第141話 スタートの合図なんてない

シュラーとチャンネリは狩りの最中に会った冒険者から噂を仕入れてきてくれた。毒事件が不穏な色を醸し出すなか、俺達のやった領主殺しもそれなりの盛り上がりを見せているようだ。


毒を使った大量虐殺と呼応するようにして起こった領主の殺害。このダブルパンチによって領都を中心に混乱が広がり収拾がつかない状態になっているらしい。


毒を使ってくれたヤツには礼を言わなきゃな。お陰で俺達の領主殺しが何やら策謀の臭いを放つことになった。



生き返ったとはいえ、一度は殺されたんだ。混乱のどさくさにまぎれてなんとかできないものかな。犯人の正体さえ分かれば近所の武器屋で洒落たナイフでも買ってさ、それをお土産に持って挨拶にいくんだけど・・・。現実的には厳しいよねぇ。


こっちも追われる身だから犯人を調べる時間もないし、事件の規模を考えれば相手は組織的な活動をしているんだろうしさ。オッケー、今回は引き分けってことにしよう。お互いアンタッチャブルということで。うん。それが大人の判断ってやつだよね。


「ふたりとも待たせたな!随分待っただろ?けど俺もやっと調子が戻ってきたぜ。そろそろ移動しよう。ところでシュラー、予約の方はどうなってる?何がって決まってるだろ?チャンネリのための誕生日パーティー会場だよ。きっちり押さえてあるんだろうな?」


気分はまだまだだるいが空元気で騙し騙しやっていこうじゃないか。病は気から。無理して元気なふりしていれば、その内ホントに元気になるってもんだ。


「キーン。どうした。急に元気になったな。一度死にかけて開けちゃいけない扉を開けちまったのか?人格が激変するような特別な扉を?しかもそいつを俺にもくぐれといってるのか?驚くべき提案だな。俺がそんな人間に見えるか?見える?え?マジで?うん、まぁそれは置いといて、ホントに体調は大丈夫なのか?もしなんだったらもう少し・・・」


「ねぇ、いま大事なのはそこじゃないよね?キーンの話ちゃんと聞いてたの?体調とかそういうのは今じゃなくない?もっと大事な部分があったよね?ねぇ、わたしがあとどれくらい我慢できるか教えてあげようか?ほら、もう剣を抜いちゃってるよ?見て。わたしの剣が鞘から飛び出してきちゃってる。これが見える?見えてるよね?わたしの気持ちがさ?」


ノータイムでそれかよ。つまりチャンネリは幼い子供でも理解できるくらい、わかり易くはっきりと自分の意見を言える子だ。感情表現が豊かな人って素敵だよね?リスペクトできるかどうかは別問題だけどさ。


「チャンネリ。それはシャレになってないぞ。冗談でもやめてくれ。ほら剣はしまえよ。分かったからさ。そんでキーン、パーティー会場の予約の話はお前にも手伝ってもらわないとな。一緒に準備しようぜ?調子が戻ってきたって、もう移動できるのか?」


チャンネリを軽くあしらっただと?しかもチャンネリの方も大人しく剣を鞘に戻した!俺が鬱状態でベッドに張り付いていた間に何かあったみたいだな。チャンネリを操縦できるようになったなら歓迎すべきだな。シュラーとふたりのときにでも要確認だ。


「あぁ。ここでのんびりリハビリって状況じゃないからな。少しずつでも移動しよう。予定してた西の町はパスした方がいいのか?その辺はふたりに任せるよ。俺の力はほぼ魔法で成り立ってたからな。それが無くなったんだから今の俺は驚くほど弱いぞ?これからは魔法を使った奇襲なんて出来ないんだ。用心して移動しよう」


話の流れでさらっと骨の話もした。ふたりからは夢で見た話でもしているのか?と疑われたが、モノを見せたら何となく本当の話っぽいという程度には信じてくれた。骨を使うリスクを話した段階でそんなもの捨てろと言われたが、俺は使うつもりであることを伝えた。


「ふたりが何と言おうが俺はこいつを使うつもりだ。たかが腕一本に命が削られていくだってよ。しかも結構派手に喰われるかもしれないんだ。そんなの馬鹿げているって言いたいならそりゃ俺だってそう思ってるから。けど俺は少しでも力をつけたい。左腕があったらやられはしなかった!なんてアホなセリフを吐きながら死にたくはないからな」


「それにしたって怪しすぎるな。魔族はめったにお目にかかれないからヤツラがどんな人間かは聞いた話以上にはわからないが、排他的で同族以外は信用しないって話だぜ?お前は取引したつもりかもしれないが、そいつにとってはただの搾取ってこともあるんじゃないか?そもそもその骨は魔道具でもないってんだろ?じゃあその骨は何だよ。俺はそんなもの聞いたことがない。その辺で拾ってきた骨でしたっていう結末ならまだ笑いの種にはなるがな。まぁそれでお前の左腕が本当にどうにかなったとしてもだな、結局お前のためになるとはちょっと考えにくいぜ。お前が魔法を失って焦っているのは分かるが考え直したほうがいいぜ?」


シュラーが言ってることは正論っぽいし、俺の心配までしてくれちゃって、なんだか急にぐっと大人になったなこいつ。破滅型の俺と一緒に無意味なバンザイアタックをして死んでいくような人間かと思っていたが、考えを改める必要があるかもしれない。


ここはとりあえずシュラーの助言を受け入れたことにして骨の話はうやむやにしておこう。やると決めたらやるだけだ。荷物をまとめて西へと歩を進める。もちろんお馬さんでね。


西の町で物資を補給しながらシュラーは情報収集。今まで寄り付かなかった町での情報収集は新たな不安を含んでいた。


「領主殺しの方は大して動きはない。問題は毒の方だな。あの町を国が調査するらしい。もう騎士だの学者だのが領主のいなくなった町に到着したそうだ。異常だな。領主が殺されたことなんてほったらかしだぜ?毒をくらっても生きている魔物がいるらしくてな、そっちを必死で調べているようだ。領都の混乱は大分落ち着いたって情報だが、それはホントかどうか怪しいもんだぜ」


毒で汚染された町にはゴブリンがいるって話だったもんな。毒の耐性をもっているとしたら調べたいと思うのは当然だが・・・。あれ?俺って生き返って毒の耐性とかゲットしたのかな?だとしたらやばくない?見つかったら実験動物の仲間入りされられちゃうじゃん。


「キーン。お前の考えてることは分かるが心配はいらないぜ。俺達の動きを追ってる気配はない。毒と俺達を結ぶ線はないんだ。調査がしたいだけならあそこには調査し甲斐のある魔物がいるんだからそれで連中も満足するだろ」


確かに俺達があの毒の町方面から抜けて来たと知ってるヤツはいないし、俺が毒で死んでから生き返ったなんて情報は誰にも知る由は無い。警戒が必要なのは領主殺しの方か。密かに追手がかかっているとも限らない。まぁ事件が起きてから一週間以上経ってるのに今の状態なんだからこの先も推して知るべしだな。


「今日はここで宿をとって明日からはまた西を目指そうぜ」


シュラーの提案に頷いて俺達は宿で一泊。馬に乗っていただけだがもうへとへとで、ご飯を食べてすぐにベッドで横になった。金はまだある。土俵際でノコッタノコッタするほど追い込まれてはいないんだ。チャンネリの誕生日パーティーのことと自分の戦闘スタイルをどうするかをぼんやり考えながら眠りについた。










