第62話 残った二人は、しかして一人


 二〇三八年一月五日。

 森田の事件から半年と少し、新年が開けて三ヶ日も過ぎ去った頃、士官学校に卒業シーズンがやってきた。

 最も、卒業式と銘打ってても、士官学校生は軍人扱いとなるため軍に入る場合は異動、民間に戻る場合は除隊と書類の上ではそう記載される。

 

 さて、森田の一件は一応の収束を得た。

 意外な事に世間では、士官学校の生徒達だけで事態の収縮をつけた事を評価されて、さほど大きな問題にはならなかった。

 

 それは当然の事で、何故なら森田は士官学校と無縁のテロリストであり、また連続殺人犯だからだ。それを士官学校の生徒が撃退したとなれば世間は賞賛するほかない。

 

 というシナリオでマスコミに報じられ、また士官学校の関係者全員に圧力がかけられた。

 

 

 

 この頃の片岡は、長野の戦車学校で模擬戦をしていたため状況はよく把握出来ていない。帰ってきたらいきなり事件の事を知らされて、また箝口令を敷かれたので数週間は別世界にいる気分で過ごしたものだ。

 しかも熊木が記憶障害で長期入院となったとなれば不安も大きい。

 

 それから数ヶ月経ち、雪の日が続く厳しい季節に突入した。

 これだけ経てば皆の頭から事件の記憶も薄れてきた頃だろう。しかし未だに事件を追い続けている者が片岡の傍にいた。

 

「なあ矢島、そろそろ寝たほうがいいんじゃないか?」

 

「うん、ごめんもう少し」

 

 薄暗い室内、二段ベッドが二つと小さなデスクが四つしかない寮の一部屋、

今やベッドもデスクも半分しか使用されていない。

 矢島はその残りのデスクの一つに座ってタブレットの画面と睨めっこしている。


「無理するなよ、明日は早朝から出動かかってるからな」

 

「わかってる」

 

 素っ気ない返事を受けて、片岡はそれ以上何も言わずに布団を被って目を閉じた。

 矢島は依然として森田事件を独自に捜査している。

 しかも森田が持っていた手帳を警察や軍に渡さずに独自に進めていたのだ、おそらくバレたらタダではすまないだろう。

 

 片岡は矢島がやっている事に些かの不安を覚えつつも、反対することも手伝う事もしていない。

 いつの頃からか、矢島との間に壁を感じるようになっていたからだ。彼の真意が読めない以上、ついていくことはできない。

 たとえ後で後悔する事になるのだとしても。

 

(そういや、いつからだっけか……俺達が苗字で呼び合うようになったの)

 

 それすらも、記憶に遠い。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 背中で片岡の寝息が聞こえる。振り返ると僅かに盛り上がった布団がモソモソと動いている。

 矢島は手元のタブレットの画面に目を落としてもう一度資料を読み漁る。

 

 森田の経歴は平々凡々とまでは言わないものの、そこまで珍しいものではなかった。

 

 一九九八年七月に宮城で生を受けて幼少期をそこで過ごす、十七歳になった時に故郷を奇獣が襲撃、それまで日本では奇獣があまり出現しなかったために、油断して軍の対応が遅れてしまう。現地に赴いた時には既に街は壊滅しており、生存者も残り少なかった。

 森田はその時の生存者である。

 

 その後、防衛大学に入り、卒業後軍に入隊する。

 軍に入ってからは特に目立った功績はなく、順当に昇進していき、四十を迎える頃に除隊した。最終階級は中尉だった。

 

(そして士官学校へ講師として赴任、何度見てもおかしな所はなにもないなぁ、でもどこかに森田を殺人鬼に変えた何かがあるんだ)

 

 おそらく記録に残らない外側、人目に触れないところ。それを探し出すには士官学校生という肩書きは重荷となってフットワークが鈍くなる。

 

 その時、ブブとタブレットが振動する。メッセージが届いたらしい、送信主はミーナ。

 

 実はミーナにも協力を頼んで独自に調べて貰っていた。最近になってヤツらのアジトと思しき場所を見つけたらしい。

 これまでの調査で、森田の背後には謎の組織がある事がわかっている。その組織は奇獣を使ったおぞましい実験を繰り返しているようで、青森連続失踪事件も、委員長が死ぬきっかけとなった人面ゴルゴンもその組織の実験の一貫だった。

 

 組織のアジトが見つかり、ミーナのお付である石蕗が私設部隊を率いて突入したのが昨日未明、これはその報告だと思われる。

 

 そのメッセージの一行目の出だしはこうだった。

 

『石蕗が亡くなりました』

 

 

 

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