第38話 人間関係

最近は図書館に行かなくなった。調べ物もだいたい終わったから行く理由もほとんどなかったんだよね。そういう訳でフランお嬢様ともしばらく顔を合わせていなかった。っていうか思い出すことさえなかったよ。


で、そのお嬢様が今目の前にいる。なんとなく機嫌が悪そうに見える。いやなんとなくじゃないな。完全にご機嫌ナナメのご様子。


お付きの人から、放課後図書館へとの伝言をもらってこうして来てみた訳なんだけど、さてなんの用なんだろう?


「キーン。わたくしに何か言うことはありませんか?」


え、なんだろう?何かあったっけ?言うこと?ないよな。


「すみません。心当たりがありません」


もしかして友達なのに会いにこれなくてごめんなさい的なことを言って欲しいのかな?お貴族様が?孤児相手に?無い無い無い、それは無いでしょ。


「そうですか。わたくしと貴方は身分は違えど、友達だと思っていたのですけれど、それはわたくし一人の勝手な思い込みだったようですね」


おい。まさかの回答だよ。身分は違えどお友達だってさ。笑っちゃうよね?この人は白昼夢でも見ているのかな?お嬢様の勝手な思い込み?うん。そうだね。正にその通りですよ。


「何を仰っているのか分かりません。僕は今でも友達だと思っていますよ」


この前あんたが俺を道化扱いするまではね。


「その割には最近わたくしに会いに来なかったわね。よほど忙しかったのでしょうね?」


「どうしたんですか?もしかして拗ねているんですか?」


友達になれるかもと思った俺もおめでたい頭してたと反省しているが、それはそれ。あんたの方でも気をつけて貰わないと困るよお嬢様。友達ごっこなら貴族同士でやってくれ。あぁ、面倒くさい。


「そうかもしれませんね。わたくしも可愛いところがあるでしょう?」


はいはい。道化扱いしていた平民のガキがご機嫌伺いに来なくてプライドが傷ついたとか考えてるんでしょう?とんだお貴族根性だぜ。


後は適当に話を会わせておいて失礼させていただいた。ちょっと褒めて、自尊心をくすぐってやれば、すぐにお嬢様の機嫌は回復したよ。帰り際、また明日もいらっしゃいとか言われたけど・・・はぁ正直しんどいな。「聞こえなかったふり」で乗り切ることにしよう。


時間を確認したら思ったより早めにお嬢様から逃れられたことが判明したので公園に行ってドラゴラ様とギャプロをした。


ドラゴラ様も貴族だが、貴族の顔を一切出してこない。年齢はおじいちゃんと孫くらい離れているのに一定の敬意さえ示してくれる。誰かさんとは大違い。経験が違うってことかな?それとも性別の差?


ドラゴラ様のようになれたらと思うが、文句ばっかり言ってる俺には無理だろうなぁ。今日も飽きずにギャプロをやって、合間の休憩時に少しだけ世間話をする。


その世間話にしたって嫌味がないし、公園内での話がメイン。誰かと誰かを比べて云々するって胸くそ悪いことだよね?でも湧き上がる感情に嘘はつけませんです。


転生したおっさんとしてはドラゴラ様に倣って、まだまだ子供のフランお嬢様に優しく接するべきなんだろう。でも人と人との関係って年齢じゃないよなぁ。


ただ、ちょっと偉そうにされただけで完全に相手する気を失った俺は全く熟成されていないワインのようなもの。苦くて、酸っぱい、安物の量産品。忙しくて余裕がなかったなんていい訳は・・・見苦しいですね。はい。その通りです。


さらにもう一度ドラゴラ様と勝負をしてその場を辞した。やっぱりギャプロは楽しいな。嫌なことも忘れて没頭できる。もう少しお金がたまったら盤と駒を買いたいぜ。


いいものを揃えたらものすごく高いけど、あんまり安いもの買ってもあとで後悔しそうだ。この世界、ギャプロの道具もそうだが基本的に手作りが多い。職人技って文明レベルがどうこうって話じゃないよね。すごく魅力的なものが多いだこれが。


俺に収集癖のようなものはないが、思わず手元に置いておきたくなるものが溢れているのも事実。使い込めばいい味が出てきそうなものなんかは、すぐに必要ってわけでもないのに買っておきたくなるよね?


ギャプロもそうだけど、いま一番欲しいのは革のソファ。むき出しの木の製品もいいが、革関係もいい味出してるものが多いんだよなぁ。あー物欲が刺激される!


スローライフ路線に入ったら、家を建てるところからこだわりたいな。自分の手で建てるのがベストなんだけど、それはさすがに厳しいか。


あぁ、こんなことを考え始めると止まらなくなるな。この前ドミニクさんの旅の話を聞いてから、妄想が加速している感がある。


今は大事な時期だからあんまりぼんやりしていてはいけないんだけどさ。ついつい寄り道してしまう。寄り道って魅力に溢れてるからね。


しかし寄り道ばっかりもしていられない。遠くないうちにミスリル化した銀貨について何らかの反応が出てくるだろう。


情報封鎖でいきなり口封じなんて可能性も全くないとは言い切れないもんね。銀貨を拾ったガキがそこら中でいらぬ話を広げる前に掻っ攫ってしまえ的なさ。


むしろそうなる可能性の方が高いのかな?だからちゃんと準備をしとく必要がある。備えあれば憂いなしってね。


でも何の反応も無かったらどうしよう?そうなったらそうなったで、なんの反応も無いという反応が得られる。あんなコイン一枚、問題にする必要もないほど些細なこと、なんて言うオチになる可能性だってあるんだ。


そうなったらいいなぁ。俺は気兼ねなくあのミスリル化した銀貨を市場に放出できて、がっぽがっぽの左団扇。最高だね。


という訳で、俺には状況をコントロールするほどの力はない。相手がどう動くかを待つのが現状だ。だけど・・・状況を動かす力はあるんだよ?ミスリル化した銀貨はまだ俺の手元に4枚あるんだからさ。


必要ならそれを指先で弾けばいい。どこぞへ飛ばしてあとは知らん顔。それで十分先手を握れるさ。俺は観察するだけでいいんだ。そうだ、それでいい。


余裕がある今のうちにスローライフの夢を見るとしよう。先はまだまだ長いんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る