第九話:蒼海を征く砦(Ep:1)

荒天の海域を抜け、蒼穹あおぞらが広がるその下の蒼海うみ

戦艦 那智の姿が目の前にあった。

その後ろには足柄の姿もある。

『第一遊撃部隊です!』

桂木 優里からの通信が入る。



高雄型高速戦艦 三番艦 那智 四番艦 足柄


球磨型重巡洋艦 鈴谷 矢矧 夕張


祥鳳型軽空母 祥鳳 瑞鳳 龍鳳


強襲揚陸艦 信長 謙信 秀吉


峰風型軽巡 浜風 初風 天津風 太刀風


第一種駆逐艦 初霜 若葉 菊月 照月



紅色をした艦達の姿が現れた。

『これが……第一遊撃部隊……』

火野 龍弥が、思わず呟いた。

目の前の海面が燃え上がっているかの様な程の、一面の紅。

それを見ていた有本 僚は、唖然としながらも、その光景を一言で表現する。


『紅蓮の……艦隊……』


それは、まさに異名通りだった。



信濃 CICにて。

「艦長、仮旗艦 那智より信号!」

優里より、状況を伝えられる。

「読み上げます!

『戦艦 信濃、艦長以下搭乗員全員に伝える。

ここまでの道程、真にご苦労だった。

貴艦の我が艦隊への配属、歓迎す』

です!」

聞いた絆像は、

「副砲、VLS発射準備」

菊地 武彦と日沖 統花の二人に対し、短く命令していた。

その内容に動揺し「ちょっと、艦長!!?」と声を荒げた優里を余所に、絆像は続けた。

「それと、有本准尉。

航空隊から桃山と陸駆姉の二人を借りるぞ」

『え……構いませんけど……』



辺り一面、真っ暗な空間。


その空間には、四人の女性の姿があった。


その中の一人、巫女服の様な衣装を纏っている黒髪の淑女は『信濃の仮想人格』だ。


後の三人はそれぞれ同じ様な、女子学生の制服に似た紅色が主体の衣装を身に纏っている。


一人は、大人しそうな少女。

身に纏う学生服の様な衣装をしっかりと着こんでいる。


一人は、一見すると所謂“不良”といった趣をしている少女。

ネクタイを緩めブラウスの裾をスカートからはみ出させており、ブレザータイプの上着を腰に巻いている。


一人は、四人の中で最も外見年齢が低い。

学生服の様な衣装をしっかりと纏っているが、袖が長くて手が見えない。


それぞれ、榛名、摩耶、三笠。


その四人は円を描き包む様に囲み、後から来たるべきものを待っていた。


と、その空間に、さらに紅い詰襟を着た二人の女性が入る。


片方は騎士的な印象を見せる黒い外套を、もう片方は戦士的な趣を醸す濃緑色モスグリーンの外套を、それぞれ詰襟姿の上から纏っていた。


それぞれ、那智と足柄。


その六隻ろくにんが集まったその時、その会談は始まった。



それから程無くして。

航空隊四班班長の桃山 縁と、同じく四班の陸駆 雷華が、絆像から来た指令に基づき、それぞれ配置についた。

縁が呼ばれたのはCICの副オペレーター席。一方で雷華は第一艦橋前楼部銃座───簡単に言うとCICの天井あたり───に、それぞれ配置される。

雷華は、航空兵科の制服の上から海兵隊所属女性狙撃手用の脛当て、膝当て、垂、胸当て、肩当て、ゴーグル、バイザー付ヘルメットを装備していた。

右手には彼女が私物として艦に持ち込んでいた狙撃銃 バレットM82A1を担いでいる。

それのスタンドを展開し、銃座の防弾豪に設置。伏射の姿勢を取る。

『目標、第一遊撃部隊旗艦 那智』

ヘルメットに内装されていたヘッドセットより、絆像からの通信を受ける。

雷花は「了解」と言いながら、自らの愛用する銃に弾倉を装填した。

弾倉も、十五発入りの特注品。一発余計に装填して、十六発装填されている。

スコープを覗く雷花。

「……ったく……何でこんなことになってるのよ……」

一人愚痴りながらも、スコープを介したその眼はしっかりと那智の艦橋窓を捉えていた。


信濃 CICにて。

「艦長、どういうことですか?」

優里が絆像を問い詰める。

それに対し、絆像は答える。

「指令の通りだよ。迎撃の準備さ」

「迎撃?」

未だに理解できていない優里。それに対し絆像は続けた。

「あいつら、『歓迎する』って言ったよな」

「えぇ、ですから」

「まぁ、そういうことだ」

「……?」

直後、警報が鳴った。

まさかと思い画面を見た優里は、驚愕し絶叫する。

「『交戦規定【特一条】』発令!!?

