第一章:横須賀編

1-1:横須賀、襲来

第一話:240年前の未来(前編)


二〇四一年 四月某日───横須賀。

この日、ここでは大日本共和国連邦海軍新造艦の『観艦式』が開催されていた。

新型の次いでに、近代化改装が施された一部艦艇も御披露目される。

その横須賀の地に、有本 僚は足を着けた。

「横須賀か……」

若干中性的というか、少女に見えなくもないまだ幼さが残る容姿をした彼は、物思いに耽りながら、

「……まさか、こんなところに来る日が来るなんて」

そんなことを思っていた。

彼は生まれも育ちも田舎で、こんな市街地に来たことがなかった。その為、彼にはこの街の至るところが新鮮に見えたのだろう。

ついでにいうなら、実際のところ彼自身観艦式を見たくて来た訳ではなかった。高校の友人が一人でいくのも寂しいから付き合えと言っていた為に付いてくる形で来てみたはいいが、その友人はドタキャンしてしまった為に結果的に一人で来ることになったのだ。

今年は『大日本共和国連邦制定一〇〇周年記念』ということもあって、横須賀ではそれら多数の式典を今年中たんまりと抱えていた。

あと、この街に彼は、もう一つ思い入れがあった。というか、実際こっちが本命だったりする。

「あいつ……元気かな……?」

昔、訳あって生き別れた幼馴染み。

彼女と別れる直前くらいに、横須賀に引っ越す、と聞いていた。

「案外、何かの拍子ですれ違ったりして」

などと笑いつつ、僅かにある可能性に期待しながら、彼は駅から歩いていった。


その頃。

準備中の式典会場に程近い巨大整備ドックに横たわる、とある超大型艦艇が皆の目を惹き付けているであろう。

戦艦『信濃』。

全長333.0m、全幅52.0mの超大型戦艦。

『改二大和型計画(別名 BBY-X計画)』という、約百年前の大戦で活躍した大和型超弩級戦艦の設計データを元に大幅な改造を加え、完成したデータを元に超大型戦艦を建造・運用するという計画のもとで生まれた、計五種類存在するデータの一つから生まれた艦だ。

この艦を一番艦とする信濃型戦艦は、五種類存在する設計データの中で最も原型に近い形状をしており、艦橋前方部甲板上に三基、後方部甲板上に二基、主砲としてそれぞれ巨大な三連装砲塔を構えている。

その艦の艦尾部にある艦載機格納庫にて。

少女が一人艦載機のチェックをしていた。

彼女───吹野 深雪はまだ若いが軍属で、この艦の正式な乗組員の一人であり、艦載機整備士主任をやっていた。現在は搭乗員の大半が退役及び転属を受けたが故の人員不足のせいで航空隊管制官と対空兵装管制官の代理も勤めている。あくまで仮の、だが。

「零……」

目の前の艦載機ハンガーに備わった機体の名を一人呟いた。

この機体のことを彼女は良く知っている。というのも、この機体は彼女が設計し、試作機だがなんとか組み上げた機体だからだ。この機体に備えられていた『とある仕組み』が原因で、あるを抱えていたが。

彼女は、まだ塗装もされていない鉄色の機体に手を触れる。

「この世界……変えられるかな……?」

彼女が一人、ポツリと呟く。

だが、彼女も分かってはいたが『零』は何も答えてはくれなかった。

そんな深雪の元へ、CICから連絡が入った。


信濃 艦橋 CICにて。

「まだその機体のところに居るのですか?」

艦のオペレーターを務める桂木 優里が誰かと通信している。

『悪い?』

話している相手は、艦載機格納庫に居る深雪だった。

「その機体は……」

『何?』

「……いえ、何でもありません」

言いかけていたことを深雪に遮られたため、飲み込む。

『そう?

