留まりたくない! 例えるなら銀河系…いやブラックホールよりも深く想っているわ。貴方の中に嫌いな所など塵芥ほども思いつかない。だけど、好きな点なら体内の細胞の数よりも多く挙げられる。髪の毛の先から骨の一片に至るまで、全てを私の物にして独占したいわっ! どう? これで満足かしら、貴方は?」
切れないはずの息を切らしながら、彼女は絶叫する。
美人な年上のお姉さんに面と向かってこう堂々と言い切られると嬉しいのだけど、愛の絶叫を聞けて凄く嬉しいはずなのだけど、普通の男子高校生の感性を持つはずの僕は小躍りでもして喜ぶはずなのだけど…そのはずなのだけどさあ………
「なんて言うか、そのさぁ…正直……ちょっと引く…」
うん、まあ率直に言えばドン引きである。
僕のキャパシティを完全に超える重さ。僕の有する小さく薄い器では受け止めきれない。余裕で不可能。
だって、普通に恐いよ。昨日の夕方に僕に降りかかった怪奇恐怖体験とか霞むぐらいの衝撃。いやだって骨の一片って……。
「さぁ、貴方を殺して私も死ぬわっ! 末長く久遠の時を一緒にいましょう!」
なんかヒートアップしまくっているな。話の方向性、及び着地点を完全に見失っている。
この辺りが引き際か。これ以上は身の危険(主に貞操の危機)がすげぇことになる。
それに、巫山戯るだけでは彼女のオモイに対して失礼だ。
「ごめんよ、シャーロット。僕が悪かった。でも、君の気持ちは痛いほど感じた」
真実の愛に答えるには僕の言葉は軽い気がする。
それでも言葉を紡ぐ。精一杯の誠意を込めて。
「でもごめん。君の気持ちには応えられない。こういう身の上だからとか君の愛が重すぎるからだとかそういうことじゃない。あのね、シャーロット―――
僕には好きな奴がいるんだ。
僕の言葉を受けた彼女は苦い笑顔で少し俯く。淀む空気。
「……それは残念。私を振って選ぶ位だから、さぞかしいいオンナなんでしょうね?」
「まあね」
僕も苦い笑顔を返す。
「絶対的な指針なんて無いけれど、だけど、僕にとっては最高にいいオンナなんだよね」
何とも言えない空気。それを振り払う意味も込めて、また一つ質問。
「というか、気になったんだけど、僕らはもう死んでいるのだから、これ以上は死ねないのでは?」
彼女も思うところはあるだろうけれど、それでも僕の質問にきちんと答えてくれる。
これが他人の好意を袖にするということ。重くのしかかる。
「あら、貴方は普通に死ぬわよ」
嘘だぁ、二回死ねる訳無いじゃないか。なにその想像を絶する地獄。
「って待て… 僕は? ならお前は死なないの?」
僕は死ぬけど、シャーロットは死なない? そんなの理不尽だ!
「私の場合は、完全に自縛霊へと変化しているのならば、心が折れたら死ぬことになる。まだ死にたくないと想う内は、死ねないの。所謂、未練が残っている状態ね。でも雪人の場合は、ほら中途半端なもんだから。デッドラインを人間であったときより越え難いだけで、普通に死にます」
なにそれ。僕、弱点しか無いじゃん。
多少の
「それでも貴方は『彼女』を助けるのでしょう?」
蠱惑的に蒼い弓張月が微笑む。その通りだ。
リスクが高くても、僕には弱点しかなくても、弱点を補うだけの利点がなくとも、それは諦める理由にはならない。僕を止めるだけのストッパーに昇華することはないんだ。
ただ助けたいから、助ける。ただ、それだけなんだよ。それ以外の理由モノは僕には要らない。照れくさい話だけどね。生前の僕はこんな熱血なやつじゃなかったと思うんだけど…。
「…まぁな」
そこで、シャーロットは地上に降り、恭しく片膝を地面につけて、芝居がかった声で告げる。どうでもいいけど、キャミワンピ? でそんな体勢をとると下着が丸見えだぞ……黒かぁ。テンプレだけども素晴らしい。
「貴方がそう望む限り、私は貴方の剣となり盾となることを約束致します。自らの罪と、淡く報われない恋心に誓って」
僕に向けて軽くウインク。一体僕はどうリアクションすればいいんだ?
かつて意図せず振って、現在に明確に振った女性に対してどう答えるのがベストなのだろう。
「その、なんだ。人をモノ扱いするみたいで嫌だけど、お前がそう言うのなら、僕はお前を使おう。僕達の望みのために利用しよう」
「お言葉ですが御主人様、私は人ではありませんよ?」
ブラックなジョークがふわふわと漂う沈黙。
僕は何故かそれが堪らなく可笑しく、吹き出してしまった。それに釣られたのか、彼女も笑う。
僕らは互いに人間ではなくて、生き物ですらないのだけど、そこには確かに信頼と呼べるものがあったように思う。
「―――――――――」
悲鳴が聞こえた気がした。耳に入るだけで、胸が締め付けられるような悲痛な叫び。
魂がざわめく。この声の主は、多分。
「シャーロット、今の…聞こえたか?」
心に波が立ったのを感じた。
「えぇ」
「場所は分かるか?」
彼女の顔に先程のような笑みはなく、真剣な眼差しで答える。
それが事態の切迫さを現しているのだと思う。
「おそらくは」
よし、イイ子だ。軽く彼女の頭を撫でる。ふんわりとした柔らかい感触が右手に残る。
「ならば、僕をそこに連れていけ」
思ったよりも低く真剣な声が出た。状況は恐らく、急を要する。
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