那智、足柄、火砲をこちらに向けております!!!

鈴谷、夕張、VLS発射態勢!!!

それと十二駆並びに十七駆の反応ロスト、摩耶反転、通信に応じません!!!」

「……やっぱりな……言ったろ。

俺達は『歓迎されてる』って」


その頃、艦載機格納庫。

「うーむ……」

二一型 城ヶ崎機のコクピットに入り、そこで待機していた城ヶ崎 小太郎は一人呻く。

今この場には試作七号機、試作十一号機、さらに四機の二一型───それぞれ桃山機、城ヶ崎機、青雲機、菅野機───がスタンバイしていた。

そのうち試作七号機と二一型桃山機が現在、パイロットが呼び出され主不在となっているが。

「俺達、待機って言われてるが……どうしたものかねぇ……」

『さっき衝撃が来た気がするけどな』

「気のせいじゃないか?」

通信していた幸助がふと何かを感じたらしいが、小太郎は軽く受け流した。

実際のところ信濃の左舷に魚雷が命中していたのだが、被害が出る程でも無かったからか全く気づいていない。

『そういえばさっきクラリッサが通らなかったか?』

「気のせいだろ」

幸助がそう言うのだが、先程と同じく小太郎は気のせいと称して受け流す。

『……陸駆軍曹と桃山曹長、さっき呼ばれてたけど何の用だったんだろうな?』

「さぁな」

『……あのな───』

と、

『───んッ!?』

「どうした?」

突然、幸助が驚いた為に小太郎は聞き返した。

『今、何か視界にノイズが走った様な……』

そう返す幸助。

「ノイズぅ?」

一瞬反応するが「どこに?」とすぐに聞き返す。実際天井部がキャノピーとなっている二一型のコクピットにノイズが走る要素など無いからだ。

『視界さ』

そう返ってきて、やはり何のことか分からず、

「気のせいじゃない───」

返しかけた。その時、

『「ファッ!!?」』

龍弥の口癖が伝染った気がするが、その一瞬にして二人は同時に驚愕することとなった。

今起こったことをありのままに表現しようものなら、こうだ。

一瞬視界にノイズが走った次の瞬間、

何を言っているのかわからないと思うが、彼らも何が起きたのかさっぱり分かってない。

唯、一つだけ察することができたことと言えば。

『あれ……城ヶ崎さん?』

『なんで、二班は格納庫で待機のはずじゃ?』

物部機と試作三号機からの通信の内容から、自分達があたかもかの様だということだ。

そしてそれに返答する間もなく、遠方から大口径砲による轟咆が響いた。


CIC上部 銃座にて。

「───撃ってきた!!?」

重巡洋艦とされる艦のVLSから、一発のミサイルが発射される。そしてそれを皮切りに、次から次へと別の艦からもミサイルが放たれていく。

「なんのつもりか知らないけど……やらせない!」

言いながらミサイルを狙撃。一発でミサイルが爆散する。

「よし、次!」

言いながら、さらにもう一発のミサイルに向けて射撃。次から次へと落としていき、七発目も落とした。

直後、凄まじい爆音が辺りの空気を掻き回した。戦艦二隻が、三連装砲で砲撃し始めたのだ。

それが艦橋の右脇を通り抜ける。直撃するには程遠いが、大口径砲弾が通過する際に起こった風圧は雷華の小柄な体躯に襲いかかる。

「───うぅっ!」

一瞬だけ、視界を庇う雷華。

その一瞬の間に、ミサイルが迫ってくる。

「まずっ!」

慌てて構えるが間に合わない。

殺られる、そう思い目を瞑ったその時、

『せやぁぁぁぁぁっ!』

何かが目の前を遮り、視界が暗くなった。

直後、鋭い金属音が響き渡り、その数秒後に左右で小さな爆発が起きた。

恐る恐る、雷華が目を開くと、そこには、98.0cm対物ナイフを構えた零式艦上空戦騎の姿があった。

識別番号 A6M01-X11

零式艦上空戦騎 試作十一号機───陸駆 電子の機体だった。のだが、その姿は出航以前とは異なっていた。

この機体には現在、接近戦特化型の追加兵装『勇剣聖装備ブレイヴ』が装備されている。

『お姉ちゃん、大丈夫!?』

通信が入る。

「えぇ、大丈夫よ。ありがとう」

雷花がそう返す。

