第55話 すまない


 ゴルゴンを討ち果たし、残る小型奇獣も大半が掃討された頃、片岡と矢島と委員長と熊木は、部下に後の処理を任せてゴルゴンの死体を検分し始めた。

 小型奇獣の掃討は佐賀美が手柄を少しでもとるべく奮戦しているおかげで大分楽になった。

 右を見ても左を見ても奇獣の死骸ばかりで最早奇獣の墓場と化した道路を、垂れ流れる血をびちゃびちゃと踏み鳴らしながら歩き進める。念の為四人はゴルゴンの周りをぐるっと一周して皮膚に何かしらの異常は無いかと確認していた。

 それが終わりゴルゴンの顔の部分にたどり着いた時、四人はあからさまに怪訝な表情を浮かべる。

 

「やっぱりこれ、人間だよね」

 

 矢島が見つめる先、ゴルゴンの能面のような顔には裸に剥かれた女性が逆さまに貼り付けられていた。両手両足は手首足首のところでゴルゴンの顔にめり込んであり、その接地面は繭のように縫われていた。

 当然ながら女性は死んでいる。片岡が胸に対物ライフルの弾を撃ち込んだたためだ。しかしこれはゴルゴンと一体化している時点で死んだとみなすべきか、撃たれた時に死んだとみるかで意見がわかれる。

 

「あの時は気にもとめなかったが、片岡がこの女性を撃ったらゴルゴンの動きが急に変わったんだ。それまではまるで人間のように冷静に動いてて、こちらの誘いにも全くのってこなかったのに、あの女性が死……行動を停止したら途端に動物的な動きになったんだ。まるで知性というものを失ったみたいな」

 

 熊木がじっくりと当時を思い出しながら言葉を紡ぐ、女性が死んだと言わなかったのは片岡に人を殺したという実感をあまり感じさせないための配慮だ。

 女性が沈黙したあとのゴルゴンは動きが単調でこちらの誘いに簡単に引っかかった、あれ以降主導権は完全にこちらが握っていた。

 

「妙な話だが、ひょっとしてあのゴルゴンは女性を媒体にして思考していたのではないか?」

 

「委員長、流石にそれは飛躍しすぎだろ。そもそもそこまでの知性を奇獣がもってるわけねえだろ、できるとするなら人……間」

 

 委員長の仮説は絵空事のようで非現実的なものだった、片岡は当然ながらそれを頭から否定しようとしたが、途中である可能性に気付いて言葉を濁してしまう。

 

「気付いたか片岡」

 

「おいまてよ、じゃあこれは……がやったってのかよ」

 

「もしくはやたらと頭が切れる新型の奇獣が現れたかだ」

 

「いや委員長の仮説は正しいと思う」

 

「矢島?」

 

 委員長と片岡が会話している間にゴルゴンと女性を調べていた矢島は何かを見つけたらしく、手招きをして女性の左手の接合部に注目させた。

 

「ほらここ、手術痕がある。それに抜糸されてないから縫合糸もついたままだ」

 

 矢島の言う通り女性の接合部には手術痕と縫合糸があった。そしてそれが示す答えは一つしかない、人間が中型奇獣に人間をくくりつけて戦場に放り込んだという事だ。

 更に抜糸されてないという事は手術自体は最近行われたという事、つまり海外にしか生息しないゴルゴンを捕まえて日本に輸入した後、現地で女性を拉致して手術を行ったわけだ。

 それが出来るのはそれなりの資金力のある組織となり、またそのような危険思想はテロリストである事が伺える。

 

 矢島は慎重に縫合糸を引き抜いて真空パックに入れる。警察に渡して調べて貰うためだ。製造元がわかれば出荷先がわかる、そしてそこで不明瞭な点があればそこがテロリストの手がかりとなる。念の為もう一つ採取しておく、これは万が一警察にテロリストの手が回っていて証拠が揉み消された場合、自分達で独自の調査を行うため。

 ミーナに渡せば大丈夫だろう。

 

