本屋さんのクリスマスイブ

@kuronekoya

本屋さんのクリスマスイブは戦場

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 この不景気なご時世に、こんなにお客様が来てくれることは嬉しいことだと思わなければやってられない。

 クリスマスイブにお仕事してるのはサンタさんの友達だから、っていうのは村山早紀先生の小説の中のセリフだったかな、と朦朧としている頭で考えながら、またラッピング。


 まだ小さいお子さんがいる店長には、従業員一同からお休みをプレゼント。

 そのかわり明日は早番で出てもらうけどね。

 新人の正社員の女の子には今日の早番定時上がりと明日の遅番出勤を、お正月にガッツリ出勤してもらうことでトレードオフ。


 というわけで、本日土曜のクリスマスイブの夕方過ぎ、このカクヨム堂書店はぼっちバイトくん、バイトちゃんたちと、店長代理、そしてお局様である契約社員の私とでてんてこ舞いとなっている。


 ラッピングは圧倒的に絵本が多い。

 子どもへのプレゼントの準備が間に合わなかったお父さんとか。

 そして、絵本は得てして定形外。

 あらかじめ用意してあるクリスマスっぽいデザインの袋に入らないときには、クリスマス贈答用の包装紙で包むしかないわけで、バイトくんたちにそのスキルはないから私が呼ばれる。

 そしてぶっちゃけ、まだ若い店長代理より私の方がラッピングは上手だ。

 というわけで、最初に戻る。

 エンドレス。


 もうシフトもへったくれもないグダグダな状態で、レジが途切れた瞬間に交代で休憩を取るみたいな。

 うん、少しでも休めるだけありがたいよ。

 っていうか、建前は「お客様、ご来店いただいてありがとうございます」だけど、本音は「もっと早く用意しようよ、プレゼント」だ。


 店長代理がげっそりした顔で「ちょっとだけ抜けさせて。何かあったらケータイ鳴らしてくれればいいから」と休憩に出る。

 私は笑顔が引きつらないように気をつけながら、ニッコリと「いってらっしゃい! ほどほどにごゆっくり」と見送って、またラッピング。


「子どもへのプレゼントに絵本を買ってやりたいんですけど、何かお薦めはありませんか?」

 切羽詰まった顔のお父さんからのお問い合わせを、バイト君からバトンタッチ。


「お子様はおいくつですか? あと普段はどんな絵本を読んであげていますか?」

「幼稚園の年長組なんですけど、自分は読んであげたことはほとんどなくて…妻の母がよく絵本をお土産に遊びに来てくれるんですけど」


 おばあちゃんが絵本を買ってきてくれるってことは、『ぐりとぐら』や『ノンタン』みたいな定番は既に持っている可能性が高そうだ。

 ロングセラーではなく、なおかつ子どもが喜びそうなもの、そして出来れば今夜はお父さんが読み聞かせしてあげられたらもっといい…。


「この絵本はお家で見た覚えはありますか? お話も面白いんですけど、色使いがきれいな上に絵のあちこちに小さなしかけが隠してあって、大人の人も一緒に楽しめるんです」

 私のチョイスは『バムとケロのおかいもの』。

「一緒に読んで差し上げたら、きっとお父様も楽しめると思いますよ」


「ありがとう」の言葉とともに帰っていくお父さん。

 たしかにこの瞬間はサンタのお手伝いをしていると実感するね。


 店長代理がいつの間に戻ってきたのか知らないけれど、魂の抜けたような状態で気がついたら閉店時間になっていた。

 マンガでよくあるでしょ、口からエクトプラズムみたいに雲みたいな形の魂が出ていってる表現、あんな感じ。


 最後のお客様が帰って行った後、店長代理がパンパンと手を叩いて「みんな注目ー!」と言った。

「みんな、今日はお疲れ様! 休憩室にケーキ買ってきてあるから食べて帰りな。何種類か適当に買ってきたけど、選ぶのは入社が新しい順な。飲み物は逆にベテランさんからどうぞ」

