第52話 三沢市防衛戦〜前編〜
遠野の葬式は身内だけで粛々と行わた。交流のあった士官学校生達はそれぞれ香典袋を用意して、それを代表者が親族へ届ける事にした。
代表者には委員長が選ばれた。
しかし、士官学校生には悲しむ余裕も悼む時間も与えられる事は無く、次の悲劇が襲い掛かる事になる。
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九月八日 火曜日。
ある日の平日、座学の授業にて。
森田教官が端末にペンで何事かを書き込む、すると端末に連動している壁一杯のホワイトスクリーンに文字が現れた。
それを学生達はタブレット端末にペンで書き込む。
別にこのようなアナログな方法にしなくても、データを一括送信すれば手間が省けるのだが、やはり手で書いた方が頭に入るから学校側はこの方式を採用している。
「さて、それでは奇獣について基本的な所からおさらいしていきましょう。まず奇獣が出現し始めた時の事を説明してもらいましょうか」
今更、といいたくなる程基本中の基本。小等部で習う内容である。
「ではミーナさん、お願いできますか?」
指名されたミーナが立ち上がる。
「ええ勿論ですわ、奇獣は……いつの間にか現れましたわ!」
「はい結構です座って下さい」
森田は指名する相手を間違えた事に今更気付いて顔を顰め、対するミーナ本人はしてやったり顔で着席した。
両側に座る石蕗と花恋が呆れ果てている。
「代わりに吉田さんお願いします」
吉田という名の男子生徒が立ち上がる。坊主頭に眼鏡をかけたスッキリした顔立ち、引き締まった筋肉は自己主張をしておらず痩せぎすにみえる。
委員長とは真逆の体型だ。
「はっ! 若輩ながら拙者がお答え申しまする。
奇獣を最初に確認したのは二〇〇〇年一月半ば、場所は南アフリカ大陸の南、一月前に壊滅した村の調査中に発見されましたで候」
時代錯誤な話し方なのはキャラ付けらしい。
「結構です、村を壊滅させたのがその奇獣だと言われていますが、真実の程は確かではありません。
何せ二年後に南アフリカ共和国、その壊滅した村があった国が奇獣に制圧されてしまったのですから。
では次に奇獣の名称について……矢島さんにお願いします」
「あっはい、えっと……元々は隕石獣と呼ばれていました。それは一九九九年八月に南アフリカ大陸南部に落下した隕石が原因と考えられていたからです。
当時話題になっていたノストラダムスの予言通りに空から恐怖の大王がやってきてアンゴルモア……つまり奇獣が誕生したと思われていたからです」
「結構です。少し脱線しましたが矢島さんの言う通り隕石が奇獣を産んだという認識から隕石獣、縮めて奇獣と呼称されるようになりました。
奇獣という呼び名を使っているのは日本と一部の軍だけで、他は英名のmeteorite beastという呼び名が使われています」
森田の講義は尚も続く、目前に控えた実戦に向けて。
僅かな知識がどれほどの役に立つのかはわからないが、その僅かが生存率を上げる可能性を示唆してくれるのなら取り入れないわけにはいかなかった。
――――――――――――――――――――
それから一週間が経った頃、ついに士官学校二年期生の実戦が始まった。
場所は青森県東部、三沢市の海岸。
そこには現在日本国軍が防衛陣を敷いている。
士官学校生はその更に後方、森を隔てた向こうで支援部隊として常駐していた。
島国ゆえか、日本は海から奇獣が襲って来ることが多い。
そのため海上戦においては一定の戦歴があり、諸外国からその戦術を学びにくる軍人もいる程だった。
今回は奇獣の数が多いらしく、排他的経済水域から広範囲に部隊を展開して、防衛ラインを下げながら部隊を撤退させ、かつ奇獣の数を減らしつつ三沢海岸へおびき寄せる作戦をとるつもりらしい。
