アルティア戦乱記-血染めの魔女と懐刀-

刀矢武士

プロローグ①

 アルティア王国歴300年。

 暦の通り、アルティア王国建国から300年という記念すべき節目の年。その日、アルティア王城の城下町、王国首都クノーケルでは盛大な建国記念祭が開催され、街中が喧騒に包まれていた。

 クノーケルの中心部に位置する大広場には、中央の噴水を囲むように大小様々な露店が立ち並ぶ。

 ある店はきらびやかな宝石をあしらったアクセサリーをところ狭しと並べては女性逹を虜にし、またある店の前では、洋肉串を焼く香ばしい匂いに釣られた男の子逹がなけなしの小遣いで買ったそれの出来上がりを、今か今かと待ち構えていた。


「おじちゃーん! あたしにも一つちょーだい!」

「あいよー!」


 その男の子逹の背後から、一人の少女が満面の笑みで硬貨を握った拳を突きだした。

 それを受け取った店主が一本串を追加すると、香ばしさを内包した煙が更に濃くなり、否が応にも道行く人々の食欲を刺激する。


「どうだい、ルーミンちゃん。警備の方は順調かい?」

「うん、全然平気だよ。まったく問題なし!」


 店主からルーミンと呼ばれた少女は、人懐っこい笑顔のまま手でVサインを作った。

 燃えるような赤髪をツインテールに整え、大きくくりっとした丸い瞳が愛らしさを際立たせている。端正だがまだ幼さの残る少女ールーミン・ヴァインに、警備の二文字は正直似合わない。彼女を知らない者は、等しくそう思うだろう。だが、その肩部から二の腕にかけて装着された肩当てと、鎖骨から胸部を覆う軽装鎧ライトメイル、そして何より背に負ったショートボウと矢筒。それらの存在が、そのあどけない少女が一市民ではなく、騎士の身分であることを物語っていた。と、


「こら! ルーミン! また勝手に寄り道して!」


 横からの凛とした怒声に、ルーミンの全身がビクンと震えて肩を竦める。

 そちらに視線を転じれば、二人の女性が正反対の表情ー怒り顔と微笑ーを浮かべて歩いてきていた。


「ちょっと目を離したらすぐこれなんだから! 今は大事な任務中なの、あなただってわかってるでしょ!」

「わかってるけど、朝ごはん食べられなかったんだし、ちょっとくらいいーじゃん」

「買い食いを怒ってるんじゃなくて、勝手に離れたことを怒ってるのよ!」


 ルーミンを叱責する口調には、その実険が篭っていない。姉が妹を叱るような、確かな愛情がそこにはあった。それもそのはず、事実二人は姉妹であった。それがわかっている串肉屋の店主は、肉を焼きながら微笑ましくその様子を眺めていた。

 ルーミンを叱責する女性の髪は、蒼天を思わせる鮮やかな空色。背中まで伸びたそれをポニーテールに結い、ルーミンと似た大きな瞳。こちらもまだ多少のあどけなさを残しているものの、背筋を伸ばし、腹から出る透き通った凛とした声が、彼女が幾つかルーミンよりも年上であることを感じさせた。そして彼女も、ルーミンと色違いのールーミンは緋色の、彼女は蒼色のー防具を装備していた。違うのは武装である。ルーミンは弓矢を装備しているのに対し、彼女は左腰に革の鞘に納められたロングソードを佩いていた。


「私達の任務がどれだけ大切なものか、あなただっていい加減わかってるでしょう?」

「わかってるけど、でも」

「でもじゃなくてーー」

「まあまあ。マーチル」


 叱られ小さくなるルーミンを更に叱責しようとする彼女ーーマーチル・ヴァインを、隣で見守っていた女性がやんわりと宥める。


「元々治安は良いのだし、何より今日はお祭りじゃない。少しくらい肩の力を抜いたっていいのよ」

「ですが、ラピュセル様……」

「えっ、ラピュセル様!?」


 マーチルが口にしたその名を聞いた男の子の一人が、驚きを露にその女性を見やる。つられて一緒に串焼きを待っていた子供達も。


「ほんとだ! ラピュセル様だ!」

「ラピュセルさまだー!」


 大声でその名を口々に呼び、弾けるような笑顔で子供達がその女性の周りに群がると、女性は子供達に柔和な笑みをむけた。

 年の頃は18~19歳ほど。腰まで伸びた髪は黄金もかくやというほどに艶やかに濡れた金髪で、絹の如く柔らかな質感は触らずとも感じ取れる。

 子供達の頭を撫でる白くほっそりとした手は瑞々しく柔らかで、子供達は照れくさそうに目を細めている。

 両肩の肩当て、胸部の軽装鎧は共に陽光を反射せんばかりに磨かれた白銀。肩当てから足首まで垂れる純白のマント。右腰に佩かれた白鞘のサーベル。どれもが緻密な意匠を凝らしてあり、その質も一級品であることは明らかだった。


「おい坊主ども、焼けたぞ。焦げる前に早く持ってけ」


 店主の呼び声に、やはり食い気の方が勝る子供達は我先にと羊肉串を受け取り頬張り始めた。


「ルーミンちゃんのも焼けたぞ。王女様も一本どうです?」

「ありがとう。見廻りが終わったらいただくわ」


 子供達と同じようにニコニコと羊肉串を頬張るルーミンの隣で、女性ーーアルティア王国王女ラピュセルはそう答えた。





ーー同時刻 アルティア王国王城


「間違い……ないのだな?」

「はっ!」


 謁見の間。

 最奥中央に鎮座する玉座。腰掛ける男性は、無論アルティア王国現国王。名をアルセルム・フォン・アルティア。

 左右には国の重鎮、文官と武官、併せて十人が立ち並ぶ。平和を謳歌するこの国で、御前でも平素は和やかな空気に包まれるこの場が、今、一人の騎士がもたらした報せによって騒然としていた。


「隣国ガレイル帝国の軍勢が、突如国境の西砦を攻撃! 一日と保たず砦は陥落! 敵軍、なおもここを……首都クノーケルを目指し進軍中にございます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る