2-3
今日の面接は散々だった。今しがた面接を受けていた大手町のオフィスビルを睨み、背を向ける。街ゆく年季の入ったサラリーマンたちが、就活生だということを見透かすような目でこちらを一瞥しながらすれ違っていく。彼らは平日昼間のビジネス街に潜り込んだ異質物に敏感なのだ。行きと違ってコートを着ていない分、その視線は三月のしつこい寒さと一緒に身を刺すようだった。
オフィスから離れるごとにだんだんと腹が立ってきて、近くにあったくすんだウィンドウのカフェに入り、ブレンドを注文してすぐに煙草に火をつけた。都心には案外喫煙できる飲食店が多い。会社員の客が多いからだろう。注文をとった若い女性店員は俺の機嫌の悪さを察したのか、過剰な接客スマイルをはがし、気配をなるべく消すようにしてさっとコーヒーと伝票を置いていった。
「それでは、黒柳さんが当社でやってみたい仕事について教えてください」
今日の面接は、大手の化学系メーカーで人事担当ではなく営業部門の七年目の若手社員が面接官だった。営業と言っても銀縁眼鏡をかけた細身の男で、どちらかと言えばインテリ系の印象が強かった。
「はい。私は御社のフィルム事業に携わりたいと思っています。理由は、フィルム事業が今後御社の成長の要となっていく可能性が高いからです。御社の基幹事業であるガラス事業は一番の売上の支えではありますが、今後海外市場の伸びが懸念され、競争力が課題になっていきます。一方、フィルム事業は規模としてはまだ小さいですが、環境問題を考慮すると市場の潜在性は大きいという話を聞いております」
「おお、よく調べてますね。フィルム事業に目をつけるとはね」
面接官の感心したような顔を見て、俺は手応えを感じた。予習は完璧だったはずだ。企業ホームページの情報は隅から隅まで熟読していたし、そのメーカーに関する情報は大学図書館の日経新聞のアーカイブで過去三年分すべてチェック済みだった。
「せっかくなので、黒柳さんの考えを聞かせてください。今後この市場の成長はどうなっていくかと思いますか?」
「あと五年は上り調子でしょう。ですがそのうちアジア系の新興企業が低コストでの生産体制を整えてくるはずです。そこへの先手として……」
面接官自身もこの話題に食いつき、面接というよりはディスカッションのような雰囲気になってしまった。しかしそれが悪いことのような気はしない。説明会では若手の発言を重視する社風だと言っていたし、問題ないはずだ。気づけば決められていた面接の時間はほぼ終わりに近づいていた。
「はは、黒柳さんがあまりにお詳しいんでつい盛り上がってしまいました。さて、もう時間的に最後の質問にはなるんですが、黒柳さんは学生時代に何をやられていましたか」
最後の質問は就活では一番定番の質問だった。他の面接でも同じことを何度も聞かれているから、俺の口からはスムーズに言葉が出てくる。
「勉強とアルバイトです。特にサークルには所属していなかったので、浪人生の時からの友人と定期的に勉強会を開いたりしていました。アルバイトの方は個人経営の居酒屋でキッチンのスタッフをしています」
一瞬面接官の表情が真顔になる。なぜだろう。何か支障のある内容だっただろうか。しかしそれは気のせいだと思い直す。面接官の表情はすぐに笑顔に戻ったからだ。
「……なるほど。最近は遊びに惚けて学業を疎かにする学生が多い中、立派ですね」
そのトーンはそれまでと違いどこか機械的なように感じた。定型の質問だから、彼の対応も定型に落とし込まれているだけだろう。面接官は手元にある面接票に何やらメモをし、にっこりと微笑んだ。
「黒柳さん、今日はありがとうございました。新卒の就職活動は人生に一度の機会なので、ぜひいろんな企業を受けてみてください」
その時は、この一言に「なんて気遣いのある会社だろう」と少し感心したくらいだった。
「ありがとうございます。失礼します」
面接の部屋を出てオフィスを出ようとすると、面接前に待たされていた受付前のスペースに数人の学生がいた。おそらく次の時間帯の組なのだろう。いずれも見たことのあるような顔で、その中には相変わらずジェルによって髪から光沢を放っている佐々木の姿が見えた。大手の企業だと同じような時間帯に同じ大学の学生でまとめて面接が行われることも多かった。
「よう」
佐々木は俺に気づいて驚いている。どうだ、何を質問されたか気になるだろう、たまには俺から教えてやる。
しかし、その後の佐々木の言葉は信じ難いものだった。
「クロ、お前何も調べずに受けてただろ?」
「は? ちゃんと調べたよ。下手したらここの社員より事業のことには詳しいぜ」
「いや、そうじゃねぇよ」
佐々木は周りの就活生に気遣いながら、こちらに近づいてきて耳打ちをした。
「……ここ、新卒は高学歴でサークルとかのリーダー経験のあるやつしか採用しないって、ネットの掲示板じゃ超有名な話だぞ」
リーダー経験。予備校からの惰性で続いている付き合いくらいしか学生同士の交流がない自分には無縁の言葉だった。つまりあの面接官の最後の言葉は、遠回しな「お祈り」だったというわけだ。その時佐々木の格好を見て面接室にコートを忘れてきたことを思い出したが、とても取りに戻る気にはなれずそのまま出てきてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます