第46話 矛盾こみこみ

キーンは140のダメージを受けた!精神的なね!まったく世の中思い通りにいかないもんだ。オオトリを助けに出て行くつもりなんて無かったんだけどなぁ。


様子を窺おうと顔を出したらなんか派手に戦ってるし、エルフの姉ちゃんは背中をバッサリいかれてるしで、もう無茶苦茶だぜ。最初、展開についていけなくて暫く傍観してたんだけど、黒ずくめは俺を出さなきゃランカムさん達を殺すとか言い始めたから、一応の敵味方の区別はついた。


結局黒ずくめを「自宅」に招待したよ。どうもあいつはオオトリとは別口で俺の監視をする役目を負ってるみたいだったから、どうにかしとかないと絶対面倒なことになるもんね。全く二重の監視なんてやめてよねー。


さて、格好つけて登場した俺なんだが・・・終わった後で少し後悔。さっきも言った通りオオトリの連中が殺されようと関係ないし、見捨てようと思ってたんだけど・・・。なんで助けちゃったんだろ?


オオトリの連中が劣勢だったのは間違いない。だったらあのまま黒ずくめがオオトリを始末するのを待ってもよかった。それから黒ずくめをどうにかした方が俺にとっては難易度が低かったと思う。黒ずくめだって傷を負うかもしれないし、少なくとも大分消耗するだろうからさ。


でも俺は途中で介入しちゃったよ。戦闘の熱にあてられて頭に血が上っていたのか?これはよろしくないよ、ふぅ。ただ評価できる点もあるよね。


「殺したくはないか。ハハハ!気が合うじゃねぇか。俺もそうだよ」


なんて我ながら渋いな。渋いよ!ちょっと興奮して笑っちゃったのはマイナスポイントかもだけどさ。それを抜きにしてもいぶし銀だよね?いい味出しちゃってるよね?え?漫画の読みすぎだって?まぁまぁそのくらい許してください。


これは心のアルバムに永久保存でしょ。タイトルは、「渋い俺が来たんだぜ!」なんてどうかな?


クソ!デジタルカメラがあれば動画に残して何度も見返すものを!もうこれ以上の登場は今後一生できないに違いない。俺の人生のピークは今かもしれないのだ!それをただ指くわえて見てろってのか?いいや、そうじゃないはずだ!すぐにでも撮影スタッフを用意して再現VTRの製作を依頼する場面だろう?もしかして・・・俺が間違ってる?


まぁいい。これからは今日という日の思い出のみを頼りに生きていこう。年取ったら若者にくり返しくり返し俺のベスト登場シーンを語るのだ。


煙たがられて話しを聞いてくれなくなったら、別の若者を見つけてまた語るのだ。なんだったら小銭を渡してもいい。子供にはあめ玉を与えよう。なんていやな老人なんだと軽蔑するかい?だがそれこそが年長者に許された最大の権利のはずだ。


おっと、ランカムさんが帰ってきたな。くだらないが俺にとっても極めて重要な妄想はここらで止めておいて・・・なになに?無事もう一人を仕留めたって?グッジョブだぜ旦那。不安材料が一つ減ったな。パームの傷も致命傷ではないようだし、首尾は上々と言っていいのかな。


しかしとうとう「自宅」を人目に晒してしまったな。いつかこんな日がくるだろうとは思っていたけど、こんなに華麗に披露することになるなんて・・・最高に輝いていたな、俺。


オオトリの連中のリアクションも気になる。うん?こっちをかなり警戒しているようだ。「自宅」を見た後なら当然か。俺が助太刀に入った格好にはなっているけど敵味方はまだ曖昧だしね。


「パームさんの状態はどうですか?」


ちゃんと確認しておくか。エルフ女は青い顔をして呼吸も荒い。


「命に別状はないが当分動けないだろうな」


ドミニクさんが答えてくれた。うん。エルフ女、ファイトです!


