鼻ほじりしか取り柄のない俺が異世界に行ったけど何とかなった

おっぱな

第1話 鼻ほじりの天才

第一話 王の間で鼻をほじる


 ――お願いだ! 姫様の鼻をほじってくれ!


 反響する怒号。

 荘厳な大理石の天井から吊るされた燭台が震え、煌めく光の粒が床に散る。


「早くほじれつってんだろ!!」


 声の主は筋骨隆々とした男。鎧の継ぎ目から筋肉が盛り上がっている。

 その横で長い耳を持つエルフの少女が青ざめた顔で頷いた。


「お、お願い……姫様の命が危ないの……!」


 王の間と呼ばれる場所の中央。

 金の刺繍を施したベッドに、金髪の少女が静かに横たわっていた。

 まるで眠るように美しいその顔の、鼻の穴がわずかに動く。


 ――俺は、そんな場面の真ん中にいた。


 気づけば、どこか西洋風の建物の中。

 どう見ても夢か幻覚のような光景だが、俺の指先は確かに冷たく、空気には金属の匂いがある。

 つまり、これは夢じゃない。


「……状況を整理させてくれ」


 屈強な男が叫ぶ。


「姫様の呼吸が止まりかけておる! だが、鼻の奥に“呪詛の結晶”が詰まっている! このままでは脳に回ってしまう!」


「つまり……」


「ほじるしかない!」


 そんな説明、聞いたことがない。


 エルフの少女は震える声で続けた。


「私達には、その……“鼻をほじる”という文化がなくて……っ! あなたは召喚された“選ばれし鼻掘り士”なの!」


 選ばれし……何?


 理解不能な言葉が脳内を通り過ぎる間もなく、男が俺の肩を掴んだ。

 その握力は握手の域を超え、骨を軋ませるほど強い。


「頼む! 姫様を救ってくれ!」


 ……いや、無理だろ。

 俺だってこれまで鼻をほじってきたけど、他人の鼻をほじったことはない。

 それに、王女の鼻なんて恐れ多い。


 しかし、目の前の金髪少女の顔は透き通るように白く、長いまつ毛が微かに震えていた。

 このまま放っておくと本当に危なそうだ。


(……いや、違う。これ、普通に救命行為だろ)


 俺は覚悟を決め、膝をついた。

 右手の指先を軽く曲げ、狙いを定める。


「姫様、失礼します」


 屈強な男とエルフが息を呑む。


 ――ズボッ。


 空気が止まった。

 俺の人差し指は、王国の未来を担う姫の鼻の中に深々と侵入していた。

 何かが指先に触れる。

 硬い。乾いている。だが、確かに“それ”だ。


「見つけた……!」


「す、すごい……!」


 引き抜く。

 粘着質な音を立て、黒く輝く塊が指先に現れた。

 それはただの鼻糞ではない。表面が微かに光を放ち、空中で霧のような魔力を発している。


「これが……呪詛の結晶……」


 エルフが震える声で呟く。

 男は拳を握りしめ、涙を流していた。


「やった……姫様が息を!」


 ベッドの上で、少女の唇がわずかに動いた。

 胸が上下し、やがてか細い声が漏れる。


「……ふ、ふが……」


 次の瞬間、少女が目を開けた。

 透き通る緑の瞳が俺を捉える。


「あなた……誰?」


 その声は驚くほど澄んでいて、息を飲むほど綺麗だった。

 俺はまだ鼻糞――いや、“呪詛の結晶”を持ったまま固まっていた。


「俺は……副島そえじま。中学生」


「ちゅう……がくせい?」


 少女はきょとんとし、周囲の者達も顔を見合わせる。

 屈強な男が叫んだ。


「まさか……異界より召喚された救世主殿か!」


 俺は反射的に言い返す。


「いや、ただの鼻ほじり中学生です」


 その瞬間、王の間に沈黙が落ちた。

 燭台の炎がぱちりと弾け、姫の鼻先で揺れる。


「救世主殿……」

「……は、はい?」


「姫様の命を救ったその指――我らは“神の指”と呼ぼう」


「やめろ」


 俺の抗議を無視して、エルフが跪いた。

 彼女の顔には涙が光っている。


「あなたが来てくれて、本当に良かった……この国は、もう滅びかけていたの」


「いや、待ってくれ。俺、まだ状況が全く分かってないんだが」


 姫がゆっくりと体を起こし、俺を見つめる。

 その微笑は、どこか確信に満ちていた。


「――副島、あなたをこの国に召喚したのは、私。お願い、どうか力を貸して。私達の国を、救ってほしい」


 まるで夢のような台詞。

 だが俺の頭の中では、別の疑問が渦を巻いていた。


(……鼻をほじっただけで、国を救う話になってないか?)


 こうして、俺の異世界生活は始まった。

 鼻糞一つで始まる、誰も望まなかった救世譚である。

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