11.怪しくないよ、本当に怪しくないよ <1>

「ううん、みんなゴールドを持ってると、逆にこういうことが起きるんですね。買ってしばらく待って売るだけで儲けが出るなんて……」


 暗いトーンで話しつつペンをしまうレンリッキ。そのままおじさんの方に向き直り、「僕達、防具が欲しいんですけど……」と切り出した。


「ああ、それならこれがいいよ。準・旅人の服」

「何その残念な名前……」

 完全に別の名前にすれば良いのに。劣化版感が丸出しじゃん。


「シーギスさん、性能は悪くなさそうですよ。入荷も読めないみたいですし、ひとまずこれをつけましょう」


「そうだな、仕方ない。おじさん、これいくら?」

「200Gのところ、なんと今だけ、今だけ450Gだ!」

「だから何で安くなったようなニュアンス出すの!」


「違う違う、しばらくしたら550Gに上げる予定だからさ」

「そっち!」

 むしろ購買欲を煽る作戦だった!


「じゃあおじさん、4着下さい。はい、1800G」

「毎度! 売れるものがあったら、いつでも持ってきてくれな!」

 こうして俺達は、やむなく純正品ならぬ準製品を着込むことになった。



「あ、そうだ。道具屋に寄ってもいいですか? ちょっと『気付きつけの実』が足りなくなってて」

 気付けの実。敵の攻撃でマヒさせられたときに飲むとたちどころに治る、戦闘に欠かせない便利な道具。


「もちろんいいわよ。レン君がきちんと管理してくれてて、ホントに助かるわ」

「いえ、そんな」

 イルグレットの褒め言葉に照れるレンリッキ。そのまま武具屋の3軒隣、薬草のマークが描かれた看板の店に入る。店主のお兄さんが愛想よく迎えてくれた。


「あの、気付けの実をまとめ買いしたいんですけど」

「あっ、ごめんね。売り切れなんだ」

「道具も!」

 ひどい世界だなあ!


「でも安心して。これがあるんだ」

 そういってお兄さんは、真っ青な木の実をカウンターに置いた。

「新・気付けの実だよ」

「……何それ」

 見るからに飲む気が失せる色合いですけど。


「ああ、ごく最近発見された新種らしいよ」

「レンリッキ、知ってるか?」

 俺の問いに首を傾げて否定する。


「いえ、知らないですね……でも冒険開始後に発見されたものなら知らないのも当然ですし……」

 まあ、そりゃそうだよな。


「お兄さん、これ、効果は同じなんだろ?」

「ああ、むしろこっちの方が即効性が強いって聞いてるよ」

「よし、じゃあこれをまとめて買うよ!」

 さて、お金も大分使った。また先に進みつつ、ゴールド稼がないとだな。




「シーギス、気をつけて。アイツ、何か狙ってるわ」

 後ろからアンナリーナの声が聞こえ、突進しようとしていた足を止める。

 巨大な蛾のモンスターは、攻撃もせず防御もせず、その場でバサバサと羽ばたいて留まっていた。


「キシャアアアアアッ!」

 突然、敵が羽をこちらに向け、猛烈に前後させる。

 その羽からおびただしい量の燐粉が漂ってきた。


「みんな、吸い込んじゃダ――」

「おい、どうしたイルグレ――」


 何か言いかけたイルグレットが倒れこみ、声をかけようとした俺も足から力が抜けてその場にうつ伏せになる。

 地面を押して立ち上がろうとする手も、バチバチと音がするような強い痺れを覚えて動かせない。


「し、びれ、の……粉、ってわけ…………ね……」

 倒れながら、子どもに話しかけるように口を大きくはっきりと開けて説明するアンナリーナ。レンリッキもうずくまるように座っている。

 チッ、4人全員マヒになるなんて、やっちまったぜ。


「レン……君……気付け……」

「ぐっ…………こ、れ、です……っ!」


 最後の力を振り絞るように、新・気付けの実を投げてよこすレンリッキ。震える手で、その真っ青な実を口に運んだ。

 普通の気付けの実より苦みがある。



 …………………………。



「……………………全然、効か……ない……けど……」

「あんの……バカ店主め……」

 今度店行ったらボコボコにしてやるぞ。

 まあ、その前に、俺達がボコボコにされるんですけどね。




「おいコラ! 何が新・気付けの実だよ! 全然効かなかったぞ!」


 あの後、蛾に仲間を呼ばれて本格的にボコボコにされた俺達は、宿屋で1日寝込んでから、道具屋に文句を言いに来ていた。


「えっ、そうだったのか。いやあ、ごめんね。僕自身が使って試してるわけじゃないから、偽物だとは知らなかったよ」

「ったく。危うく死ぬところだったぜ……」


 まあ確かに、このお兄さんは道具の卸業者から買ってるだけなんだけどさ。


「あの、お兄さん。僕アイテムマスターなんである程度道具には精通してるつもりですけど、卸の業者さん、何て言って売ってきたんですか?」

「うん。『全然怪しくないんだけど、すごく良い道具が発見されたんだ。本当に怪しくないんだけどね』って」

「……………………」

 未だかつて、こんなに怪しい販売文句があっただろうか。


「でね、ちゃんと実験結果も教えてくれたんだよ。『人為的に人をマヒさせることはできないから、健康な人に気付けの実と新・気付けの実を飲んでもらったんだけど、新・気付けの実の方が苦くて効きそうだ、って人が半分もいたんだ!』ってね」

「何の実験なの! 味の雰囲気を選ぶ実験なの!」

 しかも半分ってそんなに多くないし!


「とにかく、効かなかったのならごめんな。でも、買ってからその業者とは連絡つかないんだよね」

「分かり易すぎる手口だな……」


「何か病気とかにかかってなきゃいいけど」

「もっと他に心配することあるでしょうよ!」

 騙されてますよ! お手本のように騙されてますよ!

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