9話 「領地相続戦争①~疲弊戦~」

ぶろぐvar

http://suliruku.blogspot.jp/2016/10/9.html



そろそろ夕方だ。太陽が地平線の彼方へと消えるまで1時間もかからないだろう。

戦いの『準備』のために手間取ってしまったせいだ。

だから、後は戦うのみ。

僕は城から少し離れた平野を一人で歩き、そして立ち止まった。水堀と高い壁に守られた城が視界に入る。そこは僕が生まれ育った自宅だ。

モーニャンと一緒に帰るべき家なのだ。

ここを取り戻す事で、新しいモフモフな人生が始まる。


『住んでいた頃の記憶ないのにwwww自宅だと思っている犬さんwww』

『この城は……獣人達が無償労働させて作った代物だぞ、負の遺産すぎる……』


なら、これは僕の物だ。人間が所有して良い物件じゃない。

息を吸い、僕は一気に大きな声を解き放つ。


「おーい!腰抜けの糞叔父っー!僕がそんなに怖いのかぁー!

僕は知っているんだぞー!叔父が僕の両親を暗殺したって事実をなぁー!」


『安い挑発ですお』


しばらくすると、五十人の人間の足音とともに、城壁の上に叔父が登って出てきた。

一人だけたくさん酒を飲んだのか、顔が興奮して真っ赤になっている。

僕の事を見て、叔父は不機嫌そうに顔を歪めた。


「あーん?誰だ……なんだと!?

まだ生きていたのか!クソガキ!」


叔父は僕を罵った後に、少し考え込んで――


「おお!ワァンではないか!

両親が死んで大変だったな!これからの面倒は全てワシが見てやろう!

さぁ!こっちに来なさい!誤解を解いてあげよう!」


「……両親を殺したゲス野郎だって知っているよクソ叔父。

さっきの傭兵達は、僕を始末するために来たんだよね?」


さすがに誤魔化し切れないと思ったのか、叔父は態度を豹変させた。


「ちっ!ガキ一人を殺すに失敗するとは役立たずめ!

帰ってきたら解雇してやる!クソガキはさっさとこっちに来い!

寂しくないように天国へと送ってやろう!両親が待つ場所になぁ!ワシにだって慈悲はある!さぁ来い!苦しまずに殺してやろう!」


何が慈悲だ。父親が居なくなったおかげで、これ以上の後継者問題が発生しなくて好都合だけど、犬耳な母親を殺すなんて絶対に許せない。

地獄へと落ちるのは貴様の方だ。大量の絶望をくれてやる!


「クソ叔父……僕はこれから、他の貴族の土地にいって、この領地の権利を全てプレゼントするぞー!」


「な、なんだとー!?

やめろぉー!ワシが苦労して手に入れた新しい人生を壊す気かぁー!

行くなぁー!こっちに来いー!クソガキー!売女の息子がぁー!」


「僕一人では叔父には勝てないー!

だから!利権に狂った貴族どもの手を借りて、始末させる事を決めたんだぁー!

じゃ、さようなら~!あの世で会おうー!糞叔父ー!」


僕は叫んで、城の反対方向へとゆっくり走った。

背後の空間では、叔父達が必死に跳ね橋を降ろそうとして頑張っている。

もう、ゆっくりすぎて……跳ね橋を下して出撃するのに五分か十分くらいかかりそうだ。


「さっさと来いよ!?