用事がないなら切るわよ』

そう言って、深雪に通信を切られる。

「はぁ……」

溜め息を吐く優里。

彼女に対し「お疲れの様だな」と声を掛けてくれた。菊地 武彦───副砲砲手だ。

その彼の言葉に対し、

「いつものことですよ」

そう返した優里だった。


信濃機関室にて。

「はぁ……」

整備科 応急修理要員ダメージコントロール班所属の香坂 狼牙が溜め息を吐いていた。

普段ならそんじょそこらの老兵以上に気合で満ちている彼の姿はまるでショボくれたじいさんばりに萎んでいた。

「どうしたんだ狼牙。

いつも気に満ちてる様なあんたらしくない。

班長任されて緊張してんのか?」

同じ班員の獅子谷 聖に尋ねられると「んなこたぁどうでもいいんだよ」と言いつつ、狼牙はこう答えた。

「……先輩方、皆退役しちまって、後輩達もほとんど、何があったかは知らねぇけど大破して帰ってきて修理中の摩耶とか、今新造中の戦艦とか、別の艦に移籍しやがってよぉ。

寂しくなっちまったもんだなぁ、ってな」

聞いた聖は「なるほど」と返す。

「確かに、元からこの艦に乗っている班員は俺ら二人だけになった訳だ。

この艦の竣工時から居た面子って時点で、他の部署合わせても俺らしか居なくなったんじゃねぇか?」

「寂しかぁねぇのか?」

「いや、俺だって寂しいさ。

雑務押し付けられたり、小賢しいいびり受けなくなったりなんだりと無くなって、清々している反面で、な」

通路の手刷りに肘を着けながら、聖は続ける。

「だが、俺らで盛り上げなきゃならん時が来ることは分かってたろ?

この艦に配属された時は新人として入ってきたとしても、いつまでも新人のままでいる訳にはいかんだろ。

それが今来たってだけだ。

それに、新人だって沢山来るんだろう。

それだと言うのにこんなお通夜みたいな雰囲気じゃ、新人達逃げちまうぞ?」

聖にそう叱咤され、一度「フッ」と笑った狼牙は、

「……そうだな。

俺達が盛り上げればいいんだ」

そう返し、一、二度自分の顔を叩いて気合を入れ、

「よぉうしッ!

みなぎってきたぁぁぁッ!」

やる気に満ちた雄叫びを上げた。

聖が狼牙の様子にホッとした調度その時、

「「───ッ!!!」」

突然、警報が鳴り出した。


若干時間が遡る。

式典会場付近の公園にて。

会場である横須賀港が良く見えるその公園の芝生に、僚は座っていた。

ふと空を見上げる。

「それにしても……最近天気悪かったけど、今日は珍しく良く晴れたなぁ」

桜の花も舞う季節。その蒼穹そらを見つめ、

「空、か……。

あいつ、空の色とか好きだったっけ……」

思い出を回想しかけていたその時、かなり大きな音が鳴り響いた。

爆発音とは違う、重量感のある鈍い音。

その方向を向こうとしたその直後、突然警報が鳴り出した。

「な、何だ!!」とか「何事よ!!?」などと、周囲が慌ただしくなる。

「イエローアラート……!?」

僚は、国防大学付属高校に通っていた為、数種類ある警報の違いが見抜けていた。

敵襲警報イエローアラート───文字通り敵の襲撃を警告する警報だった。

「でも、敵って……?

戦争してる訳でもないのに……」

そう思いながらも、先程音のした方を振り返った、その時。

僚の視界に入った、人型の機械───ロボットの様な何かが銃を構えた状態で、

『大人しくしていろ!』

その機械は叫んだ。

律儀にも日本語で、パイロットのものとされる男の声が聞こえてきた。

日本人かと思う程、丁寧な日本語だ。

あの機械は、

「……騎甲戦車……!!?」

かつて、教科書に乗っていた機械だ。

戦車から発展した単座式の機動兵器。最初アメリカが開発して、ベトナムなど各地の戦場に投入されて勝利を収めたという。

それ以来、世界各地の軍隊に配備されていた。最近ではSWATでも採用されていると聞く。

だが、それのを姿が見えた僚は驚愕した。それもそのはず、

「何で、あんなのが日本に……?」

日本に騎甲戦車などというものがあるはず無かったからだ。日本は先進国軍事練度上位三十ヶ国の中で第三位と言われているにも関わらず、その中で唯一騎甲戦車を陸・海軍のどこにも配備していない。

だが、それが目の前にいる。ということはつまり───。

「日本軍の機体じゃ、ないんだよね……?」

察したその時、僚は走り出していた。


この時、横須賀郊外の森林地帯にて。

「こちらW-02ウォルフ-ドゥヴァ

W-03ウォルフ-トゥリィ、応答せよ」

狭い空間の中で、女性が通信していた。

『こちらW-03。

どうされました?』

通信先の女性が応答する。

「行方不明のW-01ウォルフ-アジンがここに居るという情報、本当なのか?」

『正直信じられないのは分かりますが、クライアントが言うのならその可能性が高いと思います』

「……そうだな。

他に情報源も無いしな。

だが……」

彼女等の仲間が一人行方不明なのだが、それの今居るとされる場所として横須賀の可能性があった。

「よりにもよって、何で横須賀なんだ?」

W-02が愚痴ると、W-03が答えた。

『本日、横須賀で観艦式があるでしょう?』

「あいつが日本海軍に喧嘩を吹っ掛けるとでも?

