第八話:蒼海の航路は波に消え(Ep:2)
信濃 CIC。
「艦長、疾風より報告!
春雨、時雨、被弾しました!」
優里が護衛艦からの報告を伝える。
「はぁ……やれやれ。
海賊さんのお出ましか……」
絆像は一度溜め息を吐き、指令を各員へ伝える。
「総員、第一種戦闘配備!
敵は恐らく潜水艦だ!
対潜戦闘用意!」
その一言に対し、全員「了解!」と返した。
「優里、被弾した二隻以外の各艦に通達、第一種戦闘配備、対潜戦闘準備!
被弾した二隻は皐月、長月に護衛して貰う」
「了解!」
「棚田、単装魚雷発射管左舷二番・四番、各門に音響魚雷装填!
雷撃準備!」
「了解!」
「米倉、対潜爆雷投射器左舷一番から五番に爆雷装填!
投射用意!
さらにRAM左舷一番から三番にASROC装填」
「了解!」
「武彦、副砲各門に一式弾装填!
射撃準備!」
「了解!」
「日沖、一応VLSも準備しておいてくれ。
弾頭は何でもいい」
「おう?
良いぜ、了解だ!」
「よし、各員!
兵装の準備は十分か!」
「「「「良ぉおしっ!」」」」
戦闘要員全員の士気が上がる。一人を除いて。
「あ、あの」
その一人が進言する。
「私は……?」
クラリッサだ。
そんな彼女に対し、絆像は「あぁ、そうだった」とワンクッション入れてから返した。
「クラリッサ、今回君には主砲砲手席から外れて貰う」
「え……?」
戸惑うクラリッサに対し、絆像は「ちょいちょい」と小声を言いながら右手で「こっち来い」の合図を出す。
怪訝そうな表情をしながらもクラリッサが席を立ち、彼の席に近づくと、そこで絆像は彼女の耳元でこそこそとあることを話す。
「───えっ!!?」
驚愕に近い反応を示したクラリッサに、絆像は「たのんだぞ」とだけ言う。
「……了解です」
そう答えたクラリッサはCICを後にする。
そこで絆像は艦載機格納庫に通信を入れた。
信濃 後部飛行甲板。
翼を失った零式艦上空戦騎 試作型九号機が“兵士形態”の姿で雷撃兵装備を身に纏い佇んでいた。
航空機に搭載する用の魚雷を懸架・射出する為の発射菅を、膝の脇と両肩装甲脇に三連装型、両腕に単装型のをそれぞれ装備している。
試作九号機の後ろには試作三号機と二一型 三機が、同じく“兵士形態”に変型している。
かなり強い雨と風。波もかなり高い。
「ちょっち、不味ぅないか?
これ……想像以上にあかんやん……」
若干強張っている龍弥。
『火野さん、大丈夫ですか?』
「大丈夫な訳あるかこれ!!?」
僚からの通信に思わず突っ込んだ。
一応甲板にワイヤーアンカーを装備してはいる。一応零は耐水性・耐圧性もある程度備わってはいるらしい。
だが、彼は決心できずにいた。
『まぁ、そうですよね。
生身でないとは言え荒波の中に飛び込むのは気が引けますから』
「気が引けます、で済むんかこの光景……」
『まぁ……仕事とあらば』
「……お前、芸人になれるで?」
『え、そうですか?』
直後、轟音と衝撃と共に一際凄まじい水飛沫が左舷五番副砲直下で起こった。
雷撃され、被弾したのだ。
「ちょっ!!?大丈夫なんか、これ!?」
『超戦艦級が簡単に沈みますか!!
