第149話 ドライブ

影的巡礼野郎に天国行き片道切符をしっかり握らせて送り出した俺はまるで徳を積む修行僧のようなもの。この調子で天国への道先案内を地道に続ければさぞや神様の覚えもめでたいことだろう。神様的な何かさん、俺達の活躍見てくれましたか?貴方の信者らしき愚かで哀れな子羊を3匹生贄としてお送りましたよ?


もしヤツラが天国へ昇ったのなら送った俺達の評価を上げてくださいね。そうじゃなくて地獄へ落ちたのなら、この場合も神のしもべを騙る罪深き僭称者を始末した功を称えてください。よろしくお願いします!


さて、思いっきりあばれたせいで野次馬が集まってるが気にせず影野郎の体を抉って魔道具を取り出そう。あらら、衛兵が周囲を取り囲み始めたな。はいご苦労さん、ご苦労さん。悪いがズルさせてもらうぜ?「転移」を使っちゃうんだよ!


町の端の方に転移して適当な宿にチェックイン。お金は影野郎からパクり済みなのだ。順調この上なし。


「キーン。もう眠くて死にそうだがこのままじゃ落ち着いて寝れねぇよ。お前の魔法と、影1号、2号を最後どう殺ったのか教えてくれ。見てたけど何がなんだかさっぱり分からねぇ。俺達をずっと騙してたなんてことはないよな?ああ。俺だって本気でそう思ってるわけじゃないけど、なにせいきなりだったろ?普通じゃない。そう普通じゃないぜ。そもそも複数の魔法を使えるなんてヤツは聞いたことないし、だからお前がそれを今までずっと隠してたとしても不思議じゃない。でもここにきてカミングアウトするってんなら俺の心はまさに砂クジラ。全てを一飲みにしてやれるぜ?いや、まさかだけどさ、うん。もしもだよ?もしもお前がダンマリ決めるっていうなら俺はもうあれだ・・・帰るよ。帰る場所なんてもう無いようなもんだし、それもこれもお前のせいみたいなところあるけど俺だって男だ。泣き言なんて言わねぇ。お前がいなければ俺のスベスベで柔らかだった手のひらが血で汚れるようなことなんてなかったし、情報を扱う一族としての知的でクールな頭脳が野蛮で原始的な弱肉強食なんて四文字で支配されることもなかったなんて、いやいや、そんな・・・なぁ?なにもかもお前のせいみたいなとこあるけど、それはそれだもんな?」


「いや・・・うん。まぁ、もちろんだよシュラー。まぁもちろんだ。俺は今すぐ、まさにジャストナウで寝たいし正直面倒だから明日にしたい。いやなんだったら明日もパスしたいくらいだが、そこはほかならぬお前の頼みだ。説明しようじゃないか。そんであらかじめ言っておくがシュラー。話しがくどいぞ?さすがにイラっとしたわ。まぁいい。まずはどっちだ?前提から?うん。魔法の方ね。複数の魔法はな。あぁこれちょっとややこしいからとりあえず簡単に説明するぞ?魔法のタネはこの左腕なんだ。この腕には魔法を複数入れておける。器が大きいっていうのかな?腕一本でなんと魔法を4つストックできちゃうんだぜ?ふざけてるだろ?」