観艦式というんだから民間人も居るだろうに」

『……そう考えると、あまり思いたくはないですね』

「……ところでイリ───」

本名で呼びかけたW-02はそこで一度咳き込み、気を取り直してから問う。

「───……W-03。

前から気になってたんだが、何故作戦中こういうときに敬語に使うんだ?」

『どうぞお気になさらず』

「中途半端だなおい」

と、

『こちらクライアント』

クライアントなる人物から通信が来た。

「どうした?

やはり横須賀にあいつは来てなかっ───」

来てなかっただろう、と言いかけたその時、こんな言葉が返ってきた。

『観艦式会場付近の公園にてW-01機とされる『T-34』を確認。

民間人と口論になっている様です』

その報告を受け、

「…………」

『…………』

W-02、W-03は、共に思考停止してしまった。


機体はアサルトライフルを構えている。

『……そうだ……大人しくしていろよ?

何も人を殺したい訳じゃない』

そう言い出す、紺色の鉄の巨人。

その目の前に、一人の少年───僚が躍り出た。

「じゃあ何であなたは騎甲戦車そんなものに乗ってるんですか!」

鉄の巨人に対し、僚は叫んだ。

『威勢が良い少年だな。学生か?』

「そんなことはどうでもいいでしょう!

何をしにここへ来たんですか?

『騎甲戦車』なんてもの持ち出して!」

吠える様に叫ぶ僚。実際のところ彼自身意外に思えるほど冷静だった。叫んでいたのは、機体の集音性能がどれ程か分からなかった為に敢えてそうしていたという。

それにこの行動に出たのも、相手の行動や状態を冷静に判断した為だ。目の前の機体が構えていたアサルトライフルには安全装置セーフティが掛かっている。おまけに相手は、いつでも撃てる様に構えている様に見えて、実際良く見てみると銃柄グリップを持つ手の指が引金に掛かってない。殺す気どころか、本当に撃つ気すらないのだろう。

すると───、

『……良いだろう』

パイロットが呟く様に言った後、一呼吸入れて要件を述べた。

『巡洋艦を一隻、駆逐艦を二隻、その他小型艦艇を二隻頂戴しにきた』

パイロットはそう言った。

呆気にとられ「はい?」と言ってしまう僚のことを気にせず、パイロットは続ける。

『新造艦とやらも欲しかったが、今の我々に運用できるのかと言われると厳しいのでな。

運用できる範囲のものを頂こうと───』

「一個水雷戦隊で何をするつもりなんですか?

日本から兵器を奪って、それで列強相手に戦争でもしようっていうのですか!!?」

さすがに、と反射的に聞いてしまったが、『その通り』と答えた後、『だが、今すぐにではない』と相槌を打ち、相手は言葉を続けた。

『水雷戦隊程度では、どこの国を相手しても勝てぬ。それは承知。

いずれ列強に勝てる程の大艦隊にして奴等を倒す』

「『やつら』……?

それに今、我々って───」

言いかけた僚は、察した。

目の前の機体は『T-34』───ロシア語で『戦士』を意味する単語の『ソルダット』という通称で呼ばれていたりもする───という、東ロシア帝国陸軍がかつて主力として使用していた旧型騎甲戦車だった。

肩には東ロシア帝国陸軍の紋章を塗り潰した跡があった。

「貴方、もしかして……脱露者、なんですか……?」

脱露者───読んで字の如く、ロシアを亡命した人のことを指す。

質問の答えを聞こうとしたその時、いつの間にか止まっていた警報がまた鳴り出した。

今度は航空機が飛んでいる。

「あれは……」

主翼の国籍識別紋章エンブレムを確認。

「東ロシア帝国空軍……?

何でこんなところに───」

言いかけたところで僚はハッと息を飲む。

その影から何かが落ちてくるのが確認でき、そしてその目的を察することもできた。

「───まさか!」

『どうした、少年───』

「避けろ!」

僚が叫んだ。機体は、反射的に左斜め後ろ側に回避行動をとる。

僚も自身の後ろ方向に緊急回避───俗に言うハリウッドダイブ───した。

直後、機体と僚の、丁度中間の位置の地面を、一発のミサイルが抉った。

「ぐぁっ!!」

『きゃあっ!?』

二人、というか正確にいうと一人と一機共、爆風で吹き飛ばされる。

戦闘機がミサイルを放ってきたのだ。

日本軍所属機でもない機体が、何の警告も無しに。

当然ながら周囲に群がっていた一般人達は酷く混乱し、辺りは騒然としだした。

『攻撃してきた!?』

盛大に尻餅をついた『T-34』から、パイロットが驚き叫ぶ。

それに対して僚が返した。

「貴方達を撃墜しに来たんでしょう!」

『そんなことは分かってる!!

