(5)同窓会

 披露宴会場のホテルにレイトチェックアウトの設定で宿泊した美子達は、翌朝にゆっくりと起き出し、のんびりブランチを済ませて十二時にチェックアウトした。

 予め荷物を纏めてホテルに持ち込んでおいた為、用意しておいた婚姻届を区役所に提出したその足で、新婚旅行に出発した二人だったが、その日の十八時から秀明の故郷での宴会に参加する事になっていた為、夕方に目的地の手前の市で途中下車し、駅前のホテルにチェックインして荷物を運び込む。そこで二人は時間調整をして、バッグだけを持って再びホテルを出た。


「ええと……、ここは公民館よね? ここで待ち合わせ?」

「いや、ここでやるから」

「……そう」

 かつて来訪した時と同様に隣町の駅で電車を降り、タクシーを拾って向かった先で降り立った美子が、目の前の建物を見上げて困惑顔で尋ねたが、秀明は事も無げに答えた。それを聞いた彼女は、思わず遠い目をしてしまう。


(確かに、町中に大きな宴会場があるホテルとか、規模の大きい飲食店はなさそうだったものね)

 美子がそう自分を納得させていると、《中央公民館》と書かれた正面玄関らしき所から、一人の同年輩の男が、秀明に呼びかけながら走り出て来た。


「秀明、久しぶりだな! 結婚おめでとう!」

「ありがとう、良治。今日は世話になる」

 駆け寄った相手と笑顔で握手してから、秀明は美子に向き直って彼を紹介した。


「美子。今回仕切ってくれる、武田良治だ。中学時代も生徒会長として、校内を仕切っていたからな」

「そして副会長のお前が、陰で操っていたんだろうが」

「俺は昔、内気で繊細だったんだ」

「何を言ってる」

 苦笑いで小突いてきた良治に、秀明も上機嫌に言い返す。そんなやり取りを見た美子は、(やっぱりその頃から、黒幕って感じだったのね)と納得して笑ってしまった。そして相手に向き直って、軽く頭を下げる。 


「はじめまして、藤宮美子です。今回はお手数おかけします」

 すると良治は、慌てて真顔になって頭を下げた。


「いえ、せっかくこちらに出向いて貰ったのに、同窓会の延長みたいな祝いの席になってしまって、恐縮です。八十人以上来る予定なので、ホールにシートを敷いて立食形式にしていますし」

「それは構いません。秀明さんがなるべく多くの同級生の方と、顔を合わせる事ができれば良いと思いましたので。それよりも武田さん、公共施設を借りて準備するのは、大変でしたよね?」

「それほどでも。同級生に公民館に就職した奴がいるので、手続きとかは丸投げしました」

 あっさりと笑って応じた良治に(やっぱり基本的な所は、この人と類友かも)などと思いつつ、美子が無意識に秀明に視線を向けると、どうやら考えた事が分かったらしく、秀明が苦笑いを返した。


 それから公民館内の小会議室で、準備が整うまで少し二人で待つ事になったが、再び良治が呼びに来てホールへと案内された。そして彼が出入り口の扉を押し開けて二人を中に誘うと、大勢の人間が歓声を上げて秀明達を迎え入れた。

 正面にステージ、後方に階段状の観客席があるホールは、中央部がバスケットやバレーの試合もできる様な平らなスペースで、そこに土足で入り込んでも良い様に一面にシートが敷かれ、壁際に飲み物やデリバリーの料理を並べた長机が、幾つも連なって並べられていた。そして美子は、ふと不安に襲われる。


(ちょっと待って。まさか私達だけで、ステージに上がったりしないわよね? そんな悪目立ちするのは、流石に嫌なんだけど?)

 しかし彼女のそんな懸念は、ステージの手前に一つだけ出されていた長机と、そこにあった二つのパイブ椅子を見て綺麗に消え去った。そして美子の推察通り、良治が「まず、ここに座って下さい」と説明する。そして二人がその席に座り、目の前にビールが注がれた大き目のプラコップが置かれると、良治がざわめいていた会場を一度声をかけて静かにさせてから、開会を高らかに宣言した。


