砦を目指して①
「あ! 出口だ!」
奥で外から射し込む光を目にし、ルーミンが瞳を輝かせて走り出す。
トロルとの戦いの後、洞窟をさ迷い歩くことおよそ三日。最初一本道だった内部は、奥に進むにつれ迷路のように幾つもの分かれ道に分岐し、結果、ラピュセル達はおおいに迷った。早い段階で幸運にも綺麗な水場を発見できたおかげで、渇きを潤すには困らなかったことと、トロルのような
「外だー! みんなー、早くー!」
一足早くたどり着いたルーミンが、ぴょんぴょん跳ねながら手招きする。どうやら、外は外でも断崖絶壁のど真ん中、ということはなさそうだ。
「携帯食糧はあとどのくらいかしら?」
「あと一日保つかどうかです。危ないところでした」
マーチルと顔を見合せ、互いに心底安堵する。出口を見つけるのがもう少し遅ければ、水だけで凌がなければならなかったのだ。
マーチルの話では、南側の出口は北側同様森の中にある。とすれば、木の実を採るなり獣を狩るなりして、食糧を確保出来るだろう。何より、もう少しで味方の待つ砦までたどり着ける。
そして、遂に洞窟を抜けた。マーチルの話した通り、抜けた先は森の中。だがそこまで鬱蒼とはしておらず、木々の梢の隙間から陽の光が暖かに漏れ届いている。
「待っていてください。今周辺を確認します」
言うなり、マーチルは呪文を詠唱する。
簡単な魔法のようで、詠唱から発動までほんの数秒だった。マーチルの足元から発生した蒼色の光輪が、彼女を起点として瞬く間に周囲に広がっていく。探査の魔法だ。
「ーー間違いありません。ここが目的の出口です」
しばしの間を開けて、マーチルが安堵の表情でそう報告した。つられてラピュセルも安堵のため息を漏らす。
もしこれで目的地ではなかったら、場合によってはまた洞窟に潜らなくてはならなかったのだ。それは御免こうむりたい。
「マーチル、ここから砦まではあと何日かかるんだ?」
「えっと……確か、直進出来れば大体二日くらいだったかと思います」
全身で深呼吸しているルーミンを
「どこかで馬を調達できないか?」
「馬を?」
反射的に聞き返したが、その意見は確かに正道だ。
無事に洞窟を抜けはしたが、悪路をひたすら歩いてきたせいで疲労困憊。だが味方とは一刻も早く合流したい。しかし、森の中から直進距離で二日の行程ということは、実際にはもっとかかるだろう。仮に馬が手に入るなら、確保しておきたい。馬での行軍も楽ではないが、徒歩より圧倒的に速いのは確かである。
しかし。
「……ちょっと厳しいかな。この辺りは産地ではないから野生の馬もいないし」
「そうですね。可能な方法があるとすれば敵から奪うことくらいですが、この辺りはまだ辛うじて味方の勢力圏のはずですし」
「敵がいる感じはしないよー?」
いつの間にかルーミンも会話に加わる。弓兵としての視力の良さで、開けた木々の隙間から周囲を見回したのだろう。
「ここからだと、砦は南東に位置します。行き方は二つ。森の中を突っ切るか、森の少し南側にある街道に出るか。街道は整備されているので、そちらならスムーズな移動が可能です」
前者であれば、森という獣道を通る。当然足場は悪くなり、必然として多少の時間を食ってしまうことになる。しかし、草木が盾となり、敵に見つかるリスクを抑えて砦まで向かうことが出来る。
後者ならばその逆で、偵察に来た敵に見つかるリスクは高まるが、整備された道を速やかに移動出来る。
説明を終えると、マーチルはラピュセルと武蔵の顔を順に眺めた。
「如何しましょう」
□□□□□□
「あれは……!」
森の途切れ目。多少の起伏こそあれ、東西にまっすぐ伸びる整備された街道。ひとまず街道の様子を見ようと、森と街道の境目までやってきた。木に隠れながら街道の様子を伺い、西の方角から目に飛び込んできた光景に、ラピュセルは思わず声を上げる。