「腕に魔法をストックできる?どこの世界の理屈だよそれ。あんまテキトー抜かしてるといくら心の広いシュラーさんでもドタマにくんぞオイ」


「理屈なんて知らねぇよ。とにかく出来るんだ。方法は簡単。魔法を持ってるやつの魂から魔法を引っこ抜けばいい。それも腕が勝手にやってくれるんだから気が利いてるだろ?おい、笑うなよ。冗談じゃない。本当の話だ。あぁあ、だから面倒なんだよなぁ。ちゃんと聞けよ?俺、毒で死んだだろ?あれ本当に死んだはずなんだけど、復活したよな?多分だけど、そのせいで俺は人の魂的なものを認識できるようになったんだ。魂って言ってもぼんやりとした光の玉みたいなもんさ。もちろん気付いたのはつい最近だ。ハッキリ言って今回の戦場だよ。人がたくさん死んだ。魂も天に昇ったり地に浸み込んだりしていたよ。最初は何かの魔法攻撃かと思って避けたり剣で払ったりしたんだけど、どうにもならなくてよ、焦ったぜ。こっちからは干渉できないし、向こうから何かされることもない。そんな感じで、まぁ、うん。そうだったんだ。でだ、俺のこの魔族謹製、呪いの左腕の登場ってわけだ。もう分かったと思うけど、こいつは魂に干渉できる。うんそう。分かるよ。嘘くさいだろ?でもまぁそれができて、吸収っていうか捕食っていうかそんな感じでいけるんだよ。震えるぜ実際」


「どんどん話がぶっ飛んでいくな。チャンネリはこの呪われたアホの言ってること分かるか?」


「え?うん。食べた魂?それで、魔法が使えるようになったんでしょ?魔族のことはよくわからないけど、やっぱりキーンだよね。わたしもわたしの見る目があることに自信が持てるし、いいことばっかりだよね」


「そう。その通り。チャンネリ、正解。シュラーはちょっと黙ってろ。続けるぞ?俺自身は神的なものから魔法を禁止された。禁止?いやまぁ、魔法を使えなくされたんだ。だからもう当然のことながら魔法は使えないはずだった。けど左腕を介すことで使えるようになったって運びだ。ひどい屁理屈みたいな話だろ?けど魔法を持っているのも使うのもあくまで左腕。そしてこの左腕は俺の体の一部とは言うものの俺とは別の魂を持ってる。だから魔法は使えるんだ。ただ腕は俺の魂を乗っ取ろうと頑張ってるよ。最初はちょっと喰われたしな。でも俺は俺で死亡体験から魂の綱引きの熟練度が上がってるからさ。今は俺が優勢だ。ハハハ、我ながら笑えてくるよ。俺だって訳わかんねぇんだよ」


この世で死んだのは1回だけど、転生時にも1回死んでるからね。死亡のプロみたいなものだ。あの世とこの世を行ったり来たり。なんとなく魔族よりも魔族っぽい俺。


「待て待て。魂ってそれ本気か?ホントに見えるって?つまりそういうものが存在するってことか?何かの比喩じゃなくて?」


「さぁな。俺は魂と呼んでるけど、実際どうなんだろう。左腕が喋って教えてくれるわけじゃないからな。でもそこから魔法をゲットできるってことが俺には重要でさ。それが人の魂かどうかなんてどうでもいいんだわ」


「おい。お前・・・そこ大事なとこじゃない?いや、戦場で気付いたって言ったか?そんなんであんな派手な大立ち回りをやったのかよ。ぶっつけ本番みたいなもんじゃないか。お前・・・」


「あぁ。悪いな。どうにも我慢できなかった。お前らには危ない橋を渡らせたけど謝りはしないぜ。あの場面は時間が経てば経つほど俺達には不利だったからな」


「あぁ。結果から考えればいい選択だったんだろうけどな。でも魂ね。それ人以外のも見えんのか?見えない?そうか。それで腕一本で複数の魔法。ホントだぜお前、嘘くさすぎてなんて言っていいか分からねぇ」


「だろうな。だが俺は深刻には考えていない。この腕をくれた魔族の意図は分からんし、この先落とし穴があるのかもしれないけど、魂の引っ張り合いは俺に分があるみたいだから、現状は問題ない。最悪これが原因で死ぬことになっても・・・所詮それだけの話だ。問題ないぜ。そうだろ?それで今俺が使える魔法なんだが、身体強化、気配察知、治癒、そして転移だ。ウォーターボールを捨てて転移に替えた。すごいだろ?鱗もあるし、レベルアップ感がハンパねぇよ」


