土曜日の憂鬱。
土曜日。ジメジメとした生ぬるい風が網戸を通り抜けて家の中を巡っていった。
「ぎもぢわるぅ〜」
咲っぺが2階から降りてきた。彼女は冷蔵庫へ直行し、隣に座った時には手に麦茶が。
「湿度ヤバくない? 心優も飲む?」
「いや。いい」
「なんかさ、体からキノコ生えてきそうだよね」
「松茸なんかだったら高く売れるんじゃないかな」
「人から生えてきたキノコなんて誰も食べたくないよ。タダでもいらない」
「なっ! 私の松茸を笑う者は、私の松茸に泣くのよっ!」
「えぇ〜?」
いつもの調子でくだらない事を話していると、歩も降りてきた。
「咲、」
今日はそこまで暑いわけではないのだが、彼は超薄着である。ただ、湿度計を見ると、吐き気がする。80%超えってなんだよ。彼は汗だくになって居り、片手に握っているスマホは汗で水没しそうである。
「今、連絡あったよ。今日の練習なしになっ……って、麦茶が消えた⁉︎」
「やった! 助かった〜……今日は動きたくなかったのよね」
咲っぺはガッツポーズをしてコップに残っていた麦茶を飲み干した。
「麦茶ぬるくなるだろうが……」
歩はため息混じりにこちらへ向かってきた。
「あれ。そういえば快斗は?」
確かに、居ない。部屋に籠っているのかと思っていたのだが。
「バスケ部はあるらしいぞ。あいつ、1リットルペットボトルでも持って行こうかとか言ってた。流石に止めたけど」
そりゃアカン。
「さっすが、気合い入ってるね。あの部長、容赦ないな」
「確かに、望先輩はスパルタかも……」
その時、
「心優‼︎」
咲っぺの叫び声が響いた。
「うわっ‼︎ 何? びっくりしたぁ、」
「いつから先輩の事名前で呼ぶようになったの⁉︎」
「昨日、うちに来た時に……名前で呼んでくれって言われて……それで、」
「青春ですなぁ〜……」
「え。心優って先輩と付き合ってるの。」
「んなわけあるかっ‼︎ この私が2次元を見放すとでも思っているの⁉︎」
「「あ、そうだった」」
ほーらほーら、そうだろ?
「でもそれはそれで怪しいぞ……。二股とか⁉︎」
もう良い。スルーする。寒いオヤジギャグじゃない。普通の意味で、スルーする、だから。そんなの真のオヤジであるまっさんしか言わないから。
「あっ、心優! 勉強教えて‼︎ お願いっ!」
「珍しい……咲っぺに学習意欲が有るとは……。大雨でも降りそうだな」
「降るよ。それで練習なしになったんだから」
「……あ。そう……なの?」
歩のその冷静さが時々恐ろしく感じるのは私だけかな。しかし、ここは気を取り直して、
「で、何の教科?」
「国語」
「の?」
「現代文」
「げえっ」
それはやめようか。
「なんで『げえっ』なの⁉︎ 小説書いてるくせに! しかも才能あるし、認められてるのに、なんで現代文が一番苦手なの⁉︎ 謎すぎっ!」
「確かに。心優って謎だよね」
それは、私という存在がですか、性質がですか。
「まあ、心優はそんなもんだよ」
ひどっ‼︎
「……私はただ、小説を書くってときだけに脳が回転するの。大体は回転してないから。この語彙力の低さをみればわかるでしょう?」
その時、外の木々がざわめき始めた。風が出てきたようだ。そろそろ降り始めるだろう。
「梅雨入り発表も、そう先のことではなさそうだね」
「……咲っぺがマトモな発言をっ! 今年はゲリラ豪雨がいっぱい降るな」
「さっきから失礼だなっ! もうっ、勉強しよう‼︎」
「……で、多分ここは、これがこんな感じになって、そうそう、」
勉強開始30分程して、私のスマホからベニマシコ(鳥)の可愛らしい声が聞こえてきた。この着信音は……
「浦田さんじゃない? 出なくていいの?」
「……で、出ます。」
浦田さんとは、私の担当編集者であり、良き相談相手だ。この前会った時は「ついにアラサーですわ」と言ってショートケーキを3口で平らげていた。多分、精神年齢は私達と変わらないと思う。
「もしもし、どうしたんですか。……まさか、原稿届いてないとか⁉︎」
『いや、昨日ちゃんと受け取りました。で、このタイミングでとんでも無くビッグニュースがあるんだけど、今時間ある?』
「ありま……いえ、無いです」
『あ、そう、有るのね。では今からそちらへ伺います』
「え⁉︎ いや、浦田さ……」
切れた。最悪だ。浦田さんがこういう時って、ロクなこと無いんだよな。前回なんてBL本読んでる時にノックもせずに部屋入ってきたし。
「浦田さん来るって?」
咲っぺは今のやりとりを見て察したようだ。私は静かに頷いた。
「大変だ。今日はお菓子も何も無いぞ。お茶だけでいいかな」
「歩、あの人にあんまりお菓子出さないほうがいいよ。我らの分があのブラックホールに吸い込まれる」
咲っぺの意見、リツイートさせて頂こう。しかし、あれでよく太らないよな。あの人は一体何で出来ているのだろうか……。
30分後、遂に雨が降り始めたので窓を半分閉めようとすると、外に車が止まったのが見えた。間も無くしてチャイムが鳴った。
玄関の扉を開けると、浦田さんともう1人、知らない若い男性が立っていた。
緊張しながらリビングへ案内し、2人が席に着いたのを見計らい、思い切って聞いてみた。
「う……浦田さん、この人誰ですか。浦田さんの、か、彼氏ですか」
「全然違うね」
「えっと……名前は……オモテダさん?」
「全っ然違う」
ジョークだよ。ウラだからオモテだと。やめよう。浦田さんが超真面目な顔してる。
「こちら、新しくOWLさんの担当編集者となりました。水澤さんです」
「初めまして。本日から宜しくお願いします」
イケボ……‼︎ 某声優さんに似て……じゃないっ!
「イヤです‼︎ 何で急に浦田さんから、えっと……オモテダさんに、」
「水澤です」
「……そうでしたか。とにかく! 説明してください‼︎」
しかし、浦田さんの一言で終わった。
「仕事ですから」
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