受話器を取る

ガチャ




『……………………………すみません、もしもし?

聞こえていますか?


ある方から、こちらの電話で罪の告白をする懺悔が出来ると伺ったのですが

この番号で合っていますか?







…………こちらが話すだけと伺っていたので、これで合っているようですね。







……………………懺悔させて頂きます。


………私は…20年前、自分の弱さから子供を捨てた……………最低の母親です……







…………当時の私はとても世間知らずで、臆病で、頭も悪く、息子以外の世の中は全て敵だと思っていました。




私は両親から躾と称された暴力を振るわれて育ったので

大人は全て暴力を振るう相手だと思っていましたし


息子の父親は私の体だけが目的で息子の事を邪魔だと言っていたので

男性は全て子供を邪険に扱うものだと思っていました。


パート先や保育園では若いシングルマザーというだけで好奇の目で見られ

支援を建前に肉体関係を迫られることが何回もありました。


世の中の全ての人がそうではないと

今なら分かるのですが

当時は何もかもが自分と息子に害を成す存在だとしか思えず

「私がこの子を守ってあげないといけない。私だけがこの子を守れるのだ」

と、そう思っていました。


本来ならば頼るべき行政も

私と息子を引き裂こうとする悪の手先だとしか思えず

近所に住む方達も

「自分に声をかけてくるのは何かを狙っているに違いない」

と、常に疑心暗鬼でした……




そのため、私を陥れようとする世の中を見返してやるんだと

寝る間も惜しんで我武者羅に働き、必死に子育てをしていました。




でも、そうやって無理していると、段々と心が歪んでくるんですね……




最初は疲れで体が動かなくなるだけだったんですけれど

そういう疲れている時に息子の相手をしていると

いけないとわかっているのに


「私は何のために無理して頑張っているんだろう」


という気持ちが沸いてきてしまうんです……


そして


「この子がいなければ私は無理する必要が無いんじゃないのか。楽になれるんじゃないのか」


って思ってしまうんです……







すぐに正気に戻りましたけれど

一度そうやって心が歪んでしまうとダメですね……



今までは息子の事が一番最優先で生きてきたはずなのに

息子の事なんかほうっておいて休みたいとか

買い物がしたいとか

自由になりたいとか

そう思っちゃうんです……


その度に、そういう思いをする自分がとても嫌になり………

自分はあの親の子供なんだと

あの男の妻なんだと

思わされました……


私も親のように息子に手を上げてしまうのだろうとか

あの男のように息子の事を邪魔物としてしか見れなくなってしまうのだろうとか

どんどん悪い方向に考えが偏っちゃうんです……


そして、その悪い考えが進むと、加害者が私ではなくなるんです…


息子はあの親とあの男の血を継いでいるのだから

いつかあいつらと同じように私に暴力を振るうのではないか

私を邪魔物扱いするんじゃないかと

私が被害者側になるんです……


その考えに至る度に

息子の首に手をかけようとしている自分に気付き

自分の浅はかな考えや

息子への申し訳なさ等の

様々な感情に押しつぶされそうになって

息子に分からないよう…隠れて泣いていました……







そして

私は息子に手をかけてしまう弱い自分が恥ずかしくて

息子を捨てたんです……




結局…私は私の親と同じ……わが子に虐待をする親にしかなれませんでした。


息子から恨まれて当然の親です……

蛙の子は蛙というのは、こういう事を言うんですね……









でも……違ったんです…………



こんな私なのに……

こんな駄目で、子供を捨てた母親なのに……

あの子は、それでも


「僕を産んでくれてありがとう。お母さんが大好きです」


と、そう言ってくれたんです……




何故だかは分かりません……誰が教えたのかは分かりません……

私の電話に、20年前に捨てたはずの息子から電話があったんです。


架かってきた時は知らない番号だったので出るつもりは無かったのですが

不思議な予感があり、気が付いたら受話器を取っていました。

20年ぶりのはずなのに、直ぐに息子の声だと分かりました。



息子は電話先が私だと分からなかったみたいですが……

私は自分だと名乗ることが出来ませんでした。




怖かったんです。


息子を捨てたのは自分なのに

息子から私への恨み言を聞くのが

怖かったんです。


本当に、自分勝手で、最悪な母親です。


一方的に世の中を敵だと決め付けて周りに反発し

自分がした事の責任も取れずに逃げ出した

最悪な母親どころか、親として、人として失格です。




なのに

息子は私の事を恨んでいないと言い

あろう事か私がした事を責めるつもりは無いと

仕方が無かったと

そう言ったんです……




私は、人として本当に恥ずかしいです……


私は、勝手に決め付けていたんです……


自分は親に虐待されて親を恨んだので

息子も育児放棄した私を恨んでいるに違いないと

勝手に決め付けていたんです。


自分の罪の心が軽くなるように

息子に親を恨んで欲しいと願っていたんです。




息子の電話が終わった後

私は息子を捨てた事よりも

息子に親を恨む人間になって欲しいと願っていた事を恥じました……







これが……私の罪であり………私の懺悔です……………







今晩、20年ぶりに息子に会うことになっています……


あの電話の後、こちらから息子に連絡を取りました……

勿論、息子は私が電話先の相手だった事は知りません。


私は息子を置いて逃げるよりも、もっと酷いことを息子にしました。

今更、それを許して貰おうとは思っていません。


ただ、あの子が私と話をしたいと

そう言っていたのを、叶えてあげたいんです。


今更母親面してなんだと言われるかもしれません。

実際に会ってみたら息子の気持ちが変わって私を罵倒するかもしれません。

それでも、いいんです。


息子が望むのならば、それを全て叶えるのが、私の贖罪です……







………誰かに話を聞いて貰うというのは、こんなにも心が軽くなるのですね。


実際に助けて貰う訳ではなくとも

自分は一人じゃないと思うことが出来ました……


こうして悩みを口に出すことで

悩みが解決できなくとも

溜まっていた何かが消化されるようです。




…………一人で悩まずに、誰かを頼るという事を、もっと早く知っておけば良かったですね。

そうすれば、もしかしたら………




いえ、もう終わってしまった事は変えようがないですね。


でも、これからの事は変えていくことが出来ると思います。




この20年、ずっと悩んでいた気持ちが少し楽になりました。助かりました。

本当に、ありがとうございます。』




ツー ツー ツー

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