「ねぇねぇ。わたしのはどーけんも効かないかな?」


「それはちょっと厳しいかな。でも即死はしないと思うぜ?そしたら治癒魔法で復活だ」


「え?ちょっとまって。そっか。そうだよ。治癒魔法だよね。それがあるんだもんね。だからキーンの鱗も無限に剥げるって・・・そういうことなんだね?暗にそれを示唆したんだよね?」


「いや全然そういうことじゃないよチャンネリ。全然だ。むしろお前の頭の中を洗浄してキレイにしてから治癒魔法で治す必要があると、そういうことになるのかな?狂ったはなしで暗にそれを示唆したのか?」


「止めとけキーン。お前の運命は何もお前ひとりで決められるものじゃない。チャンネリという名の俺達とは違う何かが、もうお前が言うところの魂とやらに食い込んでるんだよ。俺にはそれが見えるし、お前だってもはや否定できまい」


「そういうのいいから。お前まで面倒なこと言うなよ。さっさと話を終わらせようぜ。いったん魔法の方はこれでいいな?あとは影1号、2号か。そっちの説明はチャンネリでもいいんだけど」


「うん?わたしのはどーけんで1号をぐちゃぐちゃにして、キーンはお水でしょ?2号の口から叩きこんで・・・それだけだよ」


「いや、キーンは最後黒い渦に消えたようだったのにいきなり現れたし、チャンネリだって急に出てきてさ。なんだったんだあれは。キーンのは身体強化ってことか?それにしても不自然な速さだった気がするんだが」


「シュラー。それなんだが、チャンネリの波動拳っておかしいと思わないか?身体強化の魔法使いは数多いるのに、波動拳みたいな技を使うヤツはチャンネリ以外見たことない」


「そうだな」


「俺の気配察知も結構なものだった。他人がどう使っているのか分からないが、話を聞く限りは俺のものとは別物だとしか思えないものだった。つまり魔法ってのは俺達の知らないことが色々まだあるんだよ」


「かもな。それで?」


「消えたように見えたのは俺の身体強化だ。チャンネリの波動拳をイメージして足から力を爆発させた。それで一気に移動したんだ。ぶっつけ本番だったが、チャンネリというお手本がいたお陰だな。なんとかなった。足はズタボロになったがな。すぐに治癒魔法で直したんだよ。チャンネリの急参戦は事前にチャンネリを治癒で回復させてたんだ。お前は気付かなかったようだが」


「ハハ。もう色々突っ込みどころがヤバいな。お前・・・ホントに何者なんだ?やっぱり魔族とかって・・・そういうオチか?」


「俺は人族のガキだよ。だがお前がそう思いたいならそれでもいい。大事なのはそこじゃないからな」


「そうか。とりあえず分かったぜ。まったく・・・ヤバいな。お前といると命がいくつあっても足りないってやつだな。俺は・・・こんな予定じゃなかったんだけどな・・・」


シュラーは自嘲しながらぶつぶつ始めたが、この後しばらく3人でやんややんやと話し合い、誰からともなく寝た。あまり意味のある会話はなかったと思う。もう疲れすぎて頭も回らなかったしね。


次の日は夕方近くに起きて、まだだるい体に鞭打って旅支度を整えた。とは言ってもお金はほとんどなかったから保存食を買ったぐらい。


戦場のこととか巡礼野郎とか、面倒事が多いから買い物したあとすぐに出発したかったがチャンネリが熱を出して寝込んでしまったので出発は延期になった。治癒魔法ってこういう病気とかにはほとんど効果ないのね。はじめて知ったよ。


影からくすねた短剣を売ったお金でなんとか宿代を工面し、俺は新たに手に入れた魔法の練習。シュラーは影野郎から奪った魔道具のチェックと町で情報収集。影野郎の死体は持ってくるわけにもいかなかったから問題はすぐに起きるだろうと予想している。いや、もう水面下では何かが動き始めているんだろうさ。


