受話器を取る

ガチャ




『うわっ!びっくりした……直ぐに繋がるのかこれ。


すみません、もしもし?

聞こえていますか?







…………はは、「返事は返ってこない」って聞いていたけど、本当に何も聞こえないんだな。







ありがとう。


あなたのお陰で、僕は救われました。

あなたにとっては何気ない行動だったのかもしれないけれど

僕がここまで生きれたのは、あなたのお陰です。




あ、変な宗教とかの電話じゃないですよ?


僕は、20年前あなたが救急に連絡してくれた、間違い電話を架けた子供です。

覚えていらっしゃいますか?


まあ、昔の事だし、覚えていなくても構いません。

勝手な気持ちですが、あなたにずっとお礼が言いたかったんです。

本当に、ありがとうございます。







………あの時の電話の内容から見当は付いていると思いますが

僕は所謂ネグレクトと呼ばれる、母親から育児放棄をされた子供でした。



育児放棄と言っても、あの日の前まではちゃんと育ててもらっていた記憶はあります。

おぼろげですけど

病院に連れて行って貰ったり

オムライスを作って貰っていた記憶があるんです。


周りの住人からは「仲の良い親子」や「家から笑い声が聞こえる」という証言があったそうですし

保育園の保母さんからも虐待の様子は無いと言われていたらしくて

警察は母が事故や事件に合ったのではないのかと考えていたそうです。




でも、警察が見つけた母の日記帳には



「他の子供や母親を見ると、自分がちゃんと子供を育てれているのか心配になる」

「また子供を泣かせてしまった。自分は親として相応しくないのかもしれない」

「この子の母親がこんな駄目な私では、この子が可哀相だ」



と、育児についての悩みがいくつも書かれてました。


この日記の内容と

家の中の金銭や通帳はそのままだった事で

母は事件性の無い突発的な失踪という扱いになったんです。






後で知ったのですが

母は自分の親から虐待されて育ったらしく

自分も子供に虐待をするのではないかと

ずっと悩みながら僕を育てていたみたいです。


泣いたり我が侭を言う僕を何度も僕を叩きそうになった事があり

その度に自己嫌悪に陥っていたと日記に綴られていました。


父親が居ればまだ違ったのかもしれませんが

母は自分一人で出産も行ったらしく

出生届の父親の欄は空白でした。


その事も「父親が居ない子でごめん」と、日記に書かれていて

母は周りに決して弱みを見せない女性だったみたいです。



だからあの日

母は自分の子育ての不安に精神的な限界が来てしまい

発作的に僕を置いてどこかえ消えてしまったんだと思います。


母の日記の最後には

自分が子供を傷つけてしまうかもしれない怖さ

子供を置いて逃げようと考えてしまう自分の弱さ

この二つについての葛藤と

僕への謝罪で埋め尽くされていました。







でも、これで良かったんです。


母は僕を置いて行ってしまったけど

あなたのお陰で僕は国に保護され

母は子供を殺さずに済んだんです。


そりゃあ一番良いっていう結果では無いですけれど

一番悪い結果にはならなかったんですから。




僕は母を責めるつもりはありません。

母に捨てられたと気付いた時はかなりショックでしたが

こうして大人になってから考えると、母がした事は仕方が無かった事なんだと思います。


ずっと一人で頑張るって、とても大変ですから……




でも、出来ればもう一度だけ母に会って色々と話がしてみたいです。

母に帰ってきて欲しいわけでは無くて

この20年間にあった事を

僕はちゃんと大人になれたって事を

母に知って欲しいんです。


そして、自分の口からちゃんと伝えたいんです。


「僕を産んでくれてありがとう。お母さんが大好きです」


って。








ああ、ちょっと話しすぎですね、すみません。

でも、なんとなく、あなたには僕が母を恨んでいないって知っておいて欲しかったんです。


間違い電話とはいえ、子供からあんな内容の電話が架かってきたら迷惑ですし、後味が悪いですもんね。

もう忘れていたのなら蛇足でしたが、あの時の子供はちゃんと大人になれたって事と、母親の事は嫌いになっていないので安心してください。



急な電話でしたけど、出て頂けて感謝します。


ありがとうございました。』




ツー ツー ツー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る