『お姉ちゃんのことは私が守ります!』

電子がそう言った、その時、

『僕もいるんだけどね』

そう言ってきた者がいた。

試作三号機───僚だ。

『私も加勢しようか』

その隣にもう一機、空を飛べる様に改造されたT-34もいる。

『これ程、楽しい歓迎会を開いてくれたのからな。

を受けた者として、それ相応の報復お礼をしてあげるのは当然のことだろう』

『クラリッサ、程々にね』

『分かっている』

そんな会話をしだす僚とクラリッサ。

多少妬きながらも、雷花は「援護射撃は私に任せて」と短く言い、伏射の姿勢に戻った。


信濃 CIC。

『こちら、試作三号機。

CIC、指示を……あと、ついでにこの状況の説明を頼めるならそれもお願いします』

有本 僚が指示を仰ぐ。

「こちらCIC、神山だ。

聞こえているな?」

すぐに応じた絆像は、一息ついた後に答えた。

「今始まった戦闘は第一遊撃部隊が歓迎会と称している『アマテラス複数機を同期させた仮想空間内での実戦想定演習』だ」

『仮想、空間……っていうことはこれ、テレビゲームみたいなものですか?』

「まぁ、だいたいあってる。

仮想空間内で死亡判定を受け次第、順に現実世界に意識が戻る。

一応追加で言っておくなら、当たっても死にはしないが、仮想空間内は実際と同レベルの痛覚を再現されているから死ぬほど痛いぞ」

『突っ込みたいことは色々ありますが……だいたいは分かりました』

「理解が早くて助かる。

取り敢えず、相手じいさま方が飽きるまで耐えきってくれ」

『了解です』

そう答えた僚が、CICとの通信を切る。

それと同時に、艦橋前に居た三機の艦載機が散開する。

その様子を確認しながら感心半分で「やれやれ」と言った神山 絆像は、次の瞬間には気を引き締める様にメインモニターに映る目標を睨んだ。

「副砲、砲戦準備!

目標は那智、足柄!」

その命令を受けた副砲砲手の菊地 武彦が「了解!」と答える。

「VLS各セル、シースパロー並びにハープーン、トマホーク装填!」

日沖 統花が「了解だ!」と応じ、

「さぁて!お預け食らってた分、きっちり働かせていただくぜ!」

と吼えた。

「副砲各門!

撃ち方ぁ、始めぇッ!」

絆像が吼える。それと同時に武彦は引き金を引いた。



謎の空間───アマテラスの仮想空間 にて。

『この茶番に何の意味があるのか、尋ねてもよろしいかしら?』

信濃が那智、足柄に対し尋ねた。

『あー、これ?

先輩のいびり、ってやつよ。

割と昔から恒例なのよねー』

足柄が茶化す様にそう答えると『試練と洗礼だ』と那智が横から付け足す。

『試練と洗礼?』

聞き返す信濃。そんな彼女に対して、那智はさらに付け足した。

『部隊に配属される者は、大体が実戦を経験していない。

この国は戦争に加担しないから当然だな。

だから、こうして戦闘を学んで貰う、ということだ』

『わざわざ我々の演算を無駄に使ってまで、ですか?』

今度は、榛名が尋ねた。

『そうだ。試練を越えられぬ者は、戦場では生きられない。

そして試練を越えた者は、一層強い国の防壁となる』

『先輩から少しでも学んで欲しい、ってことで、毎年演習歓迎会やってるんだ。

と言っても……さっき足柄が言ったみたいに、乗員の中には日頃のストレスをぶつけたいやつとかもいるけどな』

那智のその回答に付け足したのは、足柄ではなく摩耶だった。

摩耶は、そう二人に話した。

『摩耶お姉さま』

そんな三笠の頭を撫でる摩耶。

『三笠も、榛名姉さんも、すまないがこの茶番に付き合ってくれ』

『大丈夫よ、摩耶』

『私も大丈夫ですお姉様』

そう榛名と三笠は答える。

『……なら、私も付き合わなければなりませんね』

そう言って、信濃は立ち上がり、


『改二大和型一番艦。

この戦艦信濃、並びに神山 絆像以下搭乗員クルー四五〇名。

これより模擬戦闘を開始します。

やるからにはご容赦は致しませんよ』


そう、その場に宣言した。

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