チームワークが無さ過ぎるだろ!?」


『ツッコミを入れちゃ駄目ぇー!』『作戦がばれちゃうよー!犬さんー!』


~~~~~~~~~~~~



僕は不自然としか思えないほどゆっくり走った。

今回の策は、叔父達を僕という餌で釣る必要があるだけに、視界の外に移動する訳にはいかない。

そんな低スピードで走っている僕の遥か後ろを――武装した傭兵達が追いかけてくる。


「追いかけろー!全員で追いかけて殺せー!

奴が余所の領地に入ったら、ワシはおしまいだぁー!

キサマらも、流れ者暮らしはもう嫌なはずだ!ここで頑張らないと同じ日々が戻ってくるぞー!」


叔父と傭兵達は慌てすぎて、馬にすら乗っていない。

いや、違う。そもそも馬は高級品すぎて、三流の傭兵には不似合いな代物。

この周りに漂う田舎臭さを考えれば、馬を飼うのが大変だと理解できる。

そもそも叔父は、家を継ぐ資格がない次男坊だ。乗馬の訓練すらやらせてもらえなかったのだろう。


「うぉぉぉ!ガキを殺せぇえぇぇぇ!」

「安定した暮らしのために死んでくれぇぇぇぇ!」

「もう、こつこつ人身売買して働くのは嫌なんだよぉぉぉ!」

「強盗や略奪して真面目に働いたのに、官憲に追い掛け回される生活は嫌だぁぁぁ!」


駄目だ、こいつら。

ツッコミたい。投石して頭をひねり潰して、それのどこが地道な労働だぁー!って叫びたい。

なんて世の中を舐めくさったクズなんだろう。こんなクズに母親を殺されたんだと思うと、怒りで頭が爆発しそうだ。


『可愛いショタをホイホイ追いかける汚い大人達の図ですお』

『犬さんは危険人物だよー!皆ぁー!逃げてぇー!そっちにいったら殺されちゃうよー!』


とりあえず、ボケにはボケで返そう。

傭兵達の嗜虐心を満たせるように、僕は悲惨な雰囲気を纏いながら叫んでみた。


「うぁー!大変だぁー!こんな凄い人数に追いかけられたら人生終了だなぁー!」


『なんて白々しい発言wwwww』『犬さんは悪党だお』


この作戦、結構大変なんだぞ。熟練した部隊じゃないと大失敗して壊滅しちゃうような難しさなんだぞ!

偽装退却だとばれた時点で、無駄に相手を警戒させて使えなくなる手だし。

幸い、叔父が全兵力を投入して追いかけてきてくれるから順調だ。酒で酔っているせいで判断力もない。

傭兵達が兵力を投入しない場合は、城の入口を投石でぶっ壊して、ちまちまと城の外から虐め殺す予定だから、どんな事態になろうと問題ないのだ。

城の中にいる使用人は、ほぼ全員人間のようだし。殺されても獣人に不利益はない。


『なんて酷い領主様』

『慈悲の心って物がないのかお?』


人間は少し放置するだけで、爆発的に人口が増えるが、獣人は常に超少数民族だ。

二十年後、三十年後に、数が増えた人間相手に、土地を巡って殺し合う関係になるとわかっているのに放置する馬鹿がいるか。

僕が今までの人生でようやく思いついた妊娠デキール薬を完成させないと、数の暴力で何時かは敗北の時がやってくるんだぞ。


「師匠、まだですかな?」

「ワァンの兄貴!大丈夫ですかい!」


遠くにいるホワイトと、赤い頭の不良が、邪神経由で連絡してきた。

僕はすぐに返答する。


「少し待て、もうすぐ目標地点に到達する。

その布陣を維持したまま待機して、身を隠してくれ」


「分かりました師匠、ご健闘を祈ります」


僕は君たちを失いたくないんだ。

こんな糞な叔父のために、犠牲を増やす必要はない。

既に可愛い犬耳の母親が犠牲になっている時点で大損害を被っているのだから。


「師匠は良い男に育ちそうですなぁ。三歳の頃から将軍の片鱗が見えてますぞ?

どうです?拙者と婚約しませんか?

胸は小さいですが、中々にハリがあって揉みやすいと思いますぞ――」


「三歳児を誘惑する時点で、色々と残念すぎるよ!?」


「三歳児だから誘惑する訳ではないのです。

師匠だからこそ、誘惑する訳でしてな。

まぁ、成長したら良い男になりそうだから先物買いという奴です。

今なら安く買えそうですし、成長してからプロポーズしてもライバルが多すぎて勝てないでしょうなぁ……」


『羨ましいお!』

『リア充爆発しろ!』


お前たちはどっちの味方なんだ!


『犬さんの味方だお、でも嫉妬くらいさせて欲しいお』

『他人の幸福で飯が不味い』


なんて酷い奴らなんだ。


