第2話

「こらぁ!!」


 廊下の真ん中で仁王立ちをしているのは、学級委員長の雛田ヒナタカオルだった。

 セーラー服のスカートからは色の白い足がすっと伸びている。


「………」


 倫之助をきっと睨み、腰に手を当てて立っている馨をぼんやりと見つめた。


「……なに?」

「なに? じゃないわよ! あなた、先週の歴史の授業、サボったでしょ!」


 つややかな髪はひどく長く、腰まである。

 右の耳元には赤いリボンが結ばれているが、何の意味があるのかは分からない。

 倫之助は首を傾けて思い出そうとすると、確かに先週の歴史の授業はサボったような気がする。


「――ああ、確かに」


 頷いて見せると、馨は眉を跳ね上げてみるみる目線がきつくなってゆく。


「あなた、この学園の学生という意識が足りないんじゃない? 授業――それも風彼此カザビシと陰鬼の歴史に関する授業をさぼるなんて……」

「あー……うん。もうサボらないよ」


 そそくさとここから離れるが、廊下の真ん中では馨が「ちゃんと聞きなさい!」と怒っている。

 倫之助は風彼此――陰鬼に対抗できる、唯一の武器の使い手として覚醒したのは、とても幼い時だった。

 風彼此は使い手の精神性や、感情を具現化した武器で、誰しもが覚醒できるというわけではない。

 適性がなければ、どう努力しても覚醒することはない。覚醒するのは年齢は関係なく、幼少の時に覚醒する者もいれば、年老いてから覚醒する者もいる。

 だからか、覚醒した者――風彼此使いはエリート意識が強い。

 自分こそ選ばれたものだと、そう思うものが多いのだ。

 無論、エリート意識など面倒くさいという理由で、そういう連中から離れているものもいる。

 倫之助はその中の一部だった。

 そして、馨はそれ以外の者。エリート意識が高い分類になるだろう。


「………」


 ふう、とため息を吐き出して自分の席に着くと、後ろの席の男子生徒――御堂ミドウ松羽マツバが倫之助の背中をとんとんと叩いた。


「?」

「おまえ、雛田につっかかられたみたいじゃねぇか」

「ああ――うん」


 松羽はすこしだけ長い前髪から覗く目を細めて、にやりと笑う。

 ストレートパーマでもかけたような黒い髪をしているが、細い目ははっきりと分かる程青く染まっていた。

 ちぐはぐなそれは、風彼此使いに時折見られるのだが、馨は髪の色と同じ黒だ。それが気に入らない彼女は、時折、カラーコンタクトをしている。


「ホント、面倒くせぇ――。エリート意識が強い奴って、長生きできないと思うんだよな、俺」

「確かに」


 倫之助はうなずくと、窓を見上げた。

 青く、遠い空。

 鳥が羽ばたく音が聞こえる。

 倫之助が肯定した事に意外そうに目をわずかに見開く。


「へえ、おまえもそう思ってんだ」

「うん。そう思う。本当に――」


 倫之助の目は未だ空に向けられている。

 どこか羨望のような――希望を空に見出すような、そんな目をしていた。




 だが、それは誰も気づくことはなかった。

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