受話器を取る

ガチャ




『懲りないな、お前。

受話器を取るのを止めろと言っているんだ。簡単だろ?

それとも、そんなに助からない奴の声を聞きたいのか?

いいだろう、それじゃあこのまま俺が繋いでやる。

嫌になったら途中で閉じればいい。

そしてそのまま、もう受話器を取ろうとするな。
















ザザッ――ザザッ―――ザ―ザーーーーーーーー
















神よ……どうか、儂等の願いを聞き入れてください。

雨を、雨を降らす…天の恵みを。どうかお願い致します……

井戸も川も干上がり、この村には一滴の水もありません……

遠方の湖から水を汲んでおりますが、量が少なく、村の人間の唇を湿らせる程度しか保たないのです。

……このままでは村が全滅してしまいます。


……家畜は血を啜るために殺し、子山羊一頭残っておりません。

木の根や草の根も、その多少の湿り気を求めて全て掘り返され尽くしたため、植物は最早何一つありません。

いずれ……食べる物も無くなってしまいます…………


水が無いのはこの村だけではありません。この辺り一帯の全ての村がそうなのです。

もう……いくつもの村が滅びています。

強い村は弱い村から略奪する事で生きながらえているようですが、それもその場凌ぎでしかありません。

この村は守るだけならば適した場所ですが、今の状態で略奪者が来れば抗うことは出来ないでしょう…………


………村の中では……自分の血を子に与える者も出てきました。

子が嫌がろうが、死ぬよりはマシなのだと、自らの腕を傷付け子の口に当てるのです。

子も嫌がろうが、それを吐く事は親の覚悟を棄てることだと分かっているのでしょう。目に涙を浮かべながらそれを啜るのです。

どんなに苦しくても………涙を流すことさえ、今の儂等には出来ません。

水さえ…水さえあれば……この地獄は終わるのです………


どうか、雨を降らせてください。

この老いぼれの命では、とうてい釣り合わぬ願いかもしれませんが、今のこの村には差し出せるものが何もありません。


………儂はもう十分生きました。


これからまだ生きるであろう若者のために………どうか、雨を、雨を降らせてください。

お願い致します。


神よ、この身を捧げます。

人を、お救い下さい。

どうか、お恵みを……………
















ザッ―――ザザッ―ザ―ザ―ザーーーーーーーー
















この爺も残念だな。

神へ願ったはずが、関係無いお前に届いてしまって。

分かるか?

お前が受話器を取るから、この爺の願いは神に届かなかったんだ。

お前が自己満足でいい事をしたと思いたいがために、この老人が無駄死にし、助かったかもしれないはずの村の人間も全滅するんだ。

あーあ、可哀相にな。

お前が俺の言う通りにしていたら何処かの神に届いたかもしれないのになあ。

どうだ、まだ懲りないのか?

いいだろう、次もこのまま繋いでやる。

耐えれなくなったらいつでも閉じていいからな。
















ザザッ――ザ――ザザッ―ザーーーーーーーー
















もしもし……ママ…………?



ママ………どこへいっちゃったの………

…………ママ…おなかすいたよ………ママ………かえってきて………

……ママのごはんがたべたい………………

………………ママ…………



ママ………かえってきてよ…………ママ………

……………ママがいないといやだよう………

……どこへいっちゃったの………?

ぼくわるいこなの?………だからママかえってこないの…………?



ママ………

……ママ………おねがい……かえってきて……………

………ママ…………おなかすいたよ………………ママ…………



……おねがい…ママ……

がんばってといれひとりでいくよ……ママのおてつだいもするよ………

だから……かえってきてよ…………


ママ……ママ………おなかすいたよ……………………



…………ママ…………かえってきて…………………………



…………………………ママ……………………















ザザ――ザ―ザッ―ザザ―ザーーーーーーーー
















可哀相になあ。

この子供、親に棄てられたんだろうな。

もしかしたら親に繋がっていたかもしれないのに、お前に繋がってしまうなんてな。

お前が受話器を取ることを続ける限り、こうして助かるかもしれなかった奴の最後の足掻きが無駄になる。


お前がしている事がどんな事か分かったか?

満足感だけで人を助けたような気になってるんじゃないぞ。

その満足感の犠牲になっている命がある事に気付くんだ。


いいか、もうこれ以上受話器を取るんじゃない。

無駄に死ぬ人間を見たく無いだろう?

だから、コールが鳴っても無視をするんだ。いいな。』




ツー ツー ツー

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