開場 終わりの始まり
星の悲鳴が聞こえる。
耳を手で塞いでも、きつく目を瞑っても、内臓を揺さぶる程の地響きは足元で鳴り続けている。
大地の揺れは、地べたに寝たままじっと空を見つめる少女の体を揺さぶる。血に染まる雪原の上に、まるで小刻みに震えているかのように揺れる少女の体。
それは未だ少女と呼べる見てくれをしているが、やがては朽ちる
少女の魂は、この五月蝿い星の鳴き声に嫌気がさして空の彼方に消えたのだろう。少女の頬を撫でながら、大粒の涙を流してソウガ=ホシノは少女の死を悟った。
これといって特徴がない顔が、悲しみで歪む。華奢で背も低いホシノは、それでも力一杯少女の死体を抱えた。
ホシノは地面を見るのが嫌になった。
飛び散った肉片を見ると吐き気を催すし、地割れを起こして内部のマントルを噴き上げ始めた大地の変わり果てた姿は、見ていて楽しくはない。何より少女の死に顔を見るだけで、生きるのが嫌になってくる。
ーー鳥のようになりたい。そうすれば、この悲しみから逃れられるのかもしれない。ホシノはそんなことを思いながら、粉雪が舞う空を見上げた。
一匹の白鳥が優雅に空を飛んでいた。
羽は冷たい空気を割りながら、揚力を味方にして自由を手に入れている。
空の向こうに見えるのは、歪む太陽の姿と割れた月の欠片。月の一部であろう無数の隕石が、こちらに向かって堕ちて来ている。
白鳥はそんな光景を前にしても怯まずに空を飛んでいた。その気高い姿にホシノは心奪われたが、その命も長くは保たなかった。
終焉を乗せた風が白鳥を煽ると、白鳥の翼を蛍火のような細かな光の粒に変える。飛ぶ術を失った白鳥は、悲鳴を上げながら地面に墜落した。
ーーぐちゃり。気味の悪い音が鳴る。
空にも、地にも自由などない。終焉の風が全てを奪っていく。ホシノは思い出した。これは災害では無く、終末だったと。
塞いだはずの耳を傾けてみれば、容易に分かることだった。星の悲鳴は、大地の鳴き声だけではない、この世界の悲鳴なのだ。
人間達の阿鼻叫喚、動物達の鳴き声。それらは地割れの音と混ざり合い、世界全体が軋みを上げるようにして鳴り響いている。
しかし、終末はそれらの恐怖すらも奪っていく。
轟々と吹く終焉の風が、白鳥の羽を奪った時と同じようにして、数多の命と幾多の光景を、分解するかの如く光の粒に変えていく。
風の跡には蛍火を思わせる、柔らかい光が舞い上がる。全てが風と共に消えてゆく。光に召されていくのだ。
風が鳴る音だけが静寂の世界の中で鳴る。それはあたかも閉幕のベルであるかのように、物寂しい音を奏でた。
ホシノは独り号泣した。
誰も泣く者がいなくなった今、それが自分の出来る唯一のことであると思ったし、何よりも寂しさで心が耐えられなくなったのだ。
ホシノは少女の死体を両腕で抱き締める。届かぬ思いを注ぐように、きつく強く。
その思いすら終焉の風は奪っていく。
少女の体は風に煽られ半壊する。二つに折れた少女の体は、割れた箇所から蛍のような光になって空へと舞った。
少女は消えて無くなった。
最早、屍すら
終わりゆく世界の中で、ホシノの慟哭が静かに響く。
ホシノは立身し天を睨む。
空には一人の男が浮かんでいる。頭に光輪、背には灰色の片翼。憎っくきその姿は神話を想わせる神の姿そのものだ。
ホシノは叫ぶ。悲しみを激情に変えて。
そうして世界は、幕を閉じる。
全ての始まりは、三日前に遡る――。
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