ドンッドンッドンッ!と扉を叩く音で目が覚める。ハッと目を開け短剣を掴み扉を睨んでいると外から声がかかった。


「キーン!起きろ!キーン!」


シュラーの声だ。扉を開けるとチャンネリも一緒に部屋に入ってきた。緊急事態のようだけど・・・。


「戦争が始まった」


「戦争?ここって国境からはそんなに・・・」


「あぁ、俺もよく分からんがいま町は封鎖されてるぜ。町の外壁の門が全部閉じられてて出入りできないらしい。衛兵が固めてるし騎士も動いてるってさ」


「それで戦争?オーバーじゃないか?ちょっとした事件とか、お偉いさんが真夜中にやってきたとかかもしれないだろ?」


「いや、東の町からこっちに逃げてきた人間がいる。あっちは攻められたってよ。だとすりゃ次はこの町だ。とにかく情報が足りないんだ。準備してくれ、ギルドへ行こう」


宿は引き払わずに馬も預けたままにし、まずは冒険者ギルドへ向かう。宿の外に出るとまだ朝の早い時間にも関わらず結構な人の動きが見えた。どうやら食料を確保しようと既に動き出しているようだ。


冒険者ギルドにつくと建物の外にも多くの人がいる。冒険者風の人が多いが、この町の住民もいるし、ちらほら商人風の人も見える。商人は有力ギルドを回って情報を吸い出してるのかな?


「キーン。お前はチャンネリとギルド内で話を聞いてくれ。俺は外の商人だ。金なんか惜しむなよ?」


シュラーは商人風の人達に向かってさっさと行ってしまった。やりおるな。浅黒一族の本領発揮というわけか。同じ一族のはずである横の女にはあまり期待できないが、彼女は荒事担当なので問題ない。ここは俺が頑張ろう。


ギルドの建物内は人でいっぱいだった。受付でゆっくり話しを聞くなんて出来そうもない。そんな必要もなさそうだから良かったが。


周りで情報交換している人達の話を盗み聞くだけで少しずつピースが揃ってくる。状況が状況だけにギルドも一々情報の売買なんてしていないようで、職員が手持ちの情報を大声で叫んでいる。なりふり構っていられないようだ。


一通り話しが一巡したところで外に出てシュラーを探すと、冒険者の集団に金を渡している浅黒一号を発見した。


「あぁ、そうだ。じゃあ頼んだぜ!お?キーン。そっちはどうだ?何か分かったか?」


金を受け取った冒険者はどこかへ走り去った。情報の対価?結構ばら撒いていたようだが。まさか倍プッシュはしてないだろうな?それは俺がやりたいやつだよ?


「ガールンとかいう国から攻め寄せてきたってさ。北にある結構大きい国らしい。東の町はまだ落ちていないようだが、時間の問題だってのがギルドの説明だ。送ってる斥候からの情報では町はすっかり兵士に囲まれていて町から外へ逃げることもできないんだと」


「そうか。俺も似たような話は聞いた。敵さんがこっちに寄せてくる可能性が高いな。戦争の気配なんてなかったってのにクソ!」


「そんなもん一般人の俺達に分かるはずもないさ。この国に入ってからそんなに長くもないしな。んでシュラー。さっきの冒険者連中はどうした?」


「あぁ、食料を確保しに行ってもらった。早めに確保しておかないとな。ついでにあいつらと臨時パーティーを組むことにした。ヤツラはこの町を拠点にしてる連中だから俺達が風下だがな。俺達は情報収集班として加わるぞ。いいよな?とりあえず外壁へ行こう。町の封鎖がどの程度のものか見ておきたい」


いきなり戦争とは現実味がないがまさか一般人まで皆殺しなんてことはないだろう。俺達はこの国の兵士でもなんでもないんだから戦いに巻き込まれる可能性も低いと思われる。


シュラーが率先して行動してくれるので楽でいいや。不満どころか俺では出来もしない動きで踊ってくれているので、このまましばらくは見る専でいこう。あとはひとりになれる時間を見つけて骨を使うだけ。


体の調子はいまいちだが少しは楽しくなってきたかな?こうなったら領主殺しの犯人なんて話題はなんとなくうやむやに、そして次第にどうでもよくなるだろうよ。あぁ、ホントにそうなって欲しいものです!

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