街道を必死の形相で走る男女がいた。男の方はやたら大きな荷物袋を背負い、見るからに重そうだ。女の方は、大きな荷物こそ無いものの、代わりに肩掛けのバッグを幾つも引っ提げている。二人とも、あれでは速度など出るわけがない。
だが、それが問題なのではない。問題なのは、その二人組を追いたてる、三人の黒鎧の騎士。ガレイル兵だ。それも、三人とも馬を駆る騎兵である。人数からして、偵察だろう。
「……
敵の騎兵はすぐにでも追い付けるはずにも関わらず、わざと速度を抑えて逃げる二人組を追いたてていた。時折速度を上げては、得物の
武蔵も同様の考えなのだろう。声音こそ変わっていないが、響きにはっきりと怒りが含まれていた。
「ルーミン!」
「お任せ!」
どうやら、敵はあれだけのようだ。ならばとルーミンの名を呼ぶと、待ってましたと手前の木を軽々と登っていく。
「ルーミン、合図を出したら射って! テンマ、マーチル。私達は」
二人の顔を順に流し見、視線を敵、ではなく、敵の馬へと送る。
「連中の馬、いただきましょう」
□□□□□□
アスクル・リトラーとミリナ・アトランテは世界中を股にかける行商人のコンビだ。
食糧、衣料、医薬品、武器に防具に各種小物。質の良い物、珍しい物、値打ち物から高級品。値のつき、持ち運び出来る物ならば選り好みせずなんでも扱う。
今彼らが行商のため立ち寄っているのは、平和の王国として名高いアルティア王国である。気候は温暖で、そこに住む人々はみな温厚。農業が主産業で、華美さは無いがとても優しい牧歌的な雰囲気に国全体が包まれた、非常に商売のしやすい国だった。
「で! そんな場所で、なんでウチらがあんな物騒な連中に追われなきゃいかんのよ!?」
「僕に聞かれても困りますよー!」
が。
彼らは今、その平和なはずの王国で追われていた。
相手は、本来ここにはいないはずのガレイル兵。しかも騎兵である。
「だからウチは反対したのに! 戦の匂いがするから行くのは嫌だって!」
「そんな根拠なく匂いとか言われてもわかりませんよ普通!」
彼らがアルティア王国に到着した時、戦火は既に広がっていた。
東のライール共和国からの入国だが、その時ライールにはガレイル帝国がアルティア王国に侵攻した、などという報せは一切無かったのだ。あるいは、民間への情報が制限されていたか。
仮にそうだとしても、普通は適当に理由をつけて出国を制限しそうなものなのに、何故かそれもなかったのだ。
「そらそらどうした? もっと速く走らないと、もう追い付いてしまうぞ?」
「ひぃっ?!」
あからさまにゆっくりと馬を駆り、中央先頭のガレイル兵が嘲りながらアスクルに並走。騎乗槍の穂先で、その背中の商品が限界まで詰め込まれた荷物袋を数回突かれ、アスクルは情けない悲鳴を上げた。
「ははははははっ! なんと弱々しい! いいぞ、貴様痛ぶり甲斐がある!」
「くぉらこのド外道! 騎士の癖に揃いも揃って弱いものイジメとか、恥ずかしいと思わないのわきゃっ!?」
相棒への狼藉に青筋浮かべ、文句をがなるミリナだが、別のガレイル兵にバッグの一つを突かれてたたらを踏んだ。なんとか踏ん張って転倒は免れるも、逃走の限界を二人が悟るには充分だった。
そして、再度中央のガレイル兵が速度を上げ、槍を掲げる。
「ふん。まだ物足りんが、そろそろ時間も無いのでな。これで終わりにさせてもらーー」
瞬間。どこからか、弓の弦音が響く。
「ぐげっ?!」
飛びきた矢が、そのガレイル兵の喉を貫いていた。槍を掲げたまま、ゆらゆらと上体を揺らし、やがてゆっくりと落馬する。
「えっ?」
「なに、なに?」
何が起きたのか。アスクルとミリナが思わず足を止める。そして、残りのガレイル兵二騎も同様の反応を示していた。
「なんだ!? 弓兵!?」
「敵か! どこにいる!」
「ここにいる」
新たな声は、そのガレイル兵達の背後から聞こえた。
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