「それでは! 我らが愛すべき悪ガキ江原秀明君と、哀れな生贄の藤宮美子さんの結婚を祝して、乾杯!」

「かんぱ~い!」

 良治の音頭に合わせて、会場中から一斉に楽しげな声が上がったが、その開会宣言を聞いて美子は噴き出し、秀明は苦笑いの表情になった。


「お前ら、今のは全然祝いの言葉じゃ無いぞ?」

 しかし秀明の抗議の声もなんのその。周囲で好き勝手に言い合う声が響く。


「いやぁ靖史が言っていたけど、本当にまともな女性だよな~」

「本当に。江原君と結婚する様な人って、当時は全然想像できなかったもの」

「こんなカタギのお嬢さんを騙して誑し込むとは……。俺はお前を、そんな男に育てた覚えは無いぞ!」

「良治。生憎と、俺もお前に育てられた覚えは無い」

 若干うんざりした表情になった秀明の肩を掴みながら、ここで良治が美子に申し出た。


「美子さん、こいつをちょっと借りて良いですか? 十五年ぶりに、男同士の話をしたいので」

「はい、もう煮るなり焼くなりお好きな様に」

「美子、お前な……」

「ほらほら、ちょっと来い」

「お前には聞きたい事が、山ほどあるんだからな」

 にっこり笑って頷いた美子に、秀明は文句を言いたげな顔になったが、忽ち周囲に群がった複数の男達に囲まれて、フロアの中央辺りに引き摺られて行った。


 最初は嫌そうな顔をしていたものの、すぐに笑顔になって周囲と笑い合い、勧められるままビールを飲んでいる秀明の様子を、美子はそれから一人笑顔で観察していた。

(本当に楽しそう……。やっぱり提案してみて良かったわ)

 そんな事を考えながら、ちびちびと一人でビールを飲んでいると、横から声がかけられた。


「お久しぶりです、美子さん」

 その声に顔を上げると、靖史がコップ片手に佇んでいるのを認めて、美子は椅子から立ち上がって礼を述べた。

「勝俣さん。先日は送って頂きまして、ありがとうございました」

 それに彼は小さく頷いてから、申し訳無さそうに言い出す。


「すみません、良治達が秀明を連れ出して、この場に全然知り合いが居ない美子さんを一人にしてしまって」

「お気遣い無く。皆さん久しぶりに顔を合わせた同級生と、話したい気持ちは分かりますし。元々傍観するつもりで来ましたから」

「そうですか。何だか色々とすみません」

 どうやら気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で空いている隣の席を勧めた。すると靖史も素直に腰を下ろした為、思った事を正直に話してみる。


「観察していると、本当に楽しいですよ? 彼がああいう屈託のない笑い方をするのは、珍しいですし。普段はもっと……。何て言うか、皮肉っぽい笑い方が多いかと」

「そうですね。でも元々秀明は、あんな風に笑う奴だったんですよ」

 その口調に、若干の苦みと寂しさが内包しているのを察した美子は、静かに言葉を返した。


「そうですか。やはり私よりも皆さんの方が、あの人の事を知っていそうですね」

 すると靖史が、唐突に話題を変えてきた。


「俺は東京の私立大学に進学したので、向こうで一人暮らしを始めてから、偶に都内で秀明と顔を合わせていました」

「そうだったんですが。存じませんでした」

「でもあいつ、俺達の前から姿を消してから、三年ちょっとで凄く印象が変わっていて……。入学直後に久しぶりに顔を合わせた時、殺伐とした感じになっていて、一瞬別人かと思った位でした」

「そうですか……」

(やっぱり白鳥家に引き取られてから、相当やさぐれたのね。想像は付くけど)

 苦々しい思いを覚えつつ、美子が溜め息を吐きたいのを堪えていると、靖史が引き続き真顔で述べる。


「一応笑ってはいましたが、どことなくつまらなさそうで。生気が無いって言うのとは、また違うんですが……。正直、心配していたんです。こいつは将来、とんでもない犯罪者になるんじゃ無いだろうかって。埒も無い考えでしたが」

(確かに、犯罪行為を微塵も躊躇わない人間になったわね。頭と運がすこぶる良くて、今まで捕まらずに来たけど)

 確かに人生を踏み外しかけてました、などと言えず、美子は無言で項垂れた。するとここで靖史が何やら若干明るい口調になって、話を続ける。


「でも大学に入って一年位経過したら、随分マシな表情になっていて。何かあったのか聞いてみたら『一緒になって馬鹿をやったり悪さをする、ろくでなしの相方ができた』とか言って。そんな風にふざけて言う様な、凄く仲の良い友人ができたんだなって、安心したんです」

 晴れ晴れとした口調と表情で靖史はそう述べたが、十分心当たりの有った美子は、無意識に顔を引き攣らせた。


(それって絶対、小早川さんの事……。あなた達在学中に、一体何をやらかしてたのよ!?)