ただ俺達には「転移」があるから逃げるのはどうにでもなると思ってもいる。シュラーにも話した通り、魔法には応用技とでも言うようなものがあるから「転移」をより使いこなすのが当面の目標だ。


影1号は落とし穴的に使おうとしていたがあれは応用技って程ではないよなぁ。チャンネリなら波動拳。俺の気配察知なら3Dマップとか予知にも等しい動きの予測能力。これが使えるのと使えないのでは天と地だ。チャンネリだって実質2つの魔法を持っているようなもの。「異空間」だってはじめからちゃんと能力を認識できていれば今頃は・・・。


やば。これは暗くなるから考えるのやめよう。しかし魔法はどこまでも俺を弄ぶな。要所要所で嬲ってくるんだ。これまで何度こんなことを考えたことか。そのたびに魔法を憎んだり、恐れたりしてさ。結論なんて出やしねぇ。


魔法は神が人を憐れんで与えたものっていう説があるのは知っている。イカレエルフは神の力の欠片と言っていた気がする。ただ結局魔法はただの力であって、魔法自体に意思があったりするわけではないんだ。


弄ばれてると感じるのは俺がただ使いこなせていないだけのこと。自動車は人も物も運べるが、人も殺せるっていうスゴイもの。その意味では俺はただ車を人殺しの道具として使っているだけの状態。それでいてその現状を車のせいにしてるんだからそりゃ結論もクソも出るわけない。


”車がなかったら人を殺さずにすんだのに!”とか”車が意思を持って俺に人を殺させているのかもしれない!”とか、マトモな人間はこんなこと考えないもんね。


詰まるところ使い方次第ってやつだな。まぁいいさ。偶然とか必然とかそんなことは知らない。持っている力で生きていくだけだ。俺は何度か車を失ったが、今度は4台も手に入れたってこと。だったらドライブするよな?目的地なんてなくたって、乗ってりゃどこぞへ辿り着くだろう。


あぁ感情の浮き沈みが激しい。この世界の出来事が全部夢で、起きたらそこは地球で俺はただのおっさんでってなったら普通の生活を送れるんだろうか?いや無理だなぁ。俺はもう昔の俺とは別の俺。


自分の掘った穴に落ちて腹を立てながら、誰かが助けてくれるだろうなんて露ほども考えない男。自分が掘ったにも関わらず穴を掘った犯人を自分以外のところから無理やり捻り出し、そいつを殺しに走る狂ったドライバー。


シュラーとチャンネリがいなければ、新たに手にしたこの力で何をしでかすか・・・。やば。また暗くなってきたな。止めだ止め。「転移」の練習を続けよう。


基本「異空間」と同じようなもんだから、出したり消したりは簡単だ。この渦を体に沿って張り付かせたりできないかな?鎧的にさ。そしたらかなり無敵なんだけど・・・ちょっと厳しいな。上手く形を整えられない。防御に使うならやっぱり盾っぽくするぐらいか。


渦の大きさは直径5メートルくらいが限界みたい。それでも優秀だよな。奇襲でもされなきゃほぼ負けない気がする。でもそれって奇襲されればあっさり死ぬってことなんだよね。影1号を殺ったみたいにさ。


この魔法が最強だ!なんてものはない。「転移」はかなりの魔法だと思うけど、これだけで無敵なんてことはない。うーん。もうなんか考えるのだるいな。


長閑な田園風景が広がる田舎の家で、コーヒーでも飲みながら恋愛小説を読んで、時どきクスっと笑って足元の犬を撫でる。俺の老後はほぼ100パーセントこんな感じのはずだ!なんてことを妄想しながら宿に戻る。病んでるだろ?


チャンネリも大分よくなってきたから、そろそろ出発できるだろう。「転移」で飛ぶか、足で歩くか。どっちも捨てがたい魅力があるな。どっちにしろ暫くは金を稼がなきゃな。また鉱物探しでもするかなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る