おびき寄せて上陸させた後は陸戦部隊と海戦部隊で挟み撃ちにして殲滅する作戦のようだ。
部隊同士の連携がキモになる作戦だが、それをクリアすれば最も安定した戦果を挙げる事ができる。
そしてそれを簡単に実行できる程度には日本軍の練度が高かった。
九月十六日 水曜日 青森県三沢市
三沢市防衛戦部隊後方支援学生部隊という長ったらしく、しかも部隊が二つもついている。
やたらと仰々しい部隊名を付けられた学生達は、それに似つかわしくなくソワソワと所在なさげにしていた。
「な、なあまだ敵こねえよな」
小隊機銃を構えて塹壕に伏せている学生兵の一人が隣りにいる別の学生兵に言った。
「だ、大丈夫だって、軍の人達が抑えてくれるからこっちこねえって」
それは根拠の無い希望的観測だった。
片岡、矢島、委員長、熊木の四人はその二人をみて溜息を一つ吐いた。
「そもそも各自に支給された端末見たらわかるのに」
珍しく矢島が辛辣な言葉を紡ぐ、彼もまた緊張の中にいるようだ。
「一応、前線はまだ排他的経済水域の中だ」
委員長もまた、落ち着きなく端末の戦域情報を確認しては安堵の呼気を吐いていた。
「となるとしばらくは来ねえな」
「今の内に遺書を書いておくか」
「まだ書いてなかったのかよ」
片岡と熊木は落ち着いたもので、熊木は呑気にタブレットで遺書を書き始めた。
遺書を書くかどうかは自由だ、しかし戦闘前に遺書を用意する事は定例儀式のようなものと見なされており、月に一回は書く事を推奨されている。
無論学生達も遺書を用意した。中には遺書を書いている時に、自分が死ぬかもしれないと強く実感し涙した生徒もいれば、そのまま学校を辞めた生徒もいた。
良くも悪くも、遺書というのは人に死を実感させる効果があった。
それを乗り越えるのが学生達の第一関門であり、ここに立っているのは乗り越える事が出来た者達だ。
だがたかが第一関門である。学生達に降りかかる関門は数多あり、そして第二関門はすぐそこに来ていた。
『緊急入電』
三沢市に展開している全ての兵士に向けてオープン通信が飛ばされる。
それは学生兵も同じで、全員が緊張した面持ちで聞き入る。
『三沢市内に奇獣の群れが出現!
繰り返す、三沢市内に奇獣の群れが出現!』
その情報は部隊全てに大きな動揺を与えた。
当然ながら内陸側の安全は確保していたし索敵ラインも万全を期していた。その索敵に引っ掛かる事なく近付く事など不可能の筈だった。
「どういう事だ」
委員長が戦々恐々としながら言った。
「僕にわかるわけないよ、とにかく命令を待とう」
矢島の提案は消極的であったが、初の実戦である学生達にとっては最善だった。
『市内に出現した奇獣の規模はスキュラ二十、ラタトスク十三、カトブレパス六』
「なっ! 何で複数種が同時に現れるんだ!」
片岡の疑問は最もである。奇獣は他の種族と共闘する事はない、何故なら奇獣にとって自分と同じ種以外は敵だと認識していると考えられてきたからだ。
その常識が破壊されたショックは学生達に更なる恐怖を与えた。
尚、この当時はまだ知らされていなかったが、激しい戦いが繰り広げられているオーストラリア大陸において、奇獣の混成部隊の存在は常識となっていた。
更に常識を破壊する情報が通信から放たれる。
『中型奇獣が一体、名称はゴルゴン』
「ありえない、何で日本にゴルゴンがいるんだ」
誰が言ったのかはわからない、しかし誰もが同じ疑問を抱いていた。
ゴルゴンはオーストラリアやアメリカ、ユーラシア大陸南西部に生息する中型奇獣で、島国には存在しないからだ。
だがゴルゴンの存在は学生達の常識を壊すと同時に、索敵に引っ掛からなかった答えを示した。
ゴルゴンはその体表から
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