『法月綸太郎の冒険』ネタバレありレビュー

『法月綸太郎の冒険』いかがだったでしょうか。

 本作は巻末に作者自らが作品を解説した詳細な「あとがき」があるので、ここで浅学な私などが書いても蛇足にしかならないのですが、一応、思ったことなど記していきましょう。

 

『死刑囚パズル』

 本作の肝は何と言っても「どうして死刑囚を殺したのか?」のワイダニット(どうしてそれをやったのか?)ですが、綸太郎は現在の状況からそれを推察することは不可能(いくらでも考えることは出来ますが、今それを考えたって一歩も事件解決に進まない)、とばっさりと切り捨て、与えられた状況、得られる手掛かりを組み立てて、あくまで「犯行可能だったのは誰か?」のフーダニット(誰がやったのか?)で犯人を絞り込んでいこう、という手法が、もうガチガチのストロングスタイルでした。

 関係者の出入り、ダストシュート、ロットナンバーが消されていない注射器、シュレッダー。バラバラなピースを組み合わせて、唯一無二の回答を導き出す綸太郎の推理は、まさに「パズル」の如しです。ですが、パズルを組み合わせた結果、関係者の誰も犯人たり得ない、という結論が出てしまいます。登場人物、そして我々読者も「?」となり、親父さんの法月警視のコーヒーブレイク的ひと言を経てから、最後の一撃となったのは「指紋がないこと」という、逆説的な物証でした。

「死刑囚が殺される」というこの上なくおいしいワイダニットを用意しながら、そこを突き回すことはせず、法月が作中で展開したのは、あくまでロジカルなフーダニット。この「真面目さ」が法月の魅力です。


『黒衣の家』

 これも一筋縄ではいかない難事件でした。誰が、どうやって殺したのか? という謎を経て到達したのは、やはり異様すぎる(純真すぎる)ワイダニット。論理の果てに行き着いた結論が、常軌を逸する狂気ともいえる動機だったという「論理(文明)が狂気(オカルト)を駆逐する」爽快感は、本格ミステリの醍醐味のひとつでしょう。


『カニバリズム小論』

 本短編集随一の異色作です。ミステリ界で何度もテーマになってきた「食人の理由」に、新たな(これもまた異様な)動機を与えました。オチ以外は、ほとんど知識だけで書ききった、とでもいうべき恐るべき力作。膨大な知識量を誇る法月だけが書ける作品でしょう。


『切り裂き魔』

 さて、ここから「図書館シリーズ」です。沢田穂波さわだほなみ、いかがでしたか? 図書館シリーズは、綸太郎視点のいわゆる「三人称一視点」で書かれることが多いのですが、完全に穂波にやられてる綸太郎が微笑ましいですね。代わってほしいですね。事件自体は、ミステリの存在理由を揺るがす大事件でした。


『緑の扉は危険』

 本作収録の図書館シリーズで唯一殺人が起きます。突然蔵書の寄付を断った理由が、そのまま文字通り密室の鍵となる、アクロバティックな密室トリックです。

 本作でもっとも重要な台詞が「わたし、休みの日はコンタクトにしてるの」であることに異論を挟むものはいないでしょう。


『土曜日の本』

 当時、ミステリ作家仲間の間でこんなやりとりと企画があったようです。ここのところの事情は、作者自身による「あとがき」に詳しいです。虚構と現実が交錯した、メタ的作品でしょうか。

「穂波は椅子を前に寄せて、カウンターに両手で頬杖をついた。六月は衣替えの季節である」本作で一番重要なシーンがここであることに異論(以下略)


『過ぎにし薔薇は……』

 図書館の本のスピンが切り取られるという『切り裂き魔』と似たような事件が起きますが、本作はそれがオチとなっているため、それが分かるのはストーリーが終盤になってからです。が、それだけで終わらず、最後にもうひと捻りしてくるのが気が利いています。


 以上七作。どの作品にも違った色があり、硬軟取り混ぜた、本格ミステリの魅力が詰まったバラエティ溢れる作品集だったのではないでしょうか。


 それでは、次回の本格ミステリ作品で、またお会いしましょう。

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