だが、何故奴等が攻撃できるというんだ!?

他国領土で、しかも何の警告もなしに!!』

騎甲戦車T-34』のパイロットも、口調は辛うじて威厳を保とうとしていたが、言葉の内容からして取り乱している様だった。当然ではあるが。

そんな機体パイロットに向かって僚は言った。

「……色々と都合が良いんでしょう。

貴方達を撃墜できればそれで良いだろうし、仮にできなかったとしても貴方達のせいにしてしまえば良い。

……列強のやり口がそんなものであることくらい、分かりますよ……」

周囲が騒がしくなくなっていたことに気付いて、ふと辺りを見回す僚。

大騒ぎしていた辺りの民間人達は、いつの間にか避難が始まっていてほとんど居なくなっていた。

ちなみにパイロットが言うには、どこかに仲間がいるはずなのだが『T-34』は今のところこの機体しかなかった。

「取り合えず、機体を放棄してください。

適当な艦に避難しますから」

『……いいのか?』

「これだけ騒いでいれば、バレずに人混みの中に溶け込めるでしょう。

それに……僕は国立防衛大学附属の生徒だから、学生証を提示すれば軍の関連施設とか艦内とかに入れるんです。

付き添いの人も含めて───」

そう言ったその時、目の前の機体の胸部あたりにあったコックピットのハッチが開き、僚は驚愕した。

日本人っぽい顔立ちをしつつ、銀髪碧眼の、まだ若い───というか、まだ幼さが残る背の低い女性だった。

「……あ、あの。

私、クラリッサ・能美のうみ・ドラグノフと申します。

離反前の階級は准尉でした。

訳あって、一応日本語も話せます……」

コクピットから出てきた少女は、そう自己紹介した。

日本語を話せる理由は名前を聞いてすぐ察することができた。親戚に日系人がいたのだろう。

だが、僚にとっての一番の驚きは、言わなくても分かるだろうが、パイロットが女性だったことだ。

というか、声質も口調も、機体から出た音声とはまるで違う、か弱そうな女性の声だった。あと、態度も凄くしおらしいというかおどおどしいというか。

「女の子、だったの……?」

そう言えば、先程『きゃあっ!?』とか聞こえた様な気がした。

「変声器で声音を変えていました。

……女の人は、女っていうだけで、男の人に虐められるから、普段の声だと、聞いてもらえないと思ったから、です」

「……なるほど」

男尊女卑、とか言うのだろうか。昔は日本にもあったらしいが。

名乗られたら名乗るのが流儀というものだろうからと、一応軽く自己紹介する。

「僕は有本 僚。

さっきも言ったけど国防大附属生で───」

と、遠くで爆発音が聞こえた。

それに対し「げっ」と反応する。先程外した為か、戦闘機が自棄になってあちこちを攻撃している。もしくは彼女の脱露仲間が攻撃されているのかもしれない。

「───急いだほうがいい!

……って、降りれるかい?」

そう言って、僚はクラリッサに手を差し伸べた。

「あ……はい!

す、すみません……!」

そう言ってクラリッサは彼の手を取り、コクピットから外に這い出る。

彼女の足が地面に着く───彼女の頭頂が、身長がだいたい170cmくらいである僚の肩に届くかどうかというくらいに背が低く、彼は「小っちゃ……」と思いながらも言わないでおく───のを確認すると、

「よし、行こう」

「は、はい……。

えっと……あの、僚……?」

呼びかけられ、反応する僚。

するとクラリッサは、

「ありがとう、ございます……」

そう、言ってきた。

「……どういたしまして」

そう返して、二人は走り出した。


「ところでさ」

走りながらも、僚はクラリッサに尋ねた。

「今、君に仲間って居るの?

この辺りには居なそうだけれど」

そう聞かれたクラリッサも、走りながら答えた。

「えぇ、居ますよ。

ただ……はぐれちゃいましたけど」

その返答に、思わず「ダメじゃん」と突っ込んでしまう僚。

その彼に対し、クラリッサも尋ねた。

「ところで、僚はどこに向かっているのですか?」

聞かれた僚は「あそこ」と指差した。

「ここにある中で一番大きな艦だよ!

確か、艦の名前……信濃、だっけ?

あの中なら多分大丈夫!」

その先には、一際巨大な戦艦の入渠している修理用ドックがあった。

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