(12)血統
それから頃合いを見て、公典に別れを告げた美子達は、玄関で靴を履いてから、見送りに来た康子と照江に頭を下げた。
「それではお邪魔しました」
「また来て頂戴ね」
ここで秀明は、先程から悶々と考え込んでいた事について、康子に尋ねてみる事にした。
「あの、先程倉田氏からこれを頂いたのですが、どういう意味か分かりますか?」
そう言いながら、秀明がポケットから取り出した二つのポチ袋を見て、美子が目を丸くする。
「え? おじいちゃんから?」
「ああ。こっちはお前の分らしい」
「……何? ボケちゃったの?」
自分の物を受け取ってから思わず口走った美子に、それを見た康子がコロコロと笑う。
「あら、違うわよ。久しぶりに孫娘が来たから、お小遣いを渡したのに決まっているじゃない」
しかしその説明を聞いた美子は、益々困惑した顔付きになった。
「お小遣いを貰う年じゃないし、秀明さんの分もあるんだけど?」
「だって秀明さんも昌典の子供だから、私達の孫でしょう? それなら同じ様にあげないと駄目じゃない。私達、美子ちゃんと美恵ちゃん達との間に、差を付けて渡した事なんて無いわよ?」
「ええと……」
「ありがとうございます」
笑顔で康子に告げられた二人は、取り敢えず礼を述べて倉田家を後にした。そして門の近くの駐車場に向かって歩きながら、受け取ったポチ袋を握り締めたまま、美子がぼそりと呟く。
「でも……、これってどう考えても、硬貨の感触なのよね……」
それに秀明も足を止め、提案してみた。
「ちょっと開けてみるか?」
「そうね」
そして車の側でポチ袋を開けて逆さにしてみると、手のひらにあっさりと中身が落ちてきた。
「……どう見ても、五百円だな」
「五百円硬貨よね。ピカピカしているし新品みたいだけど……」
秀明を自分と同様に孫と認めて貰ったのは分かるが、どうしてこんな方法なのかと、美子は密かに頭を抱えた。その気持ちは秀明も同様だったらしく、二人で車に乗り込んで発進させてから、しみじみと言い出す。
「しかし、予想の斜め上の言動は、やっぱり美子の血縁者だな。もの凄く納得した」
「どういう意味よ?」
「言葉通りの意味だが? 驚かされてばかりで、本当に退屈しない」
「悪かったわね。ところで二人で、どんな話をしたの?」
美子が助手席から軽く睨むと、秀明は何でもない事の様に答える。
「うん? 世間話の延長だったが」
「そうなの?」
美子は不思議そうな顔付きになったが、それ以上聞いてはこなかった。それを幸い、秀明は運転しながら公典との会話を思い返す。
(しかし、三人以上か……。作っても、あの爺さんが望むような子供が、生まれるとは限らないだろうに)
そこで何となくおかしくなってしまった秀明は、赤信号で止まったのを幸い、美子に向き直って笑いながら提案した。
「じゃあこれからの予定は特に無いし、早速ホテルで休憩していくか」
「え? ちょっと大丈夫なの? そんなに眠いのに運転してるの?」
「は? 何の事だ?」
「だって、今、ホテルで休憩していきたいって言ったじゃない。ホテルのデイユースって、ビジネスマンが休憩したり昼寝をする為に、何時間か借りるんでしょう? そんなに疲れてるなら、タクシーを使えば良かったわ」
当惑した秀明に、美子は本気で後悔している様な口ぶりで告げた。美子としては以前呼び出された先で熟睡された事を思い出して、本気で心配したのだったが、それを聞いた秀明はハンドルに突っ伏して盛大に笑い出す。
「っぶ、あははははっ!!」
「え? どうしてここで笑うの?」
訳が分からないまま、美子が呆気に取られて見ていると、秀明が何とか笑いを堪えながら言ってきた。
「そう言えば、肝の据わった言動や突拍子もない行動に隠れてすっかり忘れていたが、お前は立派なお嬢様だったんだよな?」
「いきなり何を言い出すわけ? それに何か、もの凄く引っかかる物言いなんだけど?」
「現に、そこら辺の男に摘まみ食いされずに、手付かずだっただろうが」
「人を食べ物みたいに言わないで!」
「ある意味、食べ物だからな」
「そんな事より、信号が青になってるんだけど!?」
秀明が何を言っているのが分かった美子は、顔を怒りと羞恥で真っ赤にしながら前方の信号を指し示したが、秀明は後方から響いて来るクラクションの音など全く気にしない素振りで、如何にも楽しそうに笑った。
「よし、この後特に予定は無いし、お嬢様の体験学習に繰り出すか。俺が今から、ホテルのデイユースのなんたるかを実践講義してやる」
「何だか、もの凄くろくでもない予感しかしないわ!!」
「何を言う。これ以上は無い位、実用的な学習だぞ?」
「どうでも良いけど、さっさと出して! 後ろの車に迷惑よ!!」
「仰せのままに、奥様」
そして上機嫌の秀明は強くアクセルを踏み込み、二人を乗せた車は勢い良くその場から走り去った。
「ただいま戻りました」
「あ、二人ともお帰りなさい。夕飯は私達で準備しておいたから」
「ありがとう」
結局、秀明と美子が帰宅したのは夕方の遅い時間帯であり、二人が居間に顔を出すと、妹達が勢揃いして寛いでいた。そして美実が告げた内容に美子が礼を述べていると、美野が何気ない口調で尋ねてくる。
「お昼前に叔父さんのお家に出かけたのに、遅かったですね」
「ああ、ちょっと帰り道で休憩してきてね」
「休憩? ネットカフェとか?」
「…………」
かなりずれまくった台詞を美幸が口にした途端、室内が静まり返り、お約束の様に美野が突っ込みを入れた。
「ちょっと美幸! ネットカフェで二人で休憩できるわけ無いでしょ? あまり馬鹿な事を言わないで」
「だってこの前、ペア席でまったり漫画読んでたカップルが居たし」
「どんなネットカフェに行ってるの! ホテルのラウンジとかで休憩して来たのに決まってるでしょう!?」
「これは明らかに、美野の方が近いかな~?」
「……っく」
美野の台詞に反応して美子が僅かに口元を引き攣らせ、美実が美子達に思わせぶりな視線を向ける。そして笑いを堪えようとして口元を押さえた秀明だったが、それに失敗して小さな笑い声を漏らすと、美野と美幸が不思議そうな視線を向けた。
「お義兄さん?」
「美子姉さん、熱でもあるの? 何だか顔が赤いけど……」
「……そうね。ちょっと体調が悪いから、休ませて貰うわ」
そう断りを入れて逃げ出す様に出て行った美子を見送り、二人は少し心配そうな顔付きになる。
「大丈夫かな?」
「部屋に体温計を持って行く?」
「大丈夫だよ。少し休めば体調も機嫌も直るし、心配要らないから」
しれっとして義妹達を宥め、ちゃっかりソファーに収まって出して貰ったお茶を飲み始めた秀明と入れ替わりに、ソファーで一連のやり取りを聞いていた美恵が、開いていた雑誌を手にして立ち上がった。
「全く、一見常識人のバカップルは……。やっぱり住む所を探して、さっさと出よう」
廊下に出てすぐにそんな事を呟いた彼女は、溜め息を吐いて自室へと向かった。
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