取り敢えず火野さん、行ってください!』
僚はそう言った直後、試作三号機が試作九号機の背中、というか尻の辺りにドロップキックを放った。龍弥が「うわぁ、あかぁぁぁんッ!」等と悲鳴を上げたのも束の間、試作九号機は海中に飲み込まれた。
着水し、数秒間だけかなりの衝撃に曝された後、水深二十メートルは沈下した辺り。ついでに言うならここは艦底部よりも幾分か深い。
機体のワイヤーアンカーは、甲板に固定していたため、これ以上沈むことはない。
「うむ……こんだけ潜れば、流石に静かやな……コクピットの気密性も、思うとったんより良ぇし……」
独り言を言いながら龍弥は、パッシブレーダーを操作し、一発だけ打った。
アクティブレーダーと違い、電波の強度が強い。
その為、敵の姿が速攻で見つかり───。
「おっ、居た居た!」
龍弥は右腕部の魚雷を五発放った。
放ったのは、全部通常魚雷。
ビデオ魚雷は普通の誘導魚雷よりずっと高価だ。下手したら同じビデオ弾頭のミサイルより高価かもしれない。
対して相手は所詮海賊。その露払いに使うなんてもったいないという会計への配慮もあった。
だから、この程度ならビデオ魚雷を消耗せずにすむと思い、敢えてそれを使用しなかった。
放たれた魚雷はそれぞれ、狙った先へと向かっていく。
そして、それらがすぐに全弾炸裂した。
「…………」
最低でも二発は手応えがあった気がした。
だが、何かがおかしい。
そう何となく思い少し考えていたら、その違和感がようやく言葉になる。
「……思っとったんより、近過ぎんか?」
そう思い、パッシブレーダーをもう一発打つ。
すると、
「ファッ!!?」
潜水艦の反応はまだ残っていた。
それどころか、何か別の小さなものの反応が三点確認できる。小型とは言っても体積こそ小さく、零の機体程の長さはあったが。
それを確認した直後、
「───!!!」
電流に似た感覚を感じ取った。
何かが海中を突き抜けてくる───それも明らかに自分の魚雷が爆発した地点を通過して。
人型形態の試作三号機が試作九号機の背中を蹴る。パイロットの火野 龍弥が「うわぁ、あかぁぁぁんッ!」等と悲鳴を上げたのも束の間、試作九号機は海中に飲み込まれた。
しばらくして、
「火野さん、大丈夫かな?」
試作三号機のパイロットである有本 僚は、下を見ながら呟く。
と、艦の下から放たれる雷跡が確認され、「良かった、無事だった様だ……」などと言ってみる。
するとすぐに、前方で爆発が起こる。
『終わった、かな?』
隣の二一型、識別番号 A6M2/S01-2 MF───双里機のパイロット、双里 真尋が僚に問う。
「…………」
だが、僚は何も答えなかった。
魚雷が炸裂した位置は信濃の位置に対してあまりに近過ぎないか、そう考えた直後、三本の雷跡が向かってくるのを海面上に確認した。
かなりの荒波の中だが、僚にははっきりとわかった。
明らかに爆発した地点を通過していることが。
「───ッ!」
僚はすぐさま、CICに通信を開き叫ぶ様に伝えた。
信濃 CIC。
「ふぅむ……」
息を飲む絆像は、ただただ画面を見つめていた。
「見つからんな……」
画面にはレーダー及びソナーの感じ取ったデータが映されている。
敵影はない。
直後、
「───ッ!!」
鈍い音がした様に感じた。
「被害報告」
「左舷艦尾部に雷撃の様な反応。
ただし、損害はほぼ無い模様です」
「うーむ……埒が明かんなー……」
そこまで言ったところで、
「絆像」
武彦が今まで提案したかったことを提案した。
「アマテラスは使わんのか」
言われた絆像はギクッと反応する。
「……存在を忘れてて使ってないと思ったか?」
「……忘れてて使わなかったんじゃなかったのか」
半ギレになりながら聞き返す武彦。
そんな彼に対し絆像は正直に答えた。
「……正直に言えば使いたくなかっただけだ」
彼が言うのも最もだった。
アマテラスはその性質上、同調したものの精神を極度に疲弊させてしまう。
事実、絆像自身も初めて同調したあの日、予想以上の負荷により半日近く寝込んでしまっている。
「……取り合えず、使った方がいいんじゃないか?
ここまで停滞されても辛いだけだぞ」
「……そうだな」
渋々と了承した絆像はアマテラスを起動する。艦長席にある画面に『A.M.A.T.E.R.A.S.U.』の起動シークエンスが浮かび上がった。
「───信濃」
絆像が呼ぶと、
『お呼びでしょうか、艦長』
巫女装束の様な衣装を身に纏う黒髪の女性───戦艦 信濃の仮想人格が彼の前に姿を現した。
まぁ、そもそも見えているのは絆像だけだが。
「シンクロ開始」
『了解。
全感覚を信濃と共有した。直後───
「───ッ!!?」
絆像は激しく狼狽した。
知り得た情報の前に。
「武彦」
急にシリアスそうな表情で呼び掛ける。
「……どうした?」
「……ヤバいぞ……!!」
「……は?」
「どうしてもっと早く進言してくれなかった!!?」
「逆ギレ!!?」
その様子に優里が思いっきり突っ込みを入れる。
「……一体何が見えたってんだ?」
呆れ半分と言った様子で、武彦が聞き返す。
直後、
『CICへ、こちら試作三号機!