「これは由々しき事態だな、すまないが矢島、あとで報告書を作るのを手伝ってくれ」

 

「わかった委員長」

 

「おおーい! いっくうううん」

 

 突然間の抜けた声が響く、これは委員長の恋人である明音のものだった。見ると明音がこちらへと走ってきており手を振っている。

 くせっ毛混じりの髪がひょこひょこ動いてまるで小動物のよう、更に屈託のない笑顔は見る者全てを朗らかな気持ちにさせ、片岡と熊木と矢島に嫉妬の悪感情を植え付ける。

 委員長は自分に向けられる負の感情をものともせず恋人に向かってだらしのない顔で手を振り返した。

 

 この時の彼らには戦場にいるという自覚が失われていた。そしてそんな油断が悲劇を生む。

 

 突如奇獣の死体の山からカトブレパスが飛び出してきた。死んだフリをしていたのか、それとも気絶していただけなのか、何れにしろ殺し損ねた奇獣が起き上がってその角を一番近くにいた生徒へと向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢島太陽へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 反応できなかった。頭が真っ白になり恐怖という感情すら感じられなかった。時間は長く感じられ、一瞬が永遠になる。矢島はその間に自分の身体がカトブレパスの角に貫かれるビジョンを思い浮かべて死ぬ覚悟を固めた、そして矢島の身体が宙に浮いた。

 

 死んだ。

 でも痛くはない。

 つまり死んでない。

 何故?

 突き飛ばされたからだ。

 誰に?

 

 矢島は目を見張った。

 そこには自分へと手を伸ばす委員長の姿があったからだ。その向こうからはカトブレパスの角が迫っている。


「なんで!」

 

 委員長は微笑みながら口を動かした。たった四文字の言葉を。

 そして委員長の身体がカトブレパスの角に貫かれた。

 カトブレパスは角に刺さった委員長の死体を無造作に捨てる。

 

「い、いやああああああああああいっくうううん!!!」

 

 明音の悲鳴が響く。


「う……うわあああああああああ!!」

 

 遅れて矢島が叫んだ。胸に去来する悲しみと恐怖を押さえ込みながら憎悪を剥き出しにして立ち上がる。腰のホルスターから拳銃を引き抜いて三足でカトブレパスに詰め寄った。

 カトブレパスの瞳に銃口を当てて引鉄を引く、何度も何度も倒れふしても尚。

 

「ああああああああああああああああああっ!」

 

「矢島!」

 

 弾が切れても尚引鉄を引き続ける矢島の肩を片岡が強く揺する。それでもやめない矢島に対して片岡はその頬に平手打ちをくわえた。

 

 バシンという甲高い音が響く。矢島は痛みで正気を取り戻したのか、一瞬呆けた顔をしてから慌てて委員長の死体へと重篤者のような足取りでにじり寄る。

 

「そんな、委員長」

 

 委員長は胸に風穴を開けて死んでいた。

 傍らに膝をつき、手を伸ばす。しかし先に駆け寄っていた明音にその手をはたからてしまう。

 

「触らないで!」

 

 明音の目には溢れる程の涙が溜まっており、頬を濡らしていた。

 

「なんでいっくんが死ななきゃいけないのよ! なんであんたが庇われたのよ! なんで、なんであんたが死ななかったのよ!!」

 

「よせ!」

 

 流石に見ていられなかったのか、熊木が間に割って入ろうとする。しかし矢島がそれを手で制して「いいんだ熊木」と言って、言われるがままの状況であることを望んだ。

 明音はそれをみて我を取り戻してしきりに「ごめんなさい」と連呼するようになった。

 

「ごめんなさい、矢島君が悪いわけじゃないのに、ごめんなさいごめんなさい。いっくんもきっと助けられて満足だよ」

 

「明音さん」

 

「ごめんね、それからしばらく一人にしてくれないかな?」

 

「うん」

 

 矢島と片岡と熊木は何も言わず、その場を去る。

 そしてほんの数秒後、背後から一発の銃声が鼓膜に届いた。

 