~~~~~~~~~~~~


城から3kmほど離れた森へと到着した。

傭兵達は鎧や剣で武装しているせいで、汗を流してヘトヘトに疲れている。

獣人と違って、そんなに持久力がないんだ。

しかし、叔父は自分たちの勝利を確信しているような感じに笑みを浮かべている。


「ぜぇ……はぁ……よ、ようやく追い詰めたぞ……クソガキっ……!

はぁ……はぁ……逃げるのを……はぁはぁ……諦めたようだなぁっ……!」


「クソ叔父っー!どうして僕の両親を殺したんだァー!」


「冥土の土産に教えてやろうっ……!息が苦しいっ……!」


なんて事だ。これが俗に言う悪役はぺらぺら悪事を全部喋ってしまうテンプレって奴か。

僕もそれなりに長い人生を歩んでいるが、こんな光景見たのは初めてだと思う。

お前は何処の時代劇な悪代官なんだ。


「クソガキが死ぬのは……ワシの栄光のためだっ……!!

なぜっ!次男というだけで、やってもいない親族殺しの罪を背負わされてっ!家を追い出されなければならない!

なぜっ!家を相続できるのは長男だけなのだ!本来なら平等に土地を分割するべきだ!

この世の理不尽に激怒したワシはっ!だからっ!兄を殺したのだぁー!

い、息が苦しいっ……ぜぇ……はぁ……」


「いや、全員に相続させたら、数世代先の子孫が貧乏な家だらけになるからだろ……。

影響力ゼロになった家とか意味ないだろ?」


『こんな状況でマジレス』『遺産相続争いは大変ですお』


「だから死ねぇー!ワシの栄光のために!

死体は、両親と同じ墓に埋めてやる!

や、やっぱり呼吸が……く、苦しいっ……!」


叔父は、走りすぎて辛くなったのか、息切れが激しい。30代はまだまだ若くて力が出ると思うのだが、体力というものがないようだ。

でも、僕は叔父に対して容赦はしない。

父親はともかく、犬耳の可愛いお母さんを殺したのは許せない。

モーニャンを凌辱して殺そうとしたのも許せない。

愛らしい獣娘を、一時的な性欲を満たすために殺そうとしたのも絶対に許してはならない現実だからだ。

だから言ってやった。ここで死ぬのは――


「今だぁー!やれぇー!」


死ぬべきなのは叔父達……傭兵側の方だ。

僕の叫びと同時に、森に潜んでいた獣人達が紐を回転させて投石を開始する。

その数は――400人。

獣人の戦闘力を10とするならば――4000人 VS 50人というワンサイドー虐殺ゲーが始まった。


「「よくも娘に手を出したなぁー!殺してやるー!」」

「「この世から出ていけぇー!」」

「「村のアイドルをレイプしたクズは死ねぇー!」」


ーーーーーーーーー

獣人獣 

獣獣獣

ーーーーーーーーーー

僕は一度やってみたかったんだ。

数の暴力で少数を押しつぶす戦って奴を。

お前らは統治政策を最初から失敗してたんだよ!

誰が獣人を強姦して殺すような傭兵を抱えた奴を、領主として認めると思う!

獣人と仲良くなってモフモフして良いのは、モフられる覚悟がある奴だけだ!


「ば、馬鹿なぁー!?

三歳児のクソガキが、なぜっ!

こんなに獣人を従えているんだ!?

……い、息が苦しいっ……!」


『人間側が疲弊しているから……実質、4000人VS 1人くらいの戦力差になってないか?これ?』

『夢みたいだお……物量戦で圧倒できるなんて最高だお……』


さぁ、叔父よ。

地獄で懺悔する準備は出来たか?

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