「それはよかった。なんとか間に合ったようですね」


「ああ、キーンには礼を言わなければならない」


こんな面倒な事になるとは予想外だったがな、とランカムさんはぶつぶつ言っている。とりあえずここに留まるのはまずい。もう国境越えを開始しようという事になり、パームさんはドミニクのおっさんが担いで行くことになった。


俺が小便に行くと言って消えたことや、黒ずくめを片付けた方法なんかへの突っ込みはない。それどころか国境越えチームに俺が加わるのを当然のように話を進めている。助けたことで俺を信用したのか?いや、怪しさは益々大きくなったはずだ。それが分からない連中ではない。


まぁ、連れて行ってくれるっていうならこっちはありがたいから何も言わないけどね。さっきの黒ずくめとのやりとりから、オオトリの連中はそこそこ信用できると思ってるしさ。


黒ずくめを捕らえる前に「自宅」から出しておいた食料は布袋に入るだけいれた。水はさすがに荷物になるので捨てていくことに。俺の水瓶ちゃん!もったいないっす。


俺達一行は夜の森を踏み進む。そこからは魔物にも巡回騎士にも遭遇することなく、体力的にはしんどかったものの、数時間で国境越えを果たした。まだしばらく警戒は必要だがとりあえずの危険は去ったっぽい。


「キーン。さっきのはなんだ?黒ずくめはどこに行った?」


国境を越えて少し落ち着いたと思ったら精霊野郎が聞いてくる。また例の悪い癖が出てきたな?悪い子ちゃんめ。


「さぁ?ママが恋しくなって、おうちに帰ったんじゃないですか?」


「キーン。俺は真面目に聞いているんだ」


「・・・あいつは僕の魔法で捕らえてあるので、大丈夫ですよ」


「お前の魔法か?」


ランカムさんはそのまま黙ってしまった。俺の「自宅」の正体を考えているんだろうね。見られたからと言って本当のことを教える気はない。


「キーン。お前の魔法はどういうものなんだ?俺達をある程度信用したから見せたんだろ?無理にとは言わないが教えてくれないか?」


ドミニクのおっさん。あんたらが信用できるかどうかなんて関係ないぜ。この先すぐにお別れするだろう連中に、俺の手の内をペラペラ喋るわけないだろう?


「そうですね。僕の魔法は拘束系です。言えるのはこれくらいです」


ええ、嘘ですけどね。


精霊君もおっさんも獣人姉ちゃんも一斉に考え込んでしまった。ランカムさんの「気配察知」があるから魔物は大丈夫だろう。せいぜい考えてくださいな。俺も今のうちに「自宅」に閉じ込めた黒ずくめをどうするか考えておかないとなぁ。


いまいる場所から最も近い大きめの町へは2日もあれば着くらしい。それまでには黒ずくめをどうにかしておきたい。ミスリル化が期待される銀貨だって早く「自宅」に入れ直したいのだ。


ではどうするか?大きくは二つの選択肢がある。黒ずくめを生かすか、殺すかだ。

ここは最初から決めている。殺しはしない。


俺ももう立派にこの世界の住人だけど、前世の考え方が先にくるのかな?やっぱり殺人には忌避感が強い。さっきランカムさん達が敵を始末してきたのには、よし!と思ったけどね。色々矛盾してるし、これからもそうなんだろうな。


黒ずくめはどこで外にだそう?オオトリの連中にも協力してもらわないとな。協力してくれるかな?ダメならダメでいいか。


うん?おーい、ドミニクさん。パームの姉ちゃんのヨダレが背中についてるよ?いいのそれ?はぁあ、こっちだって体中痛いんだから背負って欲しいわ。俺まだ子供だよ?中身はおっさんだから我慢できるだろって?違うよ、だから余計に疲れるんだよ。肉体は幼い子供、精神はくたびれたおっさん。ダメだこりゃ。


あれ?あそこにいるのコボルトじゃね?マジか。勘弁してくれよぉ。

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