 そして私の方に向かって、「暮林さんもお疲れ様。レジ締め終わるまでもう一息頑張って。コーヒー好きだよね、缶コーヒーだけど別にひとつ取ってあるから」って。

『ベテランさん』からですか。そうですか。

 でもまあ、私も大人だ! ジト目にならないように気をつけて「ありがとうございます、覚えててくれたんですね」と返事する。


 いつも思うけど、こういうところ店長代理は上手いよなぁ。

 そりゃあ、若い子たちはこの人の言うことよく聞くさ。

 地味な割に口うるさいお局様と違ってね。

 イケメンだし。


「お疲れ様」「女の子たちは気をつけて帰ってね」「メリークリスマス!」「ごちそうさまでした」

 いろんな挨拶が飛び交って、バイトちゃんたちが帰って行く。


 最後に残ったふたつはオーソドックスなショートケーキとレアチーズケーキ。

「店長代理もお疲れ様でした。順番ですから先にお好きな方をどうぞ」

「…それ嫌味? っていうか僕のほうが失礼な言い方だったね。ごめん」

「あ、いや、そういうつもりではなくて、上司を立てるというか…さっき休憩時間にわざわざ買いに行ってくれたんですよね。なのでせめて感謝の気持ちで、えっと、私の方こそ変な言い方してしまってすみません」

 店長代理はくつくつと笑って「じゃあ、遠慮なく」とチーズケーキを手に取った。

 うん、それ美味しいけど食べてるうちにタルト生地がボロボロこぼれるから、そっちを選んでくれて助かった。


 ケーキを食べながら(お行儀悪っ!)レジ締め作業に入る。

 プラスチックのフォークとボールペン、いちいち持ち替えるのって何気にめんどくさいな、とか思いながら電卓叩いてると!

「店長代理! レジ誤差ゼロですよ!! 今日はこんな修羅場だったのに!」

「本屋の神様からのプレゼントかもね、君たちも早く帰りな、って」

「ずいぶんみみっちいクリスマスプレゼントですねぇ…。でも明日は早番だし、早く帰れるのはラッキーです」

「僕は明日も遅番ですまないね。じゃあ、さっさと帰ろうか」


 店の裏口に鍵をかけ、「メリー・クリスマス!」と挨拶して別れる。

 帰りはそれぞれ別方向の電車だ。



 アパートの鍵を開け、部屋着に着替えてメイクを落とす。

 明日は早番だけれど、日曜日で雑誌の発売もないし出社はギリギリでもいいだろう、とシャワーは明日の朝することにする。

 冷蔵庫を開けて、小ぶりの瓶に入ったロゼのシードルを出す。


 こんな日くらいは自分にプレゼント、と思ってこの前買っておいたヤツ。

 予想通り、ひとりで飲むことになったけど。

 本当はスパークリングワインにしたかったんだけれど、ちょうどいい大きさのが売ってなくて。

 さすがにビールや缶チューハイはオヤジ臭いし、変に甘ったるいカクテルもちょっと気分じゃないし、と思っていた時に目についたのがこのシードルだった。

 アルコール度数も高くないし、量もひとりで飲むのには手頃な大きさ、そして瓶がけっこうシンプルで可愛い。


 一緒にクリスマスイブを過ごす彼氏はいないけれど、喪女の友人たちからメッセージが入ってた。

 小売、接客業じゃない友人たちはいわゆる「女子会」が終わったところみたいだった。

 返信しようとした時、「ほわん」と特別に設定していた着信音が鳴った。


 店長代理が覚えていたように、私はコーヒーが好きだ。

 そのコーヒー好きになるきっかけは、もう何年も前に大学卒業とともに退職していったアルバイトの男の子。

「美味しいコーヒーを淹れるには、まず何よりも豆選びが大切なんです!」と力説していた彼。

 豆の選び方、お湯の温度に使いやすいポットの形…いろいろ教えてもらったな。

 彼行きつけの自家焙煎珈琲店は、今や私も常連だ。

 明日早番でなかったら、シードルよりもそのコーヒーを飲むんだけどな。


 何年ぶりに聞いただろう、その着信音。

 その彼からのメッセージ…。


『メリークリスマス! お久しぶりです、お元気ですか?

 そろそろ遅番終わって帰ってくつろいでいる頃でしょうか?

 もしかして彼氏さんとかできて今頃…? だったらゴメンナサイ

 突然ですが中途半端な時期なのに、異動の発令が出ました

 新年早々そちらの街に赴任します

 三が日が明けたらアパート探しにそちらの街に一度行きます

 カクヨム堂書店にも挨拶に伺うつもりですが、

 よかったらそれとは別にふたりで一緒にお茶しませんか?』


 なんて返信すればいいのだろう。

 久しぶりに、ちょっとドキドキしている。



 fin

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