 本気で頭痛を覚え始めた美子だったが、靖史は笑顔のまま話を締め括った。


「だけど今日の秀明は、これまで以上にいきいきとしていて驚きました。昔通りの笑顔だし。きっと美子さんと結婚したおかげですね」

「いえ、今日は久しぶりに皆さんとお会いして、嬉しいだけだと思いますが」

「それもあるかとは思いますが、全てでは無いですよ。今後とも秀明の事を、宜しくお願いします」

「はい、任されました」

 深々と頭を下げた靖史に、美子も笑顔で応じる。そして二人で笑って世間話をしていると、突然靖史の背後から腕が回され、秀明が軽くヘッドロックしながら文句を言ってきた。


「おい、靖史! 他人の嫁に、何手を出してんだ!」

 早くも酔い始めている気配の秀明を、靖史が苦笑いで見上げる。

「あのな……。超絶に扱いにくくて問題児のお前が愛想を尽かされない様に、美子さんにお願いしていた所だ」

「可愛くないぞ、靖史。昔は俺の後を、パタパタ付いて来てたってのに。そんなに物を斜めに見る様になりやがって」

「秀明は物事を裏返しに見るだろう? それよりはマシだ」

「何だと? 本当に生意気になったよな、お前!」

 そして上機嫌の秀明に拉致されて、靖史もフロアの中心に引き摺られて行かれ、美子は再びテーブルに一人になった。しかし別段寂しいともつまらないとも思わず、笑顔で固まって談笑している秀明達を眺める。


(もしこの町でずっと母親と二人で暮らしていたら、きっとひねくれずに育ったわよね。……何かムカついて来たわ。あの夫婦の間抜けな写真を撮っておいて、ネット上に拡散させる位はしても良かったかも。誰か撮っていなかったかしら?)

 何となく白鳥家の事を考えて、美子が一人でムカムカしていると、数人の女性の集団がやって来て、美子に声をかけた。


「美子さん、男共が江原君を離さなくて、ごめんなさいね?」

「退屈してませんか? 飲み物とか料理とか取って来ますから、遠慮無く言って下さい」

「ありがとうございます。今のところは大丈夫です」

 どうやら女性陣の中でも、物おじしないで世話焼きのグループが、一人きりの自分に気を遣ってくれたらしいと分かった美子は、笑顔で礼を述べた。すると続けて質問が繰り出される。


「それで? 江原君とはどうやって知り合ったんですか?」

「やっぱり江原君がナンパしたとか?」

「真面目そうだし、美子さんの方から声をかけたりしないですよね?」

 ちゃっかりパイプ椅子持参で周囲に座り、じっくり腰を据えて聞き出す気満々の彼女達に、美子は笑いながら話し出した。


「実は、見合いの席で顔を合わせたのが、最初なんです」

「見合い!?」

「意外すぎる!」

「それで? 江原君に騙されちゃったんですか?」

「それが……、あまりにも失礼な事を言われて、あの人にお茶をかけて席を立ってしまって」

「うわ、やる~、美子さん!」

「そりゃあ、あの江原君と結婚しちゃった人だもの」

「それで? その後、どうなったんですか!?」

 それから美子は暫くの間、秀明とのあれこれを正直に口にする事ができない為、ある事は歪曲し、ある事はぼかしながら彼女達に語って聞かせ、彼女達からは秀明の昔の話を聞いて盛り上がっていたが、唐突に秀明の良く通る声が会場中に響き渡った。


「よぉ~っし!! そろそろ皆、気分良く盛り上がってきたよな? これから主役が喋るから、耳かっぽじってよぉ~く聞きやがれ!!」

 その声に会場中の視線が秀明に集まり、美子達も例外ではなかった。


「何事?」

「うわ、何か江原君、凄い酔ってない?」

「美子さん、ごめんなさい。もう! あの男共はっ!!」

「いえ、気分良く飲んでいるみたいですから」

 彼女達が困惑したり怒りの表情を浮かべる中、何を思ったか秀明はどこからかパイプ椅子を二つ引き摺って、美子達がいる長机から少し離れた所に少し間隔を空けて椅子を並べた。そして美子を手招きする。


「よし、美子、ちょっと来い!」

「一体何?」

「良いから」

 訳が分からないまま美子は周囲の女性達に会釈して立ち上がり、秀明の所に向かった。すると秀明が上機嫌に彼女を出迎えたと思ったら、いきなり左腕で肩を抱いて、フロア全体を見渡しつつ大声を張り上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る