第十話:唯一の安息地(Ep:3)

「ふぅぅ……疲れた……」

くったくたになりながら自分の部屋に入った僚はそのままベッドへと飛び込んだ。

各科の班長、及び隊長には個室が設けられている。

だが僚は普段、試作三号機のコクピットを寝室代わりとしている為、正直なところあまりこの部屋を利用していない。

時計を見る。時刻 二二〇〇。

艦内食堂は当に閉まっている。

「乾パンでも食べよう……」

言いながら僚は戸棚を開け、乾パンを取り出す。普段利用していないだけあって戸棚には乾パンが数缶しか入ってない。

口に含みポリポリとよく噛む。

乾パン本来の素朴な味わいと、砂糖の甘味が疲れた身体を癒す。

だが、いくつか口に運んだ辺りで弊害が発生する。

「口の中、パッサパサになるな……」

それは乾パンが乾パンであるが故に避けられないことだった。

蛇口の元へと向かいコップに真水を汲み、汲んだそれを一気に飲み干す。

普通船舶の上で生活するに当たって真水はかなり貴重な存在のはずだが、現代の艦艇の、特に戦艦や正規空母クラス程の大規模なものになると話は別だった。原子炉の艦載化の副次効果で海水から真水が比較的容易に取れる様になったからだ。炉心の冷却に海水を取り入れ、蒸発した水分は蓄積され、真水として艦内で使用できる。

特に信濃を始めとする改二大和型超戦艦級に至っては核融合炉を搭載しており、原子炉より幾分か低めのリスクで真水を得ることができる為に節水云々を厳しく叩き込まれることはなかった。

だが、

「乾パン……飽きてきたな……」

朝から何も食べていない。

これしか食べていなかった。

故に、飽きてきた。

その時、誰かが扉をノックした。

「隊長さん。今、大丈夫ですか?」

悠美の様だ。

僚は「はいは~い」と言いながら、扉に向かう。

開けてみると扉の前では悠美が何かを持って立っていた。

「今日のことは、本当にごめんなさい」

頭を下げる悠美。彼女に対し「えぇ、別にいいってそういうこと」と返す僚。

「本当にごめんなさい!

何でもしますから除隊だけは───」

「ふぇ!!?あ……いや、うん。

ま……まぁ、取りあえず、落ち着こう……ね」

そう言って、僚は上がらせた。


「狭いけど大丈夫?」

「い、いえ!大丈夫、です」

取りあえず悠美を来客用の椅子に座らせ、カップとポット(中身は水)と乾パン(開封済み)を用意した僚は、机の方の椅子に座った。

「さて、話そうか」

そう言って僚は悠美と向かい合う。

反応に困っている悠美を余所に「とは言っても、何から話そうかな?」と一人言の様に僚はワンクッション挟む。

少し、数秒だけ間を開けると僚は言葉を続けた。

「物部さんってさ、何で軍に入ろうと思ったの?」

そう尋ねた。その後、「いや、今回のことは別でいいとしても、さ。僕の勝手なイメージだけど、物部さんってあまり軍とか戦争とか向いていなそうだから、さ」と付け足す。

「家族を……守りたかったから、です……」

そう言う悠美。僚は「なるほど」と返す。

「中学校は、国防大付属じゃないよね。

何で来たの?志願兵?」

「はい。志願兵です」

まぁ、この国の軍に於いて徴兵制は二十代で無職の人にしか与えられないが。

「みんな私のことを止めましたが、私はここに来ました。

私、昔からドジだったので……私には無理だって。「お前なんかじゃ軍でやっていけない」と、いろんな人から言われました。

家族からもです。

特に、妹から・・・でも、みんなを守りたいから、国防軍に入りました」

「……物部さん、妹いるんだ」

意外に思いつつも話題が脱線しかけ、僚はここで一度区切りを付ける。

「何で航空隊に志願したのかな?

大事な人を守りたいなら、憲兵隊とか地方巡業でも良かったんじゃない?」

こう聞いたら「それは……」となにやら恥ずかしそうな反応をする悠美。

「他の兵科の試験、全部落ちちゃって」

「あらぁ……」

それで納得がいった。恐らく零という新型機の、配備のメドが立って一人でも多く隊員を入れたかったのだろう。

試験とか言ってもどうせ面接的な簡易的なものしか行われなかっただろうな、などと思ってしまう。

僚はカップの水を飲み干す。それに倣う様に悠美もカップに一口だけ口を付ける。

「結果的に、色々あって来たんだね。

でも……あれ、待って」

言いかけたところで、ふと僚は気付く。

「もしかして、あの時……実質、初飛行だったんじゃ?」

あの時とは、横須賀で訓練した時の初飛行のことだ。あの時、彼女一人だけ隊列から遅れていた。

初めてで不安だった、という彼女の言葉を思い出す。

「はい、実はそうです」

まさかのだった。それはつまり零に乗ったのが初めてだから不安だったのではなく、そもそも航空機に乗ったのが初めてだったから不安だったのだ。

「……そんなザルで良いのか国防海軍……」

小声で呟いてしまう僚。

ポットでカップに水を注ぎ、一口飲む。

「……まぁ……でも、あれだよ。

守りたい、って思う気持ちを強く持てばいいと思う。

そうして、頑張っていれば、そのうちなんとかなるんじゃないかな?

この艦の搭乗員、みんないい人達だから、みんな応えてくれるよ。多分」

言い、乾パンを摘まむ僚。

カップを両手で持ち、悠美は「ありがとう……ございます……」と呟いた。

と、

「あ、そうでした!

隊長に渡したいものが!」

そう言って、持ってきていた何かを差し出す悠美。口の中に乾パンを詰め込んでいた僚は反応しようとして「ほへ?」と返す。

取りあえずカップの水で口内の乾パンを流し込み、それを受け取る。

「本日はありがとうございました!隊長、これからもよろしくお願いします!」

そう言って立ち去る悠美。

その光景を「なんか転けそう」と微笑みながら、渡されたものを開封する。風呂敷にくるまれていたのは黒い簡易プラ容器の様なもの。弁当箱なのだろうか。

弁当───まさか!

食欲に駆られた僚はプラ容器を開けてみる。するとそれは、案の定の弁当だった。

俗にいう『日の丸弁当』というやつだ。白米詰めて梅干しを真ん中に一つトッピングするという質素な料理。

今日一日乾パン数枚と水数杯しか口にしていない僚からしてみればそれは好ましいものである。

箸が近くになかった、というのも箸はステンレス製のが食堂にしかないため、仕方なく副食用の匙で食べることにした。

「───!」

旨い。梅干しの酸味を含む強い風味が、甘い白米に良く合っている。

空腹も相まって、それを掻き込む。

対して量は多くなかった為かすぐに食べ終わると、僚はプラ箱を洗い乾燥台に置いた。明日にでも乾いてから艦内のどこかリサイクルボックスにでも入れておけばいいと考え、そのまま寝床につく。

胃も心も充分に満たされた僚は、今夜はぐっすり眠れそうだった。




時刻 二二一七。

信濃 飛行甲板。


部屋を出ていた深雪は月を見上げていた。

何やら思い耽っている。

「あ……」

その時、誰かの声が聞こえたかと思えば、「吹野、さん……?」と、か弱そうな声で後ろから呼ばれた。

「陸駆 電子───」

振り返ってみると、そこには電子がいた。

「───って!!?」

その両手に一振りの日本刀を携えて。

「あんた何持ってるのよ……殺す気!!?」

「ち、違うのです!!!

ちょっとお手入れをしようと……!!!」

そう言う彼女を良く見てみると、手入れ道具が入っているとされる、口から麻布が若干はみ出た背嚢を背負っていた。

「そ、そう……?素振りはともかく、手入れくらい部屋でやってよ。艦載機のメンテだって格納庫内でやってるのよ?」

「うぅ……ごめんなさい……」

落ち込む電子。すると、

「どんな刀なの?」

唐突に刀について触れられた。

「へ?」

「ちょっと気になって、さ。

見せて貰ってもいい?」

「は……はい!!!」

言われ、ゆっくり抜刀する電子。緋色の鞘から引き抜かれた刃は月光が反射し、綺麗に輝いている。

「綺麗ねぇ……ちゃんと手入れもされてるみたいだし。

……これ、名前とかあるの?」

「いえ、特にはないです。

おじいちゃんが造ってくれました」

「へぇ……。そう言えばあなた、母方の実家が鍛冶屋なんだっけ……」

「はい」

緋色の刀を見つめる深雪と、その隣で背嚢を漁る電子。と、

「このスイッチは?」

柄についたスイッチが気になった様だ。

「ちょっとした機巧からくりになっているのですが……何かは秘密です」

「そうなんだ……」

実をいうと、機巧と聞いた途端に深雪はこの刀の本質を察することができた。

それはもちろん、その緋色の刀身の素材とされる金属を知っていたからであり、恐らくその材質を生かした機巧なのだろう、という考察からだが。

「なら、押さない方が良いわね……」

「そうですね」

言いながら電子は、背嚢から色々な用具を取り出した。ある程度取り出したら、手入れを始める。刃に打ち粉をぽんぽんと叩いて付け、ある程度そうしたら粉を布で拭い取り、グリスを塗る。余分な分を布で拭った後、鞘に収める。

「珍しいもの見れたわ。ありがと」

「どういたしまして、です」

そう言って深雪は「それじゃ、三号機の整備があるから」と艦載機格納庫に戻っていく。

「あー……そうだ」

ところで、ふと立ち止まった深雪が振り返る。

「その刀、なんだけどさ……」

「……はい」

返事を返すと、


「【焔華閃ほむらかせん】……とか、どう?」


「……ふぇ?」

一瞬、その言葉が何のことか分からなかったが、

「ふぁぁ……!!」

脳内で反芻することで、ようやく理解する。

彼女が無銘の愛刀に名前を付けてくれたのだ。

「いいですね……ありがとうございます!!」

「……気に入ってくれてよかったわ」

それじゃ、と深雪は今度こそ飛行甲板を後にする。

一人残った電子は、今度こそ誰もいないことを確認した後、抜刀し───


───ようとして、やっぱりやめた。






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