第36話 雨に隠れて

ロッキさんのお父さんはいい人でしたが、厄介な人でもありました。俺がもっと欲深くてお金に執着があったらロッキパパともっと深いお付き合いをお願いするところだけど、今のところその考えはない。


お金は欲しいよ?そりゃそうだよ。あればあるだけ欲しい。それは間違いない。だけどお金を得る代償にしがらみに縛られろってことなら謹んでお断りさせていただきます。


普段ロッキさんにはお世話になってるし、これから先もその関係を壊したくないから、ロッキパパの勧誘を避けるのに気を遣ったよ。俺には気の利いたジョークを交えながら会話を誘導するなんて高等技術なんてないんだからさ。


結局くだらない世間話でお茶を濁して、相手の面子を潰さない程度の時間を見計らってさっさと帰ることにしました。


商人の知り合いは是非とも欲しかったが、あの人ではキビシイっす。利害関係が一致している間の信頼度は高いが、対立したときはあっさり切り捨てられそうだし。


理想は貴族と繋がっていない、これから成長しそうな商人ってところか。まぁそんなヤツいないだろうし、いたとしても俺なんか相手にされないだろうよ。まだ焦る段階じゃないから機会があれば少しずつ探していきたい。


よしこの話はこれで終わり。ご飯食べて勉強して寝よう。










今朝は早くから雨が降り外は少し肌寒い。空は灰色で覆われてうす暗く、朝にも関わらず夕方かと錯覚させる。気持ちのいい一日のはじまりが出鼻をくじかれた格好だが、キーンは内心喜んでいた。


授業の間はいつもよりが落ち着きなく、時折目をつむって何かを考えている様子。いつものキーンであれば眠気と戦っている時間だけに、目をつむるキーンに違和感をおぼえる先生もクラスメイトもいなかった。


授業が終わるとキーンは足早に教室を出ていった。クラスには友達と呼べるほど仲の良い人間もいないため、彼を呼び止める者は当然いなかった。


予定通り自室に戻ったキーンはその5分後には既に宿舎の出入り口に立っていた。雨は勢いを落とし午前中より少し空が明るくなったようだが、それでも外を数分も歩けば服はずぶ濡れになるだろう。


キーンは制服にマントを羽織り、灰色の雲を睨むように見る。雨よ、まだ止んでくれるなよと心の内で祈りながら、ぬかるんだ土に足を踏み出した。


薄いマントの生地が雨でじっとりと湿った頃にキーンは目的地に到着した。四角い箱型の建物はレンガ造りで、なかなか洒落た外観を見せている。


ここは王都の衛兵の詰所の一つである。詰所とは簡単に言えば大きめな交番のようなところ。衛兵は王都の治安維持のために働き、警察官のような仕事をする兵士のことをいう。


この詰所にはおよそ10人ほどの衛兵が常駐している。キーンは建物の入り口でマントを脱いだ。学校の制服を見せ付けるように立つ子供に衛兵が近づき、どうした?なんの用だ?と言わんばかりの視線を送ってくる。


キーンはそんな視線を気にすることなく、近くにいた別の衛兵の一人に話しかけた。


「こんにちは。落し物を拾ったのですが、届けるのはこちらでよろしいでしょうか?」


話しかけられた衛兵はキーンの着ている制服と、その言動から相手を貴族の子息とでも判断したのか背筋を伸ばして声を張り上げる。


「こ、こんにちは。落し物ですね!こちらです!どうぞ!」


緊張で声が震えてもいる。


「僕は平民ですから、そんな緊張なさらずに。ほらお供も従者もいないでしょう?何か驚かせてしまったようですみません」


「そ、そうですか?いや、そうか」


衛兵のなかにも貴族出身のものはいるが、この衛兵は平民のようだ。キーンは少し緊張を解いた衛兵に改めて用件を伝え、案内を頼んだ。


「落し物を拾って持ってきてくれたのか。さすがに文官学校の生徒は違うなぁ」


案内された先にいたのは、少しお腹の出ている熟れたおじさん。詰所のなかでも事務に慣れた人間なのだろう、気さくな感じでキーンに話しかける。


「普通何かを拾ってもそのまま自分のものにしていまうんだけどね。それで拾ったものとは何かな?」


キーンは制服の上着のポケットから一枚のコインを取り出すと机の上に置いた。


「これです」


「お?銀貨だね。銀貨が一枚と。これだけかな?財布があったわけでは・・・なし、と。他にはないね?うん。それでキミはこれをどこで拾ったのかな?」


「すみません。その前にこれ、よく見てもらってもいいですか?何か普通の銀貨とは違うと思いませんか?」


「うん?これが?うーん、うん?なんだ!これはまさか!」


その後、詰所全体が軽興奮状態におちいった。コイン自体は銀貨の形をしているのに、なぜかミスリル銀らしき素材で出来ていたためだ。キーンはいつ、どこで、どのように拾ったのか何度も何度も繰り返し聞かれた。


「僕もこんなものを見たことがないし、ミスリル銀貨は見たことありませんが、まさか銀貨の形をしているわけもないだろうと不思議に思っていたんです。でも、これ大問題ですよね?子供の僕でも分かりますよ。もしかして偽造コインとかだったら・・・。僕は恐い事件に巻き込まれたくないので、拾ってすぐにここに持ってきたんですけど・・・大丈夫ですか?」


「そうだね。これは大問題だ。よく届けてくれた。私もすぐに上に報告して届けたい。キーン君にはまた後日呼び出しがかかると思うのでおぼえておいてくれ。学校の・・・1年生・・・うん。大丈夫だ」


「わかりました。それでは僕はもう帰ってもいいんですか?」


「あぁ、届けてくれて本当にありがとう。気をつけて帰るんだよ」


おじさんはそう言うなりすぐに詰所の奥へ引っ込んだ。周りの衛兵もどこかそわそわしている。キーンはゆっくりとした足取りで出入り口まで向かい、濡れたマントを再び羽織るとフードをかぶり、降り続く雨のなかに入っていった。


天気のせいで街は普段のような人通りもなく、時折馬車が通る程度。すれ違う人々はみな雨具を身に着け、頭にはフードを深く被り、雨から逃げるように足早に歩いている。


水を吸えるだけ吸って最早雨具としての機能を果たしていない薄いマント。濡れて頭全体に張り付いたフード。そのフードのなかでキーンは笑っていた。


それは学校の試験で一番になった者が浮かべるような笑みではなかった。それは運動の大会で優勝した者が爆発させるような笑いでもなかった。あえて言うならば詐欺師の笑い、もっと格好よく表現するなら軍師の笑みといったところだろうか。


「先手だ」


キーンは雨と泥で気持ちのぐずぐずになった靴を水溜りのなかに突っ込みながら呟いた。

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