 ハッとして振り返ると、委員長の傍らに寄り添うように明音が倒れていた、手に委員長の銃を持ち、そして側頭部は破損して頭蓋骨が見えていた。

 明らかに拳銃自殺したあとだった。

 

「なんで、なんでそっちを選ぶんだよ!」

 

 矢島の慟哭が片岡と熊木の胸をうつ。

 何も言えなかった。

 

「なんで、なんで……」

 

 ふと委員長に突き飛ばされた時の事を思い出した。あの時の委員長の口の動き、あの時委員長はこう言ったのだ。

 

 『すまない』と。

 

「なんで謝るんだよ」

 

 その理由を知る者はこの世にはもう、存在していない。

 

――――――――――――――――――――

 

 とある殺人鬼の手記

 

 四月に入ってから欲求不満だ。

 何故なら同士に殺人を止めるように言われたからだ。同士曰く私はやり過ぎたらしい、最早証拠を隠滅して警察をだまくらかすのが困難になってきたとの事。

 私としても同士のおかげで心地よく殺人を行っていたので仕方なくその言葉に従って禁欲生活を行った。

 だが、これは辛い、辛すぎる、人を殺すことができないだけでこんなにも辛いなんて。ねぶた祭りというかっこうの狩場でも私は指を加えて見てるだけしかできなかった。悔しかった。

 だがそんな私にもようやく解放される時がきた。

 なんと同士がどこからかゴルゴンを連れてきてそこに人間の女を手術で括り付けたのだ。ああ何と背徳的な。勿論手術前にその女を五、六人で回したともさ。

 その特性ゴルゴンは戦場で大いなる活躍をみせた。

 あの国軍にろくな攻撃をさせずに蹂躙してみせた。流石に人間がくっ付いてるとまともに攻撃できないらしい、そうこうしているとゴルゴンは国軍を抜けて学生兵を狙い始めた。

 そうだやれ! 私の教え子を食い殺せ!

 だが私の思惑は外れ、学生達はあっさりとゴルゴンを倒してしまった。国軍とは違って人間を躊躇いなく撃ったからだ。

 つまらん! 実につまらん!

 同士は逆に楽しそうで、しきりに何かを考え込んでいた。

 今回の件は最後こそつまらない終わり方だが、私の殺人衝動を燃え上がらせるには充分だった。

 同士の制止など知ったことではない。

 帰ったら私は殺人を楽しむのだ、そう決めた。

 

――――――――――――――――――――

 

 二〇三八年四月

 長野戦車学校食堂にて。

 

「模擬戦ですか?」

 

 食堂の一番端っこのテーブルで大盛りラーメンを平らげた少女が向かいに座る筋肉モリモリの男性へと尋ねる。

 短い髪を後ろで括った彼女は次に牛丼へと箸を伸ばす。

 

 尋ねられた男性はわざとらしいカタコトの日本語で少女に答える。

 

「ヘイ! そうさ、今度青森士官学校の生徒とこちらの生徒で模擬戦を行う事になったのサ、そこで君には長野戦車学校の代表としてその模擬戦に出てもらいたい」

 

 男性は教官だった。少女の所属するクラスの担当教官である。

 

「いや、私勉強しなきゃいけないんで」

 

「受けてくれたら次の座学のテスト全て免除するよ」

 

「全身全霊でその模擬戦をうけさせてもらいます!」

 

 厚い手のひら返しである。少女は残念な事に座学が大の苦手であった、それこそ人としての尊厳が疑われるレベルで。代わりに実技の方、特に戦車の操縦技能に関しては天性の才能がありこの学校において最上級の成績をとっていた。

 

「君ならそう答えてくれると思ってたヨ! 流石はミスター・リコ・カスミ!」

 

「私に任せてください! あと私はミスです! 女の子です!」

 

 少女の名前は香澄莉子という名前である。後に新時代の侍、ドラゴンスレイヤーと呼ばれるようになるのだが、それはまた別の話。

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