Noisy Christmas

花岡 柊

第1話 若干名接近中

 最近、私の周りをウロチョロする生き物が若干名いる。その一人目が、今日も無駄に元気を振り撒きながら現れた。

「あ、みーっけ」

 満面の笑みで憎めない顔の矢野一が、弾む足取りでオフィスのある廊下を小走りに近づいてきた。

「矢野は、鬼ごっこでもやってるの?」

 みーっけって、君は小学生ですか。

「だとしたら、見つけるのうまくないですか?」

 呆れた顔で見返すと、めげずにニコニコと愛想よくそんなことをいっている。

「何か用?」

「え?」

「え? じゃなくて。用事があるから探してたんでしょ?」

 それとも、本気で鬼ごっこ?

 矢野の場合、なくはないと思えてしまうから恐い。

「用事っていうか。咲子さんが見えたんで、つい」

 ついって……。私は、新種の生物か何かなの? 見かけたら、近づいてしまいたくなるほどに珍しい新種なの?

「てゆーか、矢野」

「はい」

「下の名前で呼ばないでよ。ここ会社。私、あんたより年上。わかる?」

「えぇー。親しみが篭ってて、いいと思うんですけどぉ」

「そんな親しみ、要らないから」

「そんなぁ」

「いいから、下の名前はやめて」

「ふふふ。可愛いですね、咲子さん。照れなくてもいいですよ」

「いやいや、照れるとかそういんじゃなくてね」

「考えておきます」

 話にならない後輩との会話に、溜息がこぼれる。

「もういいからさ。自分の部署に戻ったら?」

 そもそも、矢野がこっちのフロアに来る理由はないんだよね。仕事内容的に、まったく関りないし。

「つれないですねぇ」

 寂しそうな顔で拗ねられても、関係ないものはないのだ。

「あんたのところの上司に叱られるのは、私なんだけど」

 シッシッ。と犬の如く手で追い払うと、丁度その上司が現れた。

 それが二人目だ。

「おいおい。またうちの若いの掴まえてんのかよ。楢崎、頼むぞー」

 わざとらし過ぎるくらいの困った顔をした国澤が、いい加減にしてくれ、と私に向かって溜息を零す。

「それ、こっちが言うセリフ。あんたのところの部下、ちょろちょろとこっちに来過ぎ。ちゃんと指導しときなさいよ、ったく」

 国澤とは同期で、昔から何でも対等に言い合ってきた。部署が離れた今でも、会うと気軽に話をする仲だ。

 最近は、ウロチョロする矢野のあとに、決まって現れては顔を突き合わせていた。

「こんな部下、首輪でもしとかなきゃ無理だな」

「はなから諦めないでよ」

「なんなら、そっちの課で請け負うか?」

「遠慮しとく」

 矢野一のことで言いあいをしていると、いつの間にか蚊帳の外になってしまった本人が、あのぉ。なんて間にはいってきた。

「なによ」

「なんだよ」

 二人同時に言うと、いえ、別に。なんてさっきまで浮かべていた愛想のいい顔がしぼんでいった。

「とにかく。矢野はさっさと戻りなさいよ」

「はーい」

「返事は、はいっ」

 間延びした返事にイラッとしていい直させ、わかった? とひと睨みすると、ビシッと両足を整えて敬礼のポーズをしてみせる。

「はいっ。解りました、咲子さん」

 あなた、何処の隊員ですか? ここは、自衛隊なのですか?

 それに、さっきから言ってるけど。

「下の名前は――――」

 名前について意見しようとすると、最後まで言い終わる前に矢野は脱兎の如く逃げ去ってしまった。

 まったく、もう。

「相当、気に入られてんじゃん」

 逃げ去った矢野の背中を睨んでいると、国澤が面白がって笑う。

「好かれるのは、悪くないけどね」

 私は、肩をすくめた。

「悪くないのか……。満更でもなさそうだもんな」

「そう?」

 僅かに嫌味臭い言い方の国澤に、じゃあね、と手を上げると引き止められた。

「なぁ」

「ん?」

「その……。週明けって、空いてるか?」

「週明け? ん~。どうだろう? 忘年会の時季だしね。なんで?」

「あ、うん。いや、まぁあれだよ。あれ」

「あれ?」

 はっきりしない国澤に、自然と眉間に皺が寄る。

「なに?」

 訝しむと、国澤はなかなか私と目をあわせようとしない。

「楢崎は、そのー。今一人身だよな?」

「なに、それ? 嫌味?」

 彼氏がいなくて悪かったわね。腕を組んであごを上げると、ちょっと怯んだ顔をしている。

「いや、別に喧嘩を売ってるわけじゃないんだ。悪かった。とりあえず、週明け、空けといてくれると助かる」

「相談事でもあるの?」

「ん? まぁ、そんなところ」

「了解。仕方ないからじっくり聞いてあげるわよ」

 同期の誼でね、なんて思いながら、片手を上げながらフロアへ戻って行く国澤の背中を見送った。

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