後部左舷に雷跡三本───回避を!』
僚からの通信よりハッとした絆像は、間髪入れずに操舵士に対し怒鳴り気味で指揮した。
「サイドキック、出力全開!
取り舵一杯、急げ!」
それに対し「取り舵一杯、了解」と短く応えた航は艦首右舷部と艦尾左舷部の逆噴射器を出力最大で吹かし、
「とぉぉぉり、かぁぁぁじぃいっぱぁぁぁいッ!!!
いぃそぉぉぉげぇぇぇぇぇッ!!!」
マイクに向かって力一杯叫びながら、左に舵を切る。
凄まじい運動エネルギーを生みながら信濃の巨体が左側を向き、その脇を計三本の魚雷が通過する。
「雷跡の来た座標を確認!
棚田、艦首部魚雷発射管に音響魚雷装填!
完了次第、順次発射!
米倉は棚田の魚雷発射と同時に
「「了解!」」
「武彦、左舷副砲一式弾装填解除!
さらに両舷副砲に五式弾装填、急げ!」
「了解……って、は?
両舷……?」
「日沖、右舷前方部VLS一番から十番セルにトマホーク、左舷前方部VLS一番から十番セルにハープーン、各種装填!
発射用意!」
「りょ、了解!
……なんだ、急に」
日沖が困惑を口にし出す。
直後、
「今いるあいつら以外にもまだ別のやつらが三個隊いて、この部隊は現在包囲されつつある!」
絆像が叫んだ内容を聞いた一同は、
「え”っ!!?」
「嘘でしょ!!?」
「はぁ!!?」
「先に言えって!!!」
皆一様に戦慄する。
「バラ撒けるものは全部バラ撒け、海中を掻き回せ!」
その乱暴な指揮により、大量の爆雷や魚雷が投下されていった。
「CICへ、こちら試作三号機!
後部左舷に雷跡三本!回避を!」
それに対し、艦長の神山 絆像は『サイドキック、出力全開!取り舵一杯、急げ!』と操舵席に対し指揮した。
『取り舵一杯、了解』と短く応えた操舵士の門谷 航。
同時に、艦尾左舷部逆噴射器が吹かされる。マニューバーの見た目から、おそらく出力最大。
確認した僚は、すぐ随伴機に通信を入れる。
「総員、甲板に機体を固定!
振り落とされるな!」
言いながら僚もワイヤーアンカーを甲板に打ち付ける。
他の三機も、体勢を低くした。
次の瞬間。
『とぉぉぉり、かぁぁぁじいぃっぱぁぁぁいッ!
いぃそぉぉぉげぇぇぇぇぇッ!』
航の力一杯の叫びと共に、凄まじい運動エネルギーを生みながら信濃の巨体が左側を向いた。
その震動で試作三号機のコクピット内でも、備え付けられていた芳香剤の容器が震えカタカタと煩く響く。
『きゃぁっ!』
その時、三機いた二一型のうちの一機が振り落とされた。その機体の識別番号は『A6M2/S01-3 YM』───物部機だった。
その機体の左腕を、試作三号機の腕が掴む。
反動で一緒に落ちそうになった試作三号機はワイヤーを伸ばして敢えて落ちる様にしたことで、物部機をしっかりと抱き寄せる様に掴まえることに成功する。
二機は、空中でもつれ合い、ワイヤーに引っ張られた試作三号機が信濃の壁面にぶつかったことでようやく落下が治まる。
そこは海上ほぼスレスレの位置だった。
『あ……隊長……!!』
「大丈夫!?」
『……はい!大丈夫です!
ありがとうございます!』
「そう───」
その時、三本の魚雷が信濃の脇を通過する。
それは丁度自分達の真下だった。
「───危なっ……!!」
逆噴射も止まり、艦の制動も落ち着いたところで僚はワイヤーを巻き取り、機体を引き上げる。
その時、CICでのやり取りが通信としてコクピット内に響く。
『雷跡の来た方向を確認───!』
絶え間なく絆像の乱暴気味な指揮が続く。心なしか、焦っている様にすら僚には感じられた。
『───バラ撒けるものは全部バラ撒け!
海中を掻き回せ!』
その乱暴気味な指揮により、大量の爆雷や魚雷が投下されていく。
「だ……大丈夫かな、火野さん……」
呟いていたその直後、後方の数十メートル離れた海上から物凄い勢いで何かが飛び上がった。
「何事!?」
大きな水玉に見える何か。
信濃の右舷側から打ち上がったそれが次の瞬間に空中で弾け、中から出てきたものがこちらに飛翔して飛行甲板着地する。
「……これ」
それは、改造され翼が生